素直になれない私は



「ねぇ二人とも……少し相談があるんだけど」

 私――最上静香は、思うところがあって二人に相談してみることにした。

「どうしたの靜香ちゃん? 靜香ちゃんが悩むなんて珍しいね」

 一人は春日未来。最近一緒に仕事をすることの多い同じシアターの子だ。おっちょこちょいで落ち着きのないところはあるけど、面倒見がよくていっつも努力していて、そういうところは少しだけ尊敬してる。……もちろん本人にはそんなこと言えないけど。

「なにかあったんですか靜香さん? 私がお役に立てることがあればなんでも言ってくださいね」

 もう一人は箱崎星梨花。この子も最近ずっと一緒に仕事をしている。世間知らずでついお節介を焼いてしまいたくなるけど、手を貸さなくても気付けば何でも一人でこなしてしまってる事の多いとても凄い子だ。

「その……プロデューサーの話なんだけど……」
「またプロデューサーさんが何かやったの?」
「あんまり怒っちゃ駄目ですよ靜香さん。頼りないかもしれないですけど、プロデューサーさんも頑張ってるんですから」

 ……そして私は、どうやらプロデューサーに対していつも怒ってると思われてるらしい。

「そうじゃなくって……その、逆なの」
「ええっ! じゃあもしかして靜香ちゃんプロデューサーさんのこと好きになっちゃったとか!?」
「そうなんですか!?」
「そんなわけないでしょ! ……そうじゃなくって、素直になれないってことを言いたかったの」

 変な誤解を解きながら、私は二人に本題を告げた。……まったく、私がプロデューサーを好きになるなんてそんなはずないのに。

「素直になれないって……あんなにズバズバ言っちゃうのに?」
「ずば……そ、そんなに私ひどいこと言っちゃってる?」
「はい。時々プロデューサーさんが辞めちゃわないかって不安になっちゃうぐらいです」

 自分で思ってた以上に素直に文句は言えてたみたいだ。

「そうなのよね……プロデューサーの顔みたら文句は素直に言えるのに」
「だったら良いんじゃないですか?」
「そうじゃなくて……その、もっとお礼を言えるようになりたいの」

 私がそう言うと二人はようやく合点がいったように「ああー」と声をあげた。

「なーんだそういうことか。もー靜香ちゃん早く言ってよ」
「言ってたんだけど……ううん、この際いいわ。それで、どうやってお礼ったらお礼って言えると思う?」
「普通にお礼を言うんじゃ駄目なんですか?」
「……言えたらいいんだけど……」

 なんというか……素直になれないのだ。
 最初ここに来た頃はともかく、今はもうプロデューサーの実力は認めているつもりだ。初めて自分の力でとれたと思ってた仕事が実はプロデューサーが裏で働いてくれてたおかげだったと知ったときは嬉しさよりも恥ずかしさの方が上回るほどだった。
 私の知らないところで、私のために頑張ってくれている。そんなプロデューサーだから、もっと感謝の気持ちを伝えたい、と心の中では思ってるんだけど……。

「なんだか、お礼を言いたい時に限って変なこと言い出すから……」
「ああー……」
「タイミング悪いもんね、プロデューサーさん」

 二人の中でのプロデューサーはどうやらそんな評価らしい。

「そうなのよ。温泉街でのライブの時も私が足湯に誘ってあげたのに豊川さんの方ばっかり見てるし、この間のベリーダンスの時だって意見求めてるのに所さんの方が色っぽいとか言い出すし……!」
「嫉妬?」
「違うわよ! す、スタイルの違う人と比べられてもどうしようも出来ないってことを言いたいの」
「へぇー、靜香ちゃんでもそういうの気にするんだ」
「心配する必要なんかないですよ。靜香さんもまだ成長途中なんですから女性としての魅力はこれから身につくはずです」

 うう、星梨花にまで慰められるとなんだかみじめさが……。

「そ、それに! そう! プロデューサーは私と最初の顔合わせの時だって遅刻してきたんだもの」

 そう。思えばプロデューサーに対してのぎこちなさはあの時から続いてる気がする。
 最初の打ち合わせの時、こともあろうかあの人は遅刻してきたのだ。くたびれたスーツで、だらしのない格好で、だから不真面目な人なんだと思って――後になってから本当は仕事に熱心な人だって分かったんだけど――どうしても好きになれなかったのだ。
 だから……私が子供っぽいだけだって分かってるんだけど、未だにプロデューサーに対して素直になれないでいる。
 でもプロデューサーさんがだらしなかったことに関しては共感してくれるはずだって、そう思っていた。
 だけど。

「あー、あの時かぁ」

 未来が見せた反応は、私が思ってたものとは少しだけ違っていた。

「……あの時?」
「そっか、靜香ちゃん知らないんだ。……あのさ、靜香ちゃん私たちより遅くここに来たよね?」
「え、ええ」

 私がこのシアターに入ったのは、他のみんなから少し遅れてのことだ。だからほんのちょっとの差ではあるけど、未来も星梨花も先輩と言える。

「あの頃プロデューサーさんすっごい大変だったんだよ。ねー、星梨花」
「はい。一気に私たち全員を受け持つことになったからプロデューサーさんとても忙しそうでした。いつも夜遅くまで打ち合わせとかスケジュール調整とかしてましたし……泊まりこみで仕事してる時も多かったですよね」
「プロデューサーさん疲れてやつれちゃってたもんねー」

 言われてみると――あの頃はまだ仕事のことが分からなくて何をしているのかは知らなかったけど――私が入ったばかりの頃は色々と忙しそうにしていた気がする。

「だからあの時、あんなくたびれたスーツで……」

 事情を知らなかったとはいえ、あんな冷たい反応をしてしまったことがもどかしく思えてくる。

「でも、靜香さんの資料を見せてくれた時、プロデューサーさんとっても笑顔だったんですよ」
「……私、の?」

 そんなの、初耳だった。

「はい。この子はきっと凄いアイドルになる子だーってすごいはしゃいでたんです」
「そうそう、自分の机の上にずっと資料を広げてニヤニヤしてて。靜香ちゃんのこと羨ましかったなー。……まあ本当に私たちの中で靜香ちゃんが一番人気になっちゃったし、プロデューサーさんに見る目があったってことなんだろうけど」
「それで頑張りすぎて事務所で寝坊しちゃったんですから、プロデューサーさんも子供みたいですよね」

 星梨花はくすっと笑いながらそう言っていたが、もうその言葉は頭に入ってこなかった。
 プロデューサーさんが、そんな風に私のことを。
 言葉に出来ない想いが胸の中にこみ上げてくるのがよく分かった。それがあんまりにも慣れない気持ちだったから、顔に出さないように堪えるのが精一杯で。

「……だから靜香ちゃんもあんまりプロデューサーさんのこと怒らないで、正直に自分の気持ちを言ってあげればいいんじゃないかな?」
「こんなこと、絶対言えない……」
「え?」
「な、なんでもない! ……そうね。次に機会さえあれば、きっと私も――」

 もう少しだけ、素直になれるかもしれない。
 そう言いかけた時、事務所の扉が開いた。やってきたのは息を切らせたプロデューサーだった。

「し、靜香! いるか!?」
「は、はい」

 急に名前を呼ばれてつい改まってしまう。……さっき頭によぎったことを考えなかったこともない。
 プロデューサーはそんな私の気持ちも知らずに、強引に手を握って興奮した様子で言った。

「喜べ靜香! 今度主役をやることが決まったぞ!」
「しゅ、主役ですか!?」
「ああ。舞台やドラマじゃなくてアニメの声優だけどな。それでもちゃんとした主役だぞ」

 すごーい、という二人の声が聞こえてきた。私もこんなに早く主役が回ってくるなんて思いもしなかった。まだまだ駆け出しの私が主役を貰えるなんて、プロデューサーはどれだけこのために頑張ってくれたんだろうか。
 ……今なら言える、かも。
 今回のこと。今までのこと。そして――

「プロデューサー、あの、ありが――」
「食品会社のプロモーションアニメだしな。会社の看板を背負うことにもなるんだし、これから頑張ろうな!」

 ……ん?

「プロモーションアニメって……どんな役なんですか?」
「えーっと、サラダの国のお姫様、サラっていう役だな」
「何人ぐらい出演されるアニメなんですか?」
「靜香の他には声優さんが二人と、あとは食品会社の社員も参加するみたいだな」
「……どんな形式のアニメなんですか?」
「会社のホームページに載る五分ぐらいのアニメみたいだぞ。これを機にもっと……」
「……ちょっといいですか、プロデューサー」

 最後まで聞いた時にはいつも通りの感情が私の中に芽生えていた。

「ど、どうしたんだ怖い顔して……」
「いいからこっち来てください」

 握られていた手をこっちから引っ張って、事務所の隅まで連れて行く。未来や星梨花の助けが入らないように。

「あのですね、もちろんこういう仕事をおざなりにしてもいいとは思いません。小さな仕事の積み重ねが大事だということも分かっています。けどもう少し知らせる時に言い方っていうのがあると思いませんか? プロデューサーが凄い仕事を持って来てくれたのかもって期待しちゃうじゃないですか!」
「え、ええーっと、そうだ! 実は『だから私も、Hができる。』って深夜アニメの役も来てるんだけど……」
「な、なんですかその……恥ずかしい名前……! プロデューサーは私に何をやらせたいんですか! いいですか、前から思ってたんですけどプロデューサーはそういう配慮が……!」

 結局、いつも通りのお説教を始めてしまうことになった。お礼は言えないのに、こういう文句ばかりはすらすらと出てきてしまう、子供みたいな私。
 でもそれはきっとしょうがないんだろう。私はまだまだ子供だから。もう少しだけ、素直に感謝を伝えられるような大人になるまで、プロデューサーさんに頼らせてもらおう。

「……ふふっ。なんだか靜香ちゃん、ね」
「プロデューサーさんにこうしてる時の方が楽しそうですよね」

 遠くで聞こえた二人の会話は、聞こえないふりをした。



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