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アリスチック・ドリーミング・ドール・アンド・フラワー




   1.

「すぐに死んでしまう毒と、ゆっくりと死んでいく毒だったら、アリスはどっちがいいと思う?」
 紅茶を飲んでいた私に対して、幽香はそんなことを聞いてきた。
「……どうしたの、突然」
「特に意味なんてないわ。他愛のない世間話よ」
「普通、世間話で毒の話を選ぶかしら……」
 僅かに呆れながら、私は再び紅茶を口にした。幽香が淹れてくれた紅茶は色々な種類の花を使っているのでころころと味が変わる。
 まあ、幽香のわかりにくい話は今に始まったことじゃない。私がたまに幽香の家を訪れてみると、こうしてよく分からない事を聞いて反応を楽しんでいるのだ。
「遅効性の毒と即効性の毒……ってことよね?」
「ええ、そうね」
「だったら遅効性の毒かしら。すぐに死んじゃったらどうにも出来ないけど、徐々に死んでいくならそれまでの間に色々と出来るじゃない。もしかしたら解毒出来るかもしれないし」
 幽香はその私の答えを、鼻歌でも歌い出しそうなぐらいどこか楽しげに聞いていた。
「……何か悪い?」
「いいえ、ちっとも。貴方らしいって思っただけよ」
 肯定とも否定ともとれるような返事をしただけで、幽香はそれ以上何も聞こうとしなかった。
「……いいけどね。それよりそろそろ教えてくれない?」
「教えるって、さっき言ってた鈴蘭のこと?」
 私は頷いた。
「そう、鈴蘭について。今日だってそれを聞きに来たのにちっとも話してくれないんだもの」
「いいじゃない。私の所にお客が来るなんて滅多にないんだから、少しぐらい無駄話に付き合ってくれるのが礼儀ってものよ」
 それでさっきから微妙にはぐらかされ続けてきたのか……。
 むーっとしてると不機嫌オーラを察したのか、幽香はやれやれといった様子で口を開いた。
「教えてもいいけどね。目的はあの鈴蘭畑にいる人形?」
「そうだけど……幽香知ってたの? あの娘のこと」
「ええ。ちょっと前に縁があってね。貴方が鈴蘭に興味をもつ理由なんて、あの子以外いないでしょう?」
 幽香はいたずらっぽく微笑みながらそう言った。……どうやらずっとからかわれていたみたいだ。
「全く相変わらずなんだから……分かってるなら話が早いわ。あのメディスンって娘と仲良くなりたいのよ」
「仲良くなって、それでどうするの?」
「決まってるじゃない……研究するのよ! あの娘人形なのに誰にも操られず動いてるのよ。あの髪、あのボディ、あの瞳、ぜーんぶ人形そのものなのに! 鈴蘭の毒を浴びた妖怪だっていっても調べるしかないじゃない。いつ日か自律人形を作る為にね」
 そう力説する私を、幽香はどこか可哀想なものを見るような眼差しで見つめていた。
「……なによ」
「なんでもないわ。そんな所もアリスらしいし。でも、だったら尚更仲良くなるのは難しいと思うわよ。あの子人形を操ってる人間が嫌いみたいだし」
「そこが問題よね……話しかけようとしたら攻撃されちゃったし」
 その時の包帯を見せると、やれやれといったようなため息をつかれた。
「でも、なんとかして仲良くなりたいのよ。研究とは別にあの娘自身とも。私はもう魔法使いになっちゃったけど、人間の中にも人形をただの物としてだけじゃなく大事にしてくれてる人もいるって分かってくれれば……」
 カップに残っていた紅茶を飲み干して、私は言葉を続けた。
「……それに、少なくともあの娘の怪我だけでも直してあげたいの」
「……あの子、怪我なんてしてたの?」
 それまで黙って聞いていた幽香が口を挟んだ。どうやら幽香が会った時にはそんな目立った傷はなかったようだ
「うん。右腕の関節の所が壊れてたの。今はまだ動いてるみたいだったけど、あのまま放置してたらまずいことになりそうだったから。……だけど、ほら、あの娘鈴蘭の毒の影響受けてるでしょう? だから普通の人形と同じように直しても意味ないかもしれないと思って……」
「それで私の所に鈴蘭について聞きに来た、と」
「そう、そういうこと」
 幽香は黙ってカップに新しく紅茶を注いだ。つんとしたハーブの香りが部屋に満ちあふれる。
「……なるほどね。私の知識が役に立つんだったら鈴蘭について教えてあげるわよ」
「本当? ありがと、助かるわ」
 私は率直に感謝の気持ちを伝えた。
「……でもね」
 そう言うと幽香はにんまりと頬を歪ませ、とても艶美な笑顔を浮かべた。
 この顔は知ってる。見るだけで冷や汗をかいてしまいそうなそれは、とても嫌らしいことを考えている時の表情だ。
「これだけは覚えておきなさい。あの子は貴方が望んでいる本当の自律人形よ。自分の意志で考え、歩いて行動してる自律人形。だからこそ、絶対に貴方の思い通りになんてならない。決して貴方の望んでいる人形なんかじゃない。それだけはちゃんと忘れないようになさい」


   2.

 無名の丘にある鈴蘭畑を私は訪れていた。
 広い場所ではあるが、目的の彼女はすぐに見つかった。というより、彼女の他にこんな危険な場所に来る物好きもいないのだから。
「――ぁ」
 彼女は私の存在に気付くと、すぐに鈴蘭畑の中に身を隠そうとした。
「待って! 仕返しに来たとかそういうわけじゃないから」
 私は両手を挙げて敵意のないことを示しながら、慌てて呼び止めた。
 そのことが伝わったのか、メディスンは鈴蘭の影に隠れながらも逃げずにこっそりとこちらの様子を伺っているようだ。
「な、何しに来たのよ! 言っとくけどスーさんがいればあんたなんて怖くないんだからね!」
 依然として彼女が警戒を解く気配はない。前に話した時にも思ったが、彼女は一際警戒心が強くなっているようだ。
「そんなつもりで来たんじゃないわ。……ねえ貴方、もしかして怪我してるでしょ?」
 返事がない。だが、これまで敵意をむき出しにしていた彼女が黙ったことで、推測が確信へと変わった。
「私なら、その腕直してあげられるわよ」
 この提案にメディスンが応じてくれるかどうかは賭けだった。
 鈴蘭によって、あるいは妖怪として自然と治癒できる程度の怪我だったら私の助けは必要ない。その時は一旦諦めるしかないだろう。
 だけど、もしも彼女が困ってるんだったら。人形としての腕が朽ちて使い物にならなくなることを恐れてるんだとしたら――やっぱり私は彼女を放ってはおけない。
 がさ、と鈴蘭が揺れる音がした。それがここから去ろうとする音かどうか分からなくて思わず身体を強張らせてしまったが、やがて……
「……本当に、直せるんでしょうね」
 おずおずと鈴蘭畑から出てきたメディスンの顔を見て、思わず安堵の息をついた。


 メディスンの身体を直すのは、そんなに難しいことじゃなかった。
 幽香から聞いたこともあって鈴蘭の毒性についてはあらかじめよく分かっていたし、身体の構造自体は人形とあまり変わらなかったのですぐに直してあげることが出来た。
 ただ、問題は二つあった。一つはメディスン自身が私の修理に抵抗したことだ。ちょっと身体をいじるのにも「それって本当に大丈夫?」「そんなとこまで治さなくていいってば」「ねえ……いつ終わるの?」と駄々をこねたり、服を脱がせて隅々まで調べようとした時も「は、恥ずかしいよぉ……」「そんなとこ……スーさんにも見られたことないのに」と嫌がったりした。
 そしてもう一つは……私が思ってたよりも、破損箇所が多いことだった。
 おそらく、妖怪として生まれてから一度もちゃんと直したことは無かったのだろう。そう思わせるほど彼女の幼い身体は傷つき痛んでいた。
 ちゃんとした妖怪ならまだしも、人形をベースにした彼女の身体では自然治癒力というのがあまりない。弾幕ごっことかのお遊びなら、それを考慮した上で相手も戦ってくれそうなものなのに……。
「どうしてこんなになるまで戦ったの?」
「……だって」
 メディスンの口から出た答えは、私の予想通りのものだった。
「……人形たちが、可哀想だったんだもの」
 ようするに。
 彼女は人里まで下りて、人間達を襲ったのだ。
 多少の心得のある人間が複数いれば、メディスンを倒すとまではいかなくても追い返すぐらいは出来るだろう。突然襲いかかられたとなれば、人間達の方も多少手荒になるのは想像に難くない。
「……あなたが望んでる人形解放っていうのは、別に悪い事じゃないとは思う」
 私は彼女に向けて、一つ一つ言葉を選びながら慎重に話をした。
「だけど、直接人間を襲うのは良くないわ。抵抗されればあなただって傷つくし、度が過ぎれば巫女に退治だってされかねないもの。本当に可哀想な人形を助けてあげたいんだったら、もっとゆっくり、時間をかけてやっていきなさい」
 それに、人間だって皆が皆悪いわけじゃないもの。
 最後にそんなことを付け加えながら、洋服のリボンを可愛く結び直してあげた。
 その話をし始めてからのメディスンは終始浮かない顔をしていたが、やがてもじもじと躊躇いがちに口を動かして。
「……身体を治してくれたことは、お礼言っとくわ」
 恥ずかしそうにしながら、こそばゆい言葉を呟いた。
「……そうよね。人形を使うのがわるい人ばっかりってわけじゃないわよね。だってあなた、そんなにわるい人じゃないもの」


   3.

「というわけで、大成功よ」
 私は、幽香の家まで結果の報告に来ていた。
 昼下がりの微睡みの時間。幽香はいつものようにハーブティーを淹れてくれたが、私はそれを飲む時間すら惜しんで仔細に経緯を話していた。
「……ふぅん、良かったじゃない」
 だけど幽香は、その話に興味があるのか無いのか分からない様子のまま、紅茶を飲みながら耳を傾けていた。
「貴方が花について教えてくれたおかげで助かったわ。流石にあんなに複雑な人形だと私一人の手に負えなかっただろうから……」
「別に、あの子の為に教えたわけじゃないわ」
 幽香は紅茶を飲みながら言葉を続けた。その姿からは、どんな感情も読み取ることは出来ない。
「貴方があの子を助けたいって言ったから鈴蘭について教えたのよ。それは貴方の行いなんだから、感謝されるいわれはないわ」
 ……うーん、どうしてそんなに否定するのかよく分からないけど……。
「もしかして、照れてる?」
「……そんなんじゃないわ。ただ、責任を押しつけられたくないだけ」
 ちょっぴりじと目で睨み付けられてしまったので、誤魔化すようにもう冷めてしまった紅茶を飲んだ。淹れてから時間の経った紅茶からは本来の味は損なわれてしまっていたが、つんとくるハーブの香りはそこに残されたままだった。
「とにかく、ありがとうね。今日もこれからあの娘の所に行くのよ。壊れた人形がいくつかあるって言ってたから直しにいってあげなくっちゃ」
「あら、もうそんなに仲良くなったの?」
「ええ。あの娘根っこの部分は素直だから、心さえ開いてくれればすぐに懐いてくれるの」
 カップに残された紅茶を飲みきると、私は席を立った。
 すると幽香は、まるでなんでもないことのように私に質問を投げかけてきた。
「ところで、私が最初に話したこと、覚えてる?」
 それが、本当に当たり前のことのような質問だったから。
「えっと、ごめん。何の話?」
 私は特に考えるでもなく、そう答えてしまった。
「……ううん、別にいいわ。どうせ大した話でもないもの」
 その反応がいつにも増してあっさりとしてたので気になったが、結局その答えがここで出ることは無かった。
 帰り際、ふと思って幽香に尋ねてみた。
「ねえ、貴方も一緒に来ない?」
 てっきりすぐに断られるかと思ったが、意外にも幽香は考えるような素振りを見せた。口元に指をあてて、そっと何かを考えながら。
「……気が向いたらね」
 曖昧な笑顔を浮かべて、ぼそっとそう呟いた。


 無名の丘にやって来た私は鈴蘭畑でメディスンの姿を探した。
 生ぬるい午後の風に揺られ、鈴蘭は静かにそよいでいる。だが、そこにメディスンの姿は無かった。
 昨日は私が姿を見せるとすぐにやってきたんだけど、今日はどうやらその様子はなかった。これだけ広い鈴蘭畑だから、たぶん近くにいないだけなんだろう。
 そう楽観しながら、鈴蘭畑から少し離れた所で彼女がやってくるのを待った。今日来る約束をしてたんだから待っていればそのうち見つかるだろう。
 その時はまだ、そう思っていた。


 真上にあった太陽は、徐々に西へと傾いていく。
 鈴蘭畑についてから一時間が経つが、未だにメディスンの姿はない。
「どこかに出かけてる……のかな」
 あまりここから外に出ない彼女だけど、たまたま出かけたということだってあるだろう。もしかしたら永遠亭とかに行ってるのかもしれない。
 そう自分に言い聞かせながら、メディスンが戻ってくるのを待った。肌を撫ぜる風が、段々と冷たくなっていくのを感じながら。


 太陽の陽が鈴蘭畑の向こうに落ちていくのを見つめながら、私は立ち上がり、来た道を戻っていった。
 嫌な予感がした。あくまで何の根拠もないただの予感。だけどとても悪い予感。
 外れていればいい。私はそう思った。こんなのは単なる私の思い違いで、あの娘が約束をすっぽかしただけなんだ。そう思い込もうとすればするほど足は前へ前へと動いていき、気がつけば走り出していた。
 夕焼けに染まった山道。何もかも赤く塗りつぶされてしまいそうな色のない道。
 人里へと続くその道端に、小さな人形が転がっていた。
 それを見つけてしまった時、夜の風より冷たい何かが胸の中を通り抜けた。ひゅうと音をたてて。がらがらと崩れていって。
 それは見覚えのある人形だった。昨日はまだ動いてた。自分の力で歩くことも走ることも出来ていた。怒ったり泣いたり、あるいはたまに笑ったりしてくれている人形だった。
 こんな、こんな人形じゃなかった。
 こんなに汚れた服を着ている人形じゃなかった。こんなにも、見ていて悲しくなるような人形じゃなかった。きっともう立つことさえ出来ないだろう。腕を動かすことも、指で何かを作ることも出来ない。その顔からは苦しいとか悲しいとか、どんな感情も欠落していた。まるで最初からただの人形だったんじゃないかと思わせるほどに。
 そもそも、これを未だに人形と呼ぶことが出来るんだろうか。
 呆然としたまま……ふと気付けば私は彼女に近付いていた。何かを考えての行動じゃなかった。ただこの娘を抱きしめてあげなければと思っただけだった。

「やめておきなさい。死にかけのその子の毒に触れれば、貴方だってただじゃ済まないわよ」

 その声を聞いて、私は初めて幽香がここに来ていたことに気がついた。
「……ゆう、か?」
 未だに状況を理解出来ないでいる私と違って、幽香はどこまでも冷静だった。
 もう陽も出ていないというのに、日傘をさして。まるで何かから目をそむけるように顔を隠して。
「勿論、私じゃないわよ。ここに来る途中慌てて引き返していく人間達がいたわ。……もっとも、そいつらが悪いってわけでもなさそうだけど」
 幽香は彼女を指さした。もう、ちっとも動かなくなってしまった彼女を。
「原因はその子……メディスン・メランコリーよ」
 私は、なおもわけが分からず呆然と耳を傾けていた。
「その子がまた人里を襲いに行ったの。自分を怪我させたやつらに復讐するために、ね」
「で、でもメディスンは人間が悪い人ばかりじゃないって分かってくれて……」
 ようやく出てきた私の言葉を、だけど幽香は首を振って。
「分かったつもりになってた、だけなのかもね。あるいは貴方に怪我を直して貰ったおかげで今度は倒せると思ってしまったのかも。どちらにしろ、あいつら人間を見つけてしまったこの子は人間達に襲いかかって返り討ちに遭ってしまった……という話よ。二度も襲われたら、やり過ぎるのも無理はないわよね」
「そんな……」
 私は倒れてしまってるメディスンの方を見た。
 まだ僅かに息はあるようだった……が、それも時間の問題だった。本当ならすぐに持ち帰って直してあげなければならない。
 けれど、彼女は自分の身を守る為なのか、小さな身体には想像もつかないおびただしいほどの毒を放ってしまっている。たとえば、私でも触れてしまえば侵されてしまうほどの。
「それで。こんなことになってしまっているこの子を見て……貴方はどう思うの?」
「どうって、それは……」
 私が言おうとした言葉は、そのまま永遠に飲み込まれてしまった。
「これが、貴方の望んだ自律人形よ」
 幽香のその言葉は、壊れてしまったあの娘を見た時よりも遙かな酷たらしさを刻んだ。
「この子は、そうね、人形だけど確かな自分の意志を持ってるわ。自分の意志で貴方の言うことを聞かないことを選び、人間に復讐することを選んだ。その結果こんなことになってしまったんだけど……ねえ、これって誰が悪いの?」
 何かを答えようとした。だけど、喉が渇いてなにも言えなかった。あるいは、言うのがとても怖かった。
「だぁれも悪くない。そう、悪いのはこの子自身なのよ」
 気がつけば幽香は私のとても近くに来ていた。とても近くで、幽香を見上げていることに気付いて……ようやく私は自分が腰を抜かして座り込んでいることに気付いた。
「あるいは自我を持ってしまったことそのもの、かしら。そしてこの子はその代償を支払った。自分の命という一番大切なものでね。自分の意志で決めたことなんだから、それぐらいの責任を果たすのは当たり前よね」
 問いかけるように、責めるように幽香は言った。
「それで……貴方は、どうしてそんなものを与えようとしてしまうの?」
 耳を塞いでしまいたかった。あるいは、潰してしまいたかった。だけど幽香の笑顔はそれをちっとも許さなくて、ちゃあんと耳を傾けることを強いていて。
「貴方はそう遠くない未来、貴方の夢を叶えることが出来るわ。だって貴方、才能あるもの」
 彼女の口から初めて聞く賛辞の言葉も、壁に描かれた呪いの言葉にしか聞こえなくて。そのひとつひとつを耳にするだけで、恐怖は色濃くなっていって。
「でもね。貴方が作るそれは、もう人形じゃないのよ。手足のように動いてくれる道具じゃない。貴方の思い通りに考えてくれるお人形さんじゃない。ねぇ、そしたら貴方どうする?」
 かたかたと奥歯が音を立てて鳴っている。恐ろしさという泥沼に沈んで動けなくなっていく。
「その子が貴方に懐いてくれなかったら? 貴方の意志と真逆のことを始めたら? 人を憎んでしまったら? 人を殺してしまったら? そして――こんな風に、殺されてしまったら?」
 それは。決して聞きたくなかった答え。
「貴方は、きっと作ってしまったことを後悔するわ」
 ぽちゃり、と。
 頭から見えないどこかへと沈んでしまった。
 呆然とする私を尻目に、彼女は私の背後へと回りそっと肩に手を置いた。
「この子は、メディスンはもう遅いわ。だって毒を飲んでしまったんだもの。毒を飲んでしまえば、もう後は死ぬことしか残ってない。……貴方、ゆっくりと死んでいく毒の方がいいって言ってたわよね?」
 いつの間にか零れていた涙を拭った彼女は、私を壊れた人形の前へと追いやる。
「それ、この子の前でも言えるかしら。この子、毒で苦しんでるのよ。たとえ今は助かったとしても、目が覚めればきっと以前よりもずっと人間を憎むようになる。これから先も、ずっと毒で苦しみ続ける。……貴方はその度にこの子を直してあげるの? ずっと毒で苦しませてあげ続けるの?」
 耳元でそっと囁かれた言葉は、頭をぐらりと揺らし。
「だったら、すぐに死なせてあげるのが、毒としての優しさなんじゃないのかしら」
 私に、決断を強いさせた。
 自分の心臓の音が、鼓膜に響く。私の耳にはもはや心臓の音しか届くことなく、私の瞳には横たわる人形の姿しか映らなかった。
 答えなければどれだけ楽だろうと思った。実際そうしてしまおうとさえ思った。けど、幽香が決してそれを許してくれなかった。私が逃げようとしても、彼女がそれを許さないだろうという確信があった。
多くの躊躇いがあった。迷いがあった。否定があった。肯定があった。これまで私が生きてきた人生の中に答えがあって、その先を見据えた答えが求められていて。
 だけど、それ以上に私の心はもう限界で、早く楽になってしまいという気持ちが段々と大きくなっていって。

 私は――

 目の前に横たわったメディスンを、強く抱き寄せた。
 毒が私の身体を蝕んでいく。これまでの悩みなんて全て吹き飛ばしてしまいそうな痛みが身を焦がす。だけど、その手を決して放したりしないよう、強く握りしめた。
「……なにしてるの、貴方」
 痛みで頭がすっきりとしたおかげで、私は前よりもちゃんと言うことが出来た。
「決まってるじゃない……助けるのよ」
 幽香は明らかに戸惑っているようだった。私がそんなことをするとは思いもしかなかったかのように。
 あるいは、本当にそうするなんてとでも言うかのように。
「たとえこの先この娘が苦しむことになるって言われたって、見捨てたりしない。そうならないよういくらでも努力してあげる」
 迷いもした。現実を目前に突きつけられて傷つきもした。
「私はね、人形が大好きなの。貴方が思うよりずーっと。だからこの娘も、これから作っていくはずの沢山の人形も、絶対に大好きになれる。それが毒だって言うなら、喜んで一緒に飲んであげるわ」
 だけど今ならきっと、胸を張って言える。
「私は、絶対に、夢を諦めたりなんてしない」
 無茶苦茶だって言われたっていい。
 私は、夢を諦める為に魔法使いになったわけじゃないのだから。
「……何か悪い?」
 どこか遠いものでも見つめるような眼差しで私のことを見つめていた幽香に、そう聞いてみた。
 幽香は呆れるような、ため息をつくような、楽しむような、喜ぶような、慈しむような、曖昧な表情を浮かべたまま。
「いいえ、ちっとも。――アリスらしいって、思っただけよ」
 とても優しい笑顔で笑って見せた。
 くるり、と幽香は背を向けた。それは帰路ではなく、この先にある鈴蘭畑の方へ。
「だとしたら、早く行きましょう。貴方だってその子を持ちながらいつまでも歩いたり出来ないでしょ?」
 彼女は、先に行くのではなく、私と同じ歩幅で、一緒の道を歩んでくれようとしてくれた。
「ああ、うん。それはそうだけど……幽香、貴方も来るの?」
 てっきりあんなことを言ったものだから来る気なんてないと思ってたから……。
「ええ。だって貴方一人で今のその子を治すのは難しいでしょ。それに貴方の治療だってしないといけないわけだし」
 まるで当たり前の事のように言うので、こっちがとまどってしまった。
 するとそんな私の反応を察したのか、幽香は曖昧な表情を浮かべて……今度こそ、本当に恥ずかしそうに頬をそめて。
「勘違いしないでね。私はお花が好きな子が好きなだけなんだから。それと、そんな人形を大好きな貴方のことも、ね」



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