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たとえば日記を書くということ



 ここ、ヴワル魔法図書館には、今二人だけしかいない。
 一人はこの図書館の主である、パチュリー・ノーレッジ様。
 そしてもう一人は、そのパチュリー様に小悪魔と呼ばれている私だ。種族名で呼ばれるというのは不思議な感じがするが、名前らしい名前は特にないし、それでいいのだとも思っている。
 きっかけはおぼつかない記憶の中にしかないけど、とりあえず今の私はこの図書館に居候させてもらっている身だ。
 一日という時間を私はこの図書館の中で過ごす。パチュリー様の為に働いたり、おやつを作ったり、ちょっとだけさぼってご本を読んだり。毎日はあまり代わり映えのないものだけど、いつの日の私もそれを掛け替えのない物のように大切にしている。
 そして一日の締めくくりに、私はいつも日記を書くことにしている。
 今日もまた、いつものように日記を書くのだ。


   ☆☆☆


 朝。
 いつもより少し早く目覚めた私は、パチュリー様の為に紅茶を淹れてみることにした。
 パチュリー様は案の定、この広い図書館に一人きりでご本を読んでいた。
 この時間から居るということは、おそらく昨日からずっと読み続けていたんだろう。魔法使いは眠る必要なんてないはずだけど、一晩中酷使し続けたのであろうその瞳は僅かに充血していた。

「おつかれさまです。紅茶淹れました」

 机の上にティーカップを置いて、ようやく私の存在に気づいたようだった。

「ありがと。……もうそんな時間?」
「はい。いつもよりちょっと早いですけど、もう朝ですよ」

 私が持ってきた紅茶を一口飲むと、パチュリー様は疲れを吐き出すように小さくため息をついた。

「お味はどうですか? 今日はちょっと砂糖を多めにしてみたんですけど……」
「……うん、悪くないわ。疲れた頭には糖分が一番よね」

 ほぅ、と角砂糖のように甘くはにかんだパチュリー様の表情を見て、私はこっそりとガッツポーズを決めた。

「だいぶお疲れのようですけど……そろそろ一息つかれてはどうですか?」
「そうね……でももうちょっとだけ。もうすぐでこの章が読み終わりそうなの」

 もうちょっとだけ。
 そんなパチュリー様のお決まりの台詞は、まだ読みたいと言ってるのと同じことだ。もうちょっとだけ、あともうちょっとだけ。そんな言葉を繰り返しながら、彼女はいつまで経ってもページをめくるのを止めようとはしない。
 いつもは冷静なパチュリー様も、新しいご本を前にするといつだって子供のようになってしまう。それ自体は嬉しいことだけど、パチュリー様を案ずるとしては少し心配にもなってしまう。
 眠る必要はなくても、食べる必要はなくても、年をとる必要もなくても、どうしても疲れというのは溜まってしまう。ご本が栄養みたいなパチュリー様でも、ずっと摂取し続ければ倒れてしまうことだってあるのだから。
 だから私はこんな時、いつもこういうことに決めている。

「だったら、一緒にご本を読ませていただいてもよろしいですか?」

 パチュリー様は少しばかりきょとんとした表情を浮かべた後、安心したように微笑んで。

「……ええ。好きにしていいわよ」

 当たり前のことのように、そう言ってくれた。
 私はお礼を言ってご本を持ってくると、パチュリー様の机の前に腰掛けてご本を読み始めた。
 ここは、私の特等席だ。
 ここでご本を読んでいれば、いつパチュリー様の具合が悪くなったって看てあげられるし、パチュリー様が紅茶が欲しいと言ったらいつでも淹れて差し上げる ことが出来る。……難しいご本は苦手だから読むのはいつも絵本だけど、パチュリー様と一緒の時間を過ごせるのも、ちょっと。けっこう。ううん、ずっと嬉し い。
 それに――これはパチュリー様にはナイショだけど、彼女がご本に夢中になってる隙にお顔を見つめられるのもこの席だけの特権だ。ついつい本を読む時間よりもお顔を見つめる時間の方が多くなってしまったりする。
 一度本を読み始めてしまえば、よほどの事がない限りパチュリー様は周りのことに気づかない。だから私はたっぷりと無防備なそのお顔を……。

「今日はこれでおしまい。……どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「い、いえ! なにも!」

 ……今日は本当にすぐ止めちゃったみたいだった。


 それからの時間は、だいたいパチュリー様は図書館の中で過ごされる。
 レミリア様が起きてれば一緒に話されることもあるし、時には咲夜さんを呼んでこの館の事や魔法について話されることもある。
 それでも、ほとんどの時間を彼女は一人で過ごしている。一人でご本を読んだり魔法の研究をしたり、魔術書を書いたり、気になったご本を読み返したり、甘い物を食べて休憩したり、結局最後までご本を読みきってしまったり。
 パチュリー様がそうして過ごしている間、私はパチュリー様の助手のようなことをしている。パチュリー様が求めているご本を探し出したり、読み散らかした ご本を片づけたり。普段はへっぽこな私だけど、この図書館に関する限りメイド長にだって負けない仕事ぶりだと自負している。
 とても作業が追いつかないほど忙しかったり、うとうとうたた寝が出来るぐらい退屈だったりする時もあるけど、図書館での仕事を嫌だなんて思ったことは一度も無いみたい。
 どうしてだろう。
 そんなことを思う度に、いつも私はパチュリー様の横顔を見つめてみる。
 十秒だろうと、一秒だろうと、一瞬だってかまわない。その姿を瞳に映す度、私はいつもと変わらない答えを抱くのだから。
 手のひらですくった水のように溢れそうなその答えを、そっと瓶の中にしまい込んで、私はまた彼女のために働き始めるのだ。


   ☆☆☆


 今までだったら、空いてる時間をこの図書館に二人きりで過ごすことが多かった。
 あまり代わり映えのない毎日だけど、パチュリー様と一緒に過ごせる時間に私は満足していた。
 だけど最近、この魔法図書館にお客さんが訪れるようになった。
 
 お昼の時間も過ぎてお日様も西に向かい始めた頃。
 この図書館に一つだけある、鍵のついてない窓が開く音がした。
 図書館に外の空気が流れ込むと、それまで本を読んでいたパチュリー様はページをめくる手を止めた。そんな自分のことを恥ずかしがるようにこほんと咳をして、本に没頭するふりを始めていた。
 箒にまたがった彼女はしばらく図書館の上空を徐行していたが、やがてパチュリー様の姿を見つけるとゆっくり降りてきた。
 最近、パチュリー様ととっても仲良しな人間――霧雨魔理沙さんだ。
 私は彼女が降りてくることに気づくと、どうしてか分からないけど本棚の物陰に隠れてしまい、こっそりと二人の様子を見守ることになってしまった。

「なんだ、またこんな暗いところで本読んでるのか」

 魔理沙さんにそう話しかけられると、パチュリー様は無表情を作って振り向いた。

「図書館で本を読むのは当たり前のことでしょ? それに太陽の光は本に悪いもの」
「健康にはいいんだけどなぁ……また喘息がひどくなっても知らないぜ」

 パチュリー様はちょっとだけ恥ずかしそうに頬を赤らめて。

「放っておいて頂戴。それより今日は何の用なの? また本でも『盗ってく』つもり?」
「『借りてる』だけじゃないか。それに今日はちゃんと返しに来たんだぜ」

 そう言うと魔理沙さんは、袋の中をごそごそと漁り始め、何冊かのご本を取りだした。

「……雪でも降ってるのかしら」
「失礼だなー、ちゃんと借りた本はちゃんと返すぜ」

 パチュリー様は訝しげな眼差しを魔理沙さんに向けながら、その本を改めだして――ああ、と思い至ったように口にした。

「この本、確かにこの間貸した本ね。新しい魔法の研究するから為になる本を見繕ってくれって言った時の。……本当に返ってくるとは思わなかったけど」
「ありがとな。おかげで大分はかどったぜ」

 屈託のない笑顔でお礼を言う魔理沙さんの顔を見て、小言の一つでも言いたそうだったパチュリー様は……結局、諦めたようにため息をついて。

「どういたしまして。……まあ、せっかく返しに来てくれたんだから紅茶の一つでも出すわ」
「おう、とびっきり甘いのがいいな」

 魔理沙さんの注文に満足げに微笑むと、魔理沙さんが返しに来た本を確認して……。

「……あれ、こんな本貸したかしら?」

 一冊の、子供らしい表紙の本が混ざってる事に気がついた。

「ああ。パチュリーが入れたんじゃないのか?」
「これは……小悪魔の絵本ね。渡すときに一緒になっちゃったみたい」

 パチュリー様の言葉に反応してよく見てみると、確かに無くしたと思ってた私の絵本だった。お気に入りの絵本だったから無くなってしまった時に慌ててしまったのを覚えている。

「なんだ、そうだったのか。てっきりパチュリーが選んだのかと思って読んじゃったぜ」
「悪いことしちゃったわね」

 パチュリー様は申し訳なさそうに詫びた。

「ん、どうして謝るんだ?」

 だが魔理沙さんは、どうしてそんな事言うのか分からないといった様子で首を傾げた。

「だって時間を無駄に使わせちゃったでしょ? 外の世界の絵本だから、魔法とは関係ないもの」

 パチュリー様にそう言われて、ああ、と納得したように口を開いた。

「……なるほど。確かに魔法とは関係なかったけどな。文章も子供向けだし、漢字に全部ふりがなが振ってあったりしてさ」

 一旦、魔理沙さんは小さく息を吸った。
 ほんの少しの間。普通に過ごしていれば誰も気付きそうにない小さな空白。
 その隙間を埋めるように、魔理沙さんは言葉を紡いだ。


「だけど――すっごい面白かったぜ」


 はっと、息をのむ音が聞こえた。

「星の話だったんだけど、すっごい幻想的で、すっごい泣けてさ。絵も柔らかいのに綺麗で、きらっきらしてて!」

 興奮を抑えきれない子供みたいに語る魔理沙さんの瞳は、何億光年も先でいつまでも輝く恒星みたいに輝いていて。
 そんな魔理沙さんを見てパチュリー様は、今まで読んだこともない本を見つけたかのように目を白黒させていた。

「絵本だなんてって馬鹿にしてたけど。こんな凄い世界もあるんだってびっくりしたんだ。これを読んで子供たちが笑ってくれるんだったら、なんていうか、これも一つの魔法なんだなって。そう思えるぐらいに」

 言い切って魔理沙さんは、少し照れくさそうに笑った。

「ちょっと、クサかったかな?」

 いつもならそんな言葉を一蹴してしまうはずのパチュリー様は。

「……ううん」

 首を横に振って、真っ直ぐに彼女を見つめて。

「その絵本の話、もっと聞かせて」


 その後は、魔理沙さんはその絵本のお話を語り明かすばかりだった。
 ほとんど魔理沙さんが物語や挿し絵の話をして、パチュリー様が相づちを打つだけの一方的な会話。手元にその本があるのだから読んでしまった方が早いのに、と言ってしまいたくなるぐらいの遠回りな会話。
 だけど、私は覚えている。魔理沙さんが絵本の話をしていた時の――瞳を輝かせてお話の続きを待つ、一緒になって子供に戻ったみたいなあの横顔を。

 しばらくして、魔理沙さんは急ぎ足で帰っていった。
 ほとんどの時間を図書館で過ごすパチュリー様と違って、魔理沙さんはあっちこっちと飛び回って一つの場所に留まってくれなんかしない。新しいことがあればすぐに駆けつけて、自分の思うがままに動いて。
 だからパチュリー様は、魔理沙さんがいなくなった後はいつも寂しそうにしている。たぶん、同じ場所に自分だけがずっと取り残された気がしてしまうからなんだろう。
 だけど、今日は違った。
 魔理沙さんを見送る後ろ姿には、いつものような物憂げな雰囲気はなくて。

「……ねぇ、小悪魔」

 振り返ったその表情には、これから始まる新しい事への期待が溢れかえっていて。

「貴女のおすすめの絵本、何冊か教えてくれないかしら?」

 なんだか読みたくなっちゃったの。
 そんな言葉を恥ずかしそうに付け加えるパチュリー様の顔は、さっきの魔理沙さんにそっくりだったから。
 今まで見たこともないような素敵な笑顔を目にして、私はたくさんの嬉しさと。

「はい、任せてください!」

 ……ちょっぴりの悔しさを胸に秘めて、こう言うのだ。

「パチュリー様のことなら、なんでも分かりますから」


   ☆☆☆


「……まる。っと」

 ようやく日記を書き終えて、ふーっと息をつきながら大きく身体を反らした。
 いつの頃からか書き始めたこの日記。ずっと続いてるこれはもう何十冊にもなり、今ではこの図書館の本の仲間入りを果たしてる(だけど閲覧は禁止だ。ぜったい)
 あんまり頭のよくない私だとこのぐらいの日記を書くのだって大変だし、けっこう時間もかかってしまう。
 それでも私は思う。不確かな形でしか残らない思い出を形にするのは、きっと意味があるはずだって。

「うん。……パチュリー様が勧めてくれたことだもん、ね」

 ……もしかしたら、パチュリー様もこの図書館から去る日が来るのかもしれない。
 魔理沙さんと一緒にどこかへ行ってしまって、誰もここを使う人がいなくなって。誰からも忘れ去られてしまって。誰もいなくなって。
 それでも、たまたまここへ足を運んだ人がこの本を読んでくれれば、きっと識ってくれるはずだから。
 この紅魔館に住んでいた人たちのこと。魔理沙さんっていう素敵な人のこと。パチュリー様という素晴らしい魔法使いのことを。
 それと、そんな方たちをずっと見ていた、私がいたってことも。
 それは、きっと素晴らしい事だなって思うから。

「……今そんな先のこと心配しても仕方ない、か」

 もう一度、疲れた身体をほぐして明かりを消した。明日起きるために眠ることにしよう。
 明日は今日より良い日かもしれない。退屈な日かもしれない。怖い日かもしれない。ひょっとしたら掛け替えのない特別な日になるかもしれない。
 でも、明日のことは分からないから、今日は眠ろう。明日がどんな日になったって、私のすることは変わらない。

 この本のどのページだって、私の大切な宝物だから。



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