のんでるさちこ



「プロデューサーさん、カワイイボクが遊びに来てあげましたよ!」

 そう言い放ちながら勢いよく事務所の扉を開けたのは、もちろん輿水幸子だった。

「えーっと……どうしたんだ? 今日オフの日だろ?」

 突然来た幸子に動揺しながらも、とりあえず聞いてみる。

「だから言ったじゃないですか。遊びに来たって」
「いやそりゃそうだけど……まだちょっと仕事残ってるから、あんまり一緒に遊んでやれないぞ?」

 そう告げると、幸子はちょっとムッとしながらも、なんでもないことかのように。

「分かってますよ。……でもプロデューサーさんの仕事が終わるまで待ってるぐらい構わないですよね? 大人しくしてますから」
「もちろん良いけど……」

 今日はまだ他に誰もいないからずっと一人遊ばせておくのも気が引けるけど……その分仕事終わったら飯でも連れて行ってやればいいか。

「……わかった、しばらく待っててな。どっかにお菓子とジュースがあると思うからそれ飲んでて良いから」
「お菓子なんかで釣られると思わないで下さい! ……でもどうしてもって言うなら頂いておきますね」

 素直なんだか素直じゃないんだか分からない返事を聞きながら、とりあえずパソコンに向かって事務仕事の続きをする。

「プロデューサーさん、この冷蔵庫に入ってるジュース頂いても良いんですかー?」
「ああ、なんでも好きなもの飲んでいいぞー」

 冷蔵庫を漁ってるらしい幸子の呼びかけに応えながら仕事を進める。……まあそれほど根詰めてやる仕事でもないし、幸子がいれば少しは気が楽か。

「プロデューサーさーん。なんだかヘンな味しますよこれー」
「うん? 古いものは無いはずだから大丈夫だと思うけど……」

 ふと気になって幸子の方を見てみる。幸子はソファの上で缶ジュースを飲んで……うん、ジュース……?

「って幸子! それ飲んだのか!?」
「……ふぇ?」

 慌てて幸子が手に持っていた缶を取り上げる。だがもう既に缶の中身はほとんど空になっており、結構な量を飲んでしまったようだ。

「ぷろれゅーらーさーん、かえしてくださいよー」
「ダメだって、もう顔真っ赤じゃないか」

 手を伸ばしてくる幸子をなだめつつ、顔色をうかがってみる。ろれつが回っておらず頬がいつもより赤くなってるあたり、相当酔っ払ってしまっているのかもしれない。……うう、何故事務所の冷蔵庫にこんなものが。

「らめじゃないれすよー、こんなにカワイイボクがお願いしてるんれすよ?」
「可愛くってもダメだ。とにかくこれは没収」

 これ以上被害を拡大させないためにも渡すわけにはいかない。
 ……と意気込んだはいいものの、どうやら幸子はそれより別の言葉が引っかかったようで。

「……ボクって、カワイイですか?」

 う……なかなか言いづらいことを。
 さっきは流れだったからさらっと言えたけど、こうして顔を向き合わせて真剣な瞳で聞かれると……。
 ……ええい、向こうはシラフじゃないんだし。気にしてたって仕方あるまい。

「うん。可愛い……よ?」
「どうして疑問系なんれすか! もっとはっひり言ってくらはい!」

 うう……手に持ってるこれを飲んでしまえばもっと気楽に言ってしまえるんだが、そういうわけにもいくまい。
 覚悟を決めて、幸子に言ってやった。

「幸子は可愛いよ。うん、可愛い」
「なんだかなげやりじゃないれすか……?」
「そんなことないぞ。いやー幸子は可愛いなー」
「むぅー」

 ふくれっ面になって拗ねる幸子。こんな表情も可愛いのでついからかってしまいたくなってしまう。
 とはいえいつまでもこうしていると本気で拗ねてしまいそうなので、そろそろちゃんと答えてあげるか。

「冗談だって。幸子は世界で一番可愛いよ。少なくとも、俺にとっては」
「……は、はい」

 何故だか幸子はそんな他愛もない言葉をぼぅっとした面持ちで聞いていた……が、しばらくするとはっとした様子でぽんぽんとソファの横をぽんぽんと叩いて。

「ら、らったら、ここに座ってくらさい! ボクの隣に!」

 そんなこっ恥ずかしい要求をし始めた。

「だったらの文脈につながってないぞ。……というか、隣じゃなきゃダメか?」
「はい! もちろんれすとも!」

 いつにもまして強気な幸子。今の状態の幸子を断るのも気が引けたので、流されるがままに隣に座ってみる。
 傍に座っただけなのに、ふんわりとした良い匂いが漂ってきた。……香水つけてるわけでもないのに何だってこんな良い香りがするんだろうな、女の子って。

「ん……それでいいんれす」

 幸子も満足そうに頷いてくれた。そして……。

「それじゃあ、ボクの頭をなでなでしてくらさい」
「……えーっとだな」

 なんだって今日の幸子はこんなに甘えん坊なんだ……!

「どうしたんですか? カワイイって言ってくれたごほーびれすよ? こんなにカワイイボクの頭撫でられるんだから遠慮しないでいいんれすよ?」
「い、いや、ちょっと冷静になろう。後でお互い恥ずかしくなっても知らないぞ?」
「恥ずかしくなんてないれす! 頭撫でたいのはぷろりゅーさーさんなんれすから! カワイイボクの頭をなでなでしたいはずです!」
「……じゃあ、俺がそうでもないって言ったら……?」
「むぅー……それでも撫でてください! ぷろれゅーさーさんに頭撫でられるの、す、好きなんれふから! ボクが撫でられたいんれす!」

 こんな可愛らしいことを率直に言ってくる幸子を見るのなんて初めてかもしれない。
 もちろんこんなに可愛い幸子を撫でてやらない理由がないので、撫でさせて貰うことにした。優しく頭に手を乗せると、羽根のように柔らかい髪の感触が伝わってきた。
 いつもはこんなことしても素っ気なさそうにしてるのに、今日は大人しく目を閉じて、されるがままになっていた。

「……プロデューサーさんの手、気持ちいいです」
「……そうか?」

 聞いてみると、幸子はそっと頭に乗せられていた手のひらを両手で触れた。
 俺が戸惑っているとそのまま俺の手を握りしめて、自分の頬へとあてがった。

「はい。プロデューサーさんの手のひら。冷たくって、でもとっても暖かくって、優しいです」

 そう言った幸子の頬が赤いのは酔っているからなのか、それとも別に理由があるのか。

「プロデューサーさんだけなんですよ。プロデューサーさんだけがボクの頭撫でてていいんです。こんな風にボクに触れるのも、プロデューサーさんだけなんですからね」

 夢見心地な表情でそう言いながら、幸子は俺の身体に重なり――

「だから……ずっと一緒にいてくださいね……ぼくの……ぷろでゅーさーさん……」

 そのまま、俺の膝の上に頭を乗せて眠りに落ちてしまった。

「……寝ちゃったか」

 こんなに可愛いことを言ってくれる幸子が見られなくなると思うと名残惜しい気もするが、たぶんこれ以上やると起きた後で大変なことになりそうなので良しとしておこう。
 しかし膝枕のような形で眠ってしまったので身動きが取れない。何故かしっかりとシャツの裾握ったまま眠っちゃってるし。
 無理矢理剥がすのも可哀想だし、とりあえずこのまま寝かしとくか。
 仕事は家に持ち帰ることになりそうなので、残業代のかわりに幸子の頭でも撫でておく。こそばゆそうに身をよじるがしばらく起きる気配はない。
 起きたら起きたで、さっきまでの事思い出してとんでもない騒ぎになりそうだけど……。

「俺だけが撫でていいんだって、言ってくれたもんな」

 とりあえず涙目で撤回されるまで、この幸せそうな寝顔を堪能しておこう。



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