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バレンタインの渡し方



  佐久間まゆの場合


「ハッピーバレンタインです、プロデューサーさん♪」
「……お、おう」

 深夜0時……ちょうど日付が変わって十四日になった頃、まゆがインターホンを押して家までやってきた。

「……えっと、まゆ俺の家知ってたっけ……?」
「何言ってるんですかプロデューサーさん。ちゃんと事務所のファイルに書いてあるじゃないですかぁ」

 あー、うん。確かに名簿とか履歴書とかには書いてあるはずだけど……アイドルの手に届くような場所には置いてなかったはずなのに……。

「……で、なんでこんな時間に?」
「言ったじゃないですか。今日はバレンタインですよ? だからまゆ、誰よりも早くプロデューサーさんにチョコをあげたかったんです」
「そ、そうか……」

 深夜の密会、とか雑誌に書かれなきゃいいけど。……まあ、まゆのことだからその辺ぬかりなくやってそうだけどな。

「だからプロデューサーさん、心を込めて作ったまゆのチョコ受け取ってください。貴方のことだけを想って作ったんですからね」
「……うん、ありがとうな」

 手渡されたチョコを丁重に受け取った。……なんだかんだでこういうことしてもらうのは嬉しいしな。

「……それと、プロデューサーさんにあげたい物がもう一つあるんです。……受け取って貰えますか?」
「? そりゃもちろん」
「じゃあ、目を閉じて貰ってもいいですか?」
「……変なこととか、しないよな?」
「そんなはしたない真似しませんよぉ。プロデューサーさんに奪ってもらうまでまゆ待ちますから」

 とりあえず最後の言葉は聞かなかったことにしつつ、目を閉じた。なにやらがさごそという音や不適な微笑みが聞こえてきたが、やがて……。
 ふわっと、首に何かが巻かれるような感触が伝わってきた。

「目、開けても良いですよ」

 言われるがままにまぶたを開いた。すると首に巻かれていたのは、もこもことした赤いマフラーだった。

「おお……!」
「まゆの手作りです。糸から選んで作りましたから、使ってくださいね」

 お礼を言おうと思ったが、それより気になったことがあって口が止まった。

「どうかしましたか?」
「いや……まゆ、もしかしたらあんまり寝てないんじゃないか?」

 化粧で分かりづらくはしてあるが、まゆの目の下にはうっすらとくまが出来ていて。
 そう尋ねるとまゆは、ああ、と何でもないかのように返事をして。

「はい。寝る間も惜しんで作りましたから」

 ……これは気づけなかった俺が悪いな。
 そう後悔しながら、まゆの頭に手を乗せた。きょとんとした表情を浮かべているまゆに向かって、一言だけ伝えた。

「あのな、まゆ」
「はい?」
「無理しなくっても良いんだからな」

 少しの間、ぼうっとした表情を浮かべていた。
 言葉が足りなかったかなと付け足そうとしたけれど、まゆはくすりと笑って。

「無理なんかしてないですよ。……プロデューサーさんがそう言ってくれるから、まゆは何だって出来るんですから」

 そう言うと、ぺこりと頭を下げた。

「それじゃあプロデューサーさん。おやすみなさい」
「あ、ああ……送ってかなくて大丈夫か?」
「心配してくれてるんですか? ふふっ、大丈夫ですよ。表にタクシーを待たせてますから」

 去り際に、一度だけまゆは振り返って。

「チョコには何も入ってませんから、ちゃんと食べてくださいね」

 そうして本当に、おとなしく帰って行った。

「……チョコ、には?」

 なんとなく巻かれたマフラーが怖くなったものの、気付かないふりをしてそのまま部屋の中に戻った。





 双葉杏の場合


「杏はバレンタインのチョコとかくれないのか?」

 事務所のソファでだらだら寝そべっている杏になんとなく催促してみると、明らかに嫌そうな顔をしながらもぞもぞと起き上がった。

「ええ〜。プロデューサーもういっぱい貰ってるじゃん。まだ欲しいの?」
「まあ欲しくないといえば嘘になるな。なんたって自分が担当してるアイドルなんだし」
「杏はプロデューサーのことを思ってあげないんだよ? これ以上チョコ食べて病気にならないようにーって」

 案の定渋られてしまう。……仕方ない、こうなったら。

「あーあ、バレンタインでくれたらホワイトデーに飴で返すのになー」
「飴? 飴くれるの?」

 予想通りの反応を示してくれる杏。
 てっきりどこかへ買いに出かけるものかと思いきや、鞄の中をごそごそとあさりだして。

「えー? 仕方ないなー。信じられないほどじっくり煮込んだチョコをあげよう」

 いかにも不器用にラッピングされたチョコを差し出してきた。

「もしかして、手作りか?」
「そうだよ。杏がせっかく作ってあげたんだから、心して受け取ってよね」

 いやまさか杏が手作りのチョコをくれるとは……。ちょっとした感動に浸りながらラッピングを解いて中を見てみると、真っ黒でよく分からない形をしたチョコが敷き詰められていた。

「……作ってる最中に寝落ちでもしたのか?」
「な、なんのことかな……。とにかく食べられないチョコでもあげたことはあげたんだから、ホワイトデーは三倍の飴ちょうだいね♪」

 ……なるほどな、だから持ってきてくれたのに渡すの渋ってたのか。
 とりあえず一つ摘んで食べてみる。その様子を見てた杏が「あっ」と驚いたが、気にしないことにする。

「……うん、焦げてるな」
「そんなの味見した杏が一番分かってるんだから、食べなくていいって……」
「でも食べられないことはないぞ? それに嬉しいしな」

 箸を持つのすらめんどくさがりそうな杏がチョコを作ってきてくれたんだ。全部食べないともったいない。
 杏の頭に手を乗せて感謝の言葉を伝える。

「ありがとな、杏」
「……うん」

 その乗せられた手をうっとうしそうにしながらも、少しだけ恥ずかしそうに、杏はこくりと頷いた。




 渋谷凛の場合


「や、プロデューサー。モテモテだね」

 大量のチョコを抱えてたところにやってきたのは凛だった。

「おお、凛か。おかげさまでな。これもプロデューサーやってる特権ってやつかな。義理でもアイドルのチョコが食べられるなんて贅沢だろ」
「本当にね。……ホワイトデーが大変そうだけど」
「今一番気にしてることを……給料が全部お返しで無くなりそうだ」
「ひょっとしてチョコ貰うの迷惑、とか?」

 それに対して、俺は自信を持って首を振って。

「ちっとも。むしろ自慢したいくらいだよ」
「……ふうん、良かった」

 そう言って凛は少し安心したように息を吐いた。

「お金が無いんだったらお返しは手作りにしたら?」
「あーそういう手もあるか。……でも男の俺が作ったお菓子なんて喜ぶと思うか?」
「みんなだったら喜ぶんじゃないかな。どうせプロデューサーにそんな甲斐性なんて期待してないだろうし」
「ひどい言われようだな……けどまあその方向で考えてみるかな」

 礼を言おうとしたところに、凛からなにやら鞄に入っていた物を差し出された。

「というわけで、はいこれ。私の分」
「……おおっ」

 不意打ちだったので変な声をあげてしまった。

「そんなに意外?」
「いやー、凛ってこういうのにあんま興味ないのかと思ってたからさ」
「……私だってこういう女の子らしいことする時もあるのに」

 しまった、ちょっと不機嫌に。
 慌ててる俺の様子を見た凛は、だけどおかしそうに笑って。

「ふふっ、分かってるから大丈夫だよ。ちょっといじわるしたくなっただけだから」
「……すまんな。ありがとう」
「……ううん、こちらこそ」

 そして凛は笑って。

「これからもよろしく、プロデューサー」





 輿水幸子の場合


 仕事が終わった頃には、もう外は真っ暗になっていた。
 誰もいなくなった事務所を見渡しながら、今日一日を振り返る。まあお返しとか考えると大変そうではあるけど、これだけみんなからチョコを貰えれば何の文句もあるまい。
 そんなことを考えながら事務所を出ると。

「あ……」

 事務所の扉の脇で、幸子がしゃがんで待っていた。

「……なにしてるんだ?」
「お、遅いですよプロデューサーさん!」
「え、あれ、すまん約束してたっけ?」
「してないですけど……ずっと待ってたんですから!」

 頬を赤く染めながら言う幸子は上着を着込んではいるものの寒そうにわずかに身を震わせていた。どうやら本当にずっと待っていたみたいだ。

「ごめんな……でも事務所に入ってくれれば良かったのに」
「ボクもそうしたかったんですけど……ゆ、勇気が……」

 最後の方はごにょごにょと声を小さくなってしまって上手く聞き取れなかった。

「と、とにかく!」

 頭をふるふると振った後幸子が手渡してきたのは、まぎれもなくチョコだった。

「誰からも貰えないと思ってプロデューサーさんにチョコを持ってきてあげましたよ!」

 チョコを受け取る時、少しだけ指先が触れた。手袋すらしてきてないせいで、その手は寒さでわずかに赤くなっていた。

「……ありがとな、幸子」

 そう伝えながら、自分が着ていたコートを幸子に上から被せてやった。するとびっくりしたような表情を浮かべてこっちを見上げた。

「寒いだろ。……あ、それとも迷惑だったか?」
「そんなことないです! ぷ、プロデューサーさんにしては気が利きますね。ふふーん」

 コートを深く被り直しながらそう強がる幸子を見て、つい笑ってしまった。なんとなく、いつも通りだなと。

「な、何笑ってるんですか!」
「わるいわるい。……うん、じゃあ帰るか。夜も遅いから家まで送ってくぞ」

 そう言いながら、手を差し出した。なんの事か分からないでいる幸子に向かって。

「寒いだろ。手、繋いでくか?」

 すると幸子はみるみるうちに顔を真っ赤にしていって。

「だ、大丈夫ですよ! ぼ、ボクは全然平気で……」
「俺が寒いんだよ。ほら」

 案の定強がる幸子の手のひらを、少しだけ強引に握った。思った通り雪のように冷たくなった、小さくてか細い手。
 一瞬何か言いたそうな表情をしたけれど、結局幸子は何も言わずその手を握り返してくれた。
 星の広がる冬空の下、二人手を繋いで歩いていく。

「今日のこと、一生感謝してくださいね」

 少しずつ体温の伝わっていく手のひら越しに、幸子はそんな言葉をささやいた。

「……一生、ですからね」



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