【犬が喰う痴話喧嘩】サンプル


「私の負け、です」
「ま、負けって、なによ」
「……焦らしていたくせに」
 その声は私を咎めるようで、でもどこか待ちぼうけにくたびれて駄々をこねる子供のようで。低くて少し掠れたハスキーボイスとのギャップに、ドキリとさせられる。
「別に、そういうんじゃ」
「そういうんでも、そういうんじゃなくても、私はもう喉がからからなんです」
 喉がからから。
 さっき飲み干したぬるい水のことを思い出した。
 椛のことを、私はぬるい水だと思っているのだろうか。
「シたくなって来ちゃったんだ?」
「ちっ、違いますよ!どっかの好き者鴉天狗と一緒にしないでくれます?」
「じゃあ何しに来たの?こんなに長い間シてなかったんだから、トロ顔でおねだりにくるのも頷けるってものよ?」
 椛が反論の口を開こうとするのを指先で制止して、言葉を続ける。
「私は、そうね、好き者かも」
「へっ」
「あなたと、シたいわ。すごく、セックスしたい。焦れてたのは、私も。椛は、違うの?」
 彼女が最初にそうしてきたように、耳元に口を添えて言葉をそっと置くように囁くと、椛はもじもじと俯きながら何事か口の中で転がした。
「ずるい」
「あら、なにが?」
 私は彼女の瞳を覗き込む。赤い、赤い欠けた月のような虹彩が私の目を抱いた。見てみなさい、存分に見てみなさい。私の瞳の奥の全てを見抜いて見せなさい。
 見つめ返す瞳にこちらから飛び込むと、椛は観念したように漏らした。
「私ばっかり、悪者みたいで」
「私もしたいって言ってるじゃない」
「エッチしたいだけじゃないんです」
「何が『エッチしたいだけじゃないんです』よ。どうせ腰振っていいだけ満足したらすっきりするんでしょう?」
 そうやって罵りながら、でも私は椛の腰に手を回して抱き寄せた。一方の椛は私を抱く腕の力はすっかりと抜けてしまい、腕はだらりと下ろされている。時折ぴくんと跳ねながら私が押しつけた壁をカリカリひっかく手が、妙に生々しかった。
 スカートの上かペニスに触れる。右の掌を包み込むみたいに添えて、数回被せてから、優しく握る。
「あ、ア、んあっ……」
 切ない声を上げながら、私がそれを触るの光景から目を逸らせないで、瞬き一つしないまま自分のペニスが触られるのを見つめていた。
 包み込んだ、布越しのそれ。だがそれは、布越しだというのに私の理性に大打撃を与えるに十分だった。
 その熱が股間に入り込んでくるのを想像するだけで、私の膣内もきゅんとその熱に張り合おうとしてしまう。
 だめ、考えたら、欲しくなる。私は椛を攻めることで理性を保とうとした。包んだ右手を、握ったり弛めたりしながら、でも上下に擦ることはせずに、焦らす。
「ふぁ……ん、ふぅんっ」
 椛は切なそうな声を上げて、伏し目がちな瞼の下から何かを訴えるような視線を投げかけてくる。唇を舌で舐めて、攻められながらも行為を誘うその様は、彼女が牡であると同時に本物の牝でもあることを示していた。あんな淫靡な表情、そこいらの娼婦じゃできない。
 指先だけを這わせるように、スカートを突き上げる肉棒を撫でる。爪先で裏筋を撫でて、亀頭の周囲を指の腹でなぞる。鈴口をほじるみたいに指を立てるが、そのいずれもが滑る布越しのもどかしい刺激。椛の切な顔をして、口から懇願の言葉を引き出すために、柔らかな刺激だけを送り続けていると、椛の腰が浮いて上下に揺れ始める。
「これ、おまんこじゃないのよ?ただの手を相手に必死に腰を振って、そんなに切ないのかしら?」
「いいっ、ん、ですぅっ!文様の手まんこでぇっ、射精したいですっ!」
 あいた手の指先で彼女の唇をなぞると、その唇が開いて舌が蠢いて私の指を口に含んだ。そのまま舌で私の指を嘗め回し、唾液を塗りたくって吸い上げる。指フェラ。椛は自発的に私の指に舌を絡めてちゅうちゅうと音を立ててそれを愛撫する。指から伝わるぬめった感触。彼女に愛撫されるところなら、どこでも性感帯になる。椛の指フェラで私は、どうしようもなく体の熱が増幅させられてしまっていた。
 まるで自分を焦らしているよう。攻めているのは私なのに、貪る快感に自ら制限を課して。
 可愛い。体を重ねている時以外はあんな風に憎まれ口を叩き合ってる彼女が、あんなトロケ顔で求めてくるなんて。
 結局体に突き崩されたのかもしれない。お互いに互いの体が欲しくて、性欲の炎を愛情と勘違いして、下らないしがらみも思いこみも社会的な立場も、全部を焼き尽くして、焼け野が原に残ったのは、偽っていたはずの恋心で、そいつは堅く堅く焼き締まっていて。性欲が本当の恋を生み出すなんて、胡散臭いポエムだと、今の私には笑えない。
「いいわ、よく言えました。そうやって素直におねだりすれば、いつでもいくらでも射精させてあげる」
「っは、ぁや、さまぁっ!しゃせ、ぃ、させてくだしゃいッ!んっ、はぁっ、はぁあアっん!」
 椛の懇願に、私の心臓は潰れてしまうかと思うほどにどくりと波打った。やばい。私の理性ももう長くないかもしれない。この間椛をぶった時から、私は一体どうしたというのだろう。元々椛の体に夢中だったのは間違いはないのだけど、今日の抑えの利かなさは、尋常じゃない。
 椛がねだってきたのを受け入れ、私は椛のスカートをめくる。
 むわっ、と咽返るような性臭が溢れてきた。鼻から入り込んでくるそれは脳天の快楽ポイントを舐りあげてから、折り返すように下半身へ降りて股間に溜まってゆく。熱は下腹部で渦を巻いて粘り気を増し、ほぐれた淫唇から溢れて零れる。
「くっさ。先走りだけでこんな沢山って」
「いっぱい、いっぱいでますっ!文様にされたら、私、幾らでもっ……!」
 ぱんつを紐みたいに突っ張らせながら、その下の怒張はぬめり汁を溢れさせて震えている。その先端を指の腹で押して撫でると、だくだくっと粘り気の強い透明な液体を吐き出す。その度に椛の口からも淫らな吐息が溢れて、私の手を汚した。
 紐パンのように引き伸ばされたショーツに指をひっかけて、それを剥き取る。天を向いた椛のペニスが、全容を示す。使い込んでいないように見えるピンク色は、しかし私が数えきれないくらい苛め、私がよがらされたもの。これが与えてくれる気持ちよさを想像すると、頭の中の芯がくらっと白く弾けそうになる。
「こん、なにエラ、張っちゃって。これで私のナカ、引っ掻き回すつもりなんでしょ。ねえ。このエグイ反り返りで、私のおへその下の壁、ゴリゴリするつもりなんでしょ、ねえ、ねえっ!?」
 自分がされたいことを椛に押し付けて、肉棒を握る右手でそれを上下に扱き上げる。ぐちゅぐちゅ水音が響く。それで妊娠できちゃいそうなほどの先走りの量。ぬるぬるが掌から指の股にまで浸みこんで、手コキをする手さえも性器みたいに感じる。
 右手をペニスに残したまま、頭を彼女の肩の上に乗せる。荒い呼吸に上下するその揺らぎに心地よさを感じながら、日に焼けた首筋に舌を運ぶと、鴉天狗の私がまるで犬になったみたいに、舌を出して椛の肌を嘗め回してしまう。
「んひゃぁあっ!んっ、ふ、ひっ!ぬる、ぬるぅっ!おちんぽも、文様の舌もぬりゅぬりゅぅっ……!」
 とろんと溶けた彼女の眼が横に私を見てくるが、構わず嘗め回す。ペニスを扱く手は緩さ八割強さ二割で継続して、椛に射精の快感よりも性器摩擦の快感を教え込むみたいに。潤んだ椛の眼から切ない涙が流れて何かを懇願している。口が何かを言いかけては噤むみたいに動いて、顰めた眉と染まった頬、汗ばむ肌と揺れる腰、体全体が快感を訴えながらも私に何かを求めている。
 いつの間にか彼女のペニスを握っていた右手は、彼女の乳房をまさぐっていた左手は、持ち場を離れて彼女の両肩を押さえていた。壁に彼女の体を押しつけて、唇を吸い、舌を絡め、唾液を交換し、吐息を混ぜ合わせて、鼓動を重ねることに夢中になっていて。押しつけているのは私なのに、むしろ私は吸い寄せられるみたいに椛の体から離れることが出来なくなっていた。


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