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幸子と飛鳥



「というわけで幸子、ちょっと飛鳥の面倒を見てもらってもいいか?」
「……はい?」

 ある日のこと。
 事務所にやってきたボクに向かって、プロデューサーは唐突にそんなことを言い出した。

「来て貰って早速で悪いんだけどちょっと急用で出かけなきゃいけなくなってさ。とはいえ新人の飛鳥を一人にもしておけないし……というわけで幸子。少しの間だけよろしく頼む」
「ちょ、ちょっと待ってください! ボクの意志とかそういうのは無視ですか!? ボクにだって用事が……」
「あれ。事務所に遊びに来たんじゃないのか? 今日オフの日だろ?」
「うっ……」

 そこを突かれてしまうと何も言い返せない。もちろん今日のボクに用事なんてものはなくて、プロデューサーさんをいじったりプロデューサーさんで遊んだりしに来ただけなんだけど……それを本人に言うのは、ちょっとだけこそばゆい。

「飛鳥もまだこっちに来て間もないし色々不安だろうから、先輩として色々教えてあげてくれないか?」
「はぁ……仕方ないですね。お仕事なんでしょうし、行ってきてください」
「ありがとな、土産でも買って帰るから」

 そう言ってボクの頭をくしゃくしゃと撫でると、プロデューサーさんはそそくさと出かけてしまった。
 その後ろ姿を見送ると、ボクは彼女の方を振り返った。
 二宮飛鳥。最近この事務所に来たばかりの同じ歳の女の子だ。ファーのついた黒いアウターの上にマフラーを巻いており、髪の長さはボクと同じぐらいだけど地毛と違う金色のエクステをつけているので長髪っぽくも見える。
 姿を見たことはあるけれど、直接話したことはない。その上ソファに座って本を読んでたから話しかけづらかった。背表紙を見る限り外国の作家の小説らしい。
 ……と考えていると、不意に目が合った。
 すると彼女は本を閉じて、少し芝居がかった仕草でボクの傍まで歩いてきた。

「やあ。ボクはアスカ。二宮飛鳥。初めまして、でいいのかな? 輿水幸子さん」
「は、はい。そうですけど、どうしてボクの名前を……」

 そう尋ねると飛鳥さんはにこっと微笑む。

「アイドルを志す人間だったらキミの名前を知らない人なんてそういないはずさ。輿水幸子。今日本中で話題のキュートなアイドル。ボクはずっと前からキミの存在を知ってたし、実を言えば、憧れの対象でもあったんだ」
「えっ、あ、ありがとうございます」

 カワイイとかそういう言葉だったらもちろん聞き慣れてるけど、アイドルとしてのボクを褒めてもらえることはあまりないので少し恥ずかしい。
 なんとなく冷たそうな雰囲気の人だと思ってたけど、ひょっとしたらいい人なのかもしれない。
 そんな風に思い始めていた所に飛鳥さんはボクに手を差し伸べてきて……。

「だけど、同じ事務所に入ったからにはボクらは対等な関係を目指さなくちゃいけないよね。だからキミのことは幸子と呼ばせて貰うことにするよ。ボクのアイデンティティの一部としてもね」
「……あいでんてぃてぃ?」
「存在意義さ。ボクの習性としてあまり馴れ合いは好まないんだ」

 あ、変な人だ。
 差し出された手を握り返しながら、密かにそんなことを思った。

「よろしくお願いします……」
「あ、ひょっとしたら『痛いヤツ』って思われちゃったかな?」
「え、そ、そんなことないですよ!?」
「いいんだよ、慣れてるからさ。普通の感性をしている人から見れば、ボクはきっと『痛いヤツ』なんだろうね。でもボクだって思春期の十四歳なんだ。ちょっとぐらい世間をうがった目で見る権利はあるだろう?」

 うわぁ……なんというか……。
 なんだろう。この蘭子さんとも少し違った感じ……。

「えっと……普段からそういう感じなんですか?」
「キャラを作ってるんじゃないかって、そういう意味かい?」
「いえ、そこまでは……」
「気 にしなくってもいいよ。だけど、そうだな。作ってると言われるのは心外だな。人は誰しも自分自身というキャラクターというものを持ってるんだと思わないか い? ほとんどの人はその個という存在を覆い隠し、埋没させ、集団からはみ出ないようにしてるんだ。ボクはただその自身というものを隠さないようにしてる だけさ。人は群れたがる習性を持っているから、そういう人にとってボクは煙たがられる存在なのかもしれないね」
「…………はい」

 色々と考えるのはやめておこう……悪い人ではなさそうだし。

「でも、ちょっとだけ残念だな。幸子はボクと同じだと思ったのに」

 同類だと思われてる!?

「え、えっと……どうして、ですか?」
「だってキミは自分のアイデンティティを確立しているじゃないか。皆から可愛いと言われることを求めて、可愛いと呼ばれて。事実、キミは可愛いと呼ばれるに値される容姿を備えている。てっきり自分の個性を認めながらそれを隠そうとしていないだけかと思ってたのに」

 カワイイって言われてこんなに嬉しくないこと初めてだ……。

「ボクはカワイイから、カワイイって言って貰えて当然なんです!」
「やっぱりそうだろう? 普通の人は自分のことを可愛いって思っても自分からは言わないものだよ。ケンキョとかそういう平凡な理由でね。でもキミはそうじゃない。自らそれを表に出し、周知させようと努めている。それだけでもキミが特別だっていうことがよく分かるよ」

 うう、こういう形で言われると、普段の自分が恥ずかしいこと言ってるんじゃないかって考えさせられちゃうな……。

「……でも、こんな風に言わないとなかなかカワイイって言ってくれないから……」
「ふうん。ひょっとしたらキミは特定の誰かに可愛いと言って欲しくてそういう事を言ってるのかい?」

 あっ。
 しまった。そんなこと言うつもりじゃなかったのに……!
 動揺してしどろもどろになっていると、飛鳥さんは少しだけ考える仕草を見せた後に、さっきより少しだけ真剣そうな表情になって。

「……もしかしてそれは、プロデューサーのことじゃないよね?」
「ち、違、違います! そ、そんなわけないじゃないですか! ぼ、ボクは、その、プロデューサーさんを男の人として見てるとかそういうわけじゃないので……!」
「そうか。ならよかった」
「そうですとも! なんといってもプロデューサーさんは……え?」

 誤魔化せた、と思えたのも一瞬のこと。気のせいかな、なんだかさっきの飛鳥さんの発言がどうもボクがプロデューサーさんのことを好きじゃなくて良かったと言ってるような……。

「ど、どうしてそんな質問したんですか?」

 その言葉がどうしても聞き逃せなくてつい質問してしまった。
 すると飛鳥さんはさらっと、さも当たり前のことのように言った。

「簡単なことだよ。ボクが彼に惹かれてるからさ」
「なっ……」

 なんて、なんて重大なことをこんな軽々と……!

「別に珍しいことじゃないはずさ。ボクぐらいの歳の女の子はプロデューサーみたいな大人の人に憧れるものだからね。……それに、彼はボクの価値を認めてこの事務所に拾い上げてくれた人なんだ。少しぐらい普通の女の子と同じようにときめいてしまってもいいだろう?」

 さっきまでと同じ調子に淡々と語っているが耳たぶまで真っ赤に染めていて、必死に恥ずかしさを押し殺しながら語っているようだった。
 うう、なんでプロデューサーさんが連れてくるのはこういう人ばっかりなんだろう……。

「……ん。でも実際、彼はプロデューサーとして有能だろう?」
「え、ええ。まあ」
「だったら尚更彼に好意を抱いてしまってもいいと思うんだ。彼を好きでいればいるほど、彼の言うことに従えば良い方向へ導いてくれると盲信していられるからね。もちろんアイドルである以上オープンにするべきじゃないけど、信じることの出来る人がいるというのはいいことさ」
「うう〜……で、でもプロデューサーさんって結構だらしない所あるんですよ? 時間にルーズだったり事務所に来る時は寝癖そのままだったり……そんな人をす、好きになってもいいんですか?」
「ふうん。彼にも子供っぽい所があるんだね。ますます興味がわいたよ」
「それに気が利かないし……メールもまめに返してくれないですし……」
「沢山のアイドルを抱えてるんだから多少は仕方ないさ。でも逆にそういった彼の心境を汲み取れるような女にならないといけないと思わないかい?」

 駄目だ……何を言っても屈してくれない……。
 がっくりと肩を落としかけたが、気付くと飛鳥さんは何やら考えるような仕草を見せていた。

「でも……」
「? どうしたんですか?」

 すると珍しく飛鳥さんは言い淀んだが、やがて頬を僅かに赤く染めながら。

「ああ、うん。ひょっとしたら、プロデューサーはアイドルに手を出したりしているのかい?」
「!? っけほ、けほ!」

 あまりの唐突な質問に思わず咳き込んでしまった。

「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「そ、そうだよね。この事務所にも魅力的な女の子は多いから、もしかしてと思って……」
「プロデューサーさんはそんなことしません!」

 いつも危惧をしていることのだけに思わず声を荒げてしまった。いや、プロデューサーさんはそんなことしない……はず。うん。

「そっか。どうやら彼は誠実な人みたいだね」
「そんなことないです……鈍感なだけですよ」
「でも……だったら、彼はボクらアイドルのことをどう思ってるのかな?」
「それは……」

 少しだけ、そのことについて考えてみた。プロデューサーがボクたちのことをどう思っているのかについて。
 もちろん恋心なんて甘酸っぱいものじゃないんだろうな、とは思う。かといって、親子や兄妹みたいな親密な感情とも違う気がした。仕事ではボクらを支えてくれて、時々いじわるして、だけど休みの日に買い物や遊びに誘ったら嫌な顔ひとつせず付き合ってくれて。
 ボクが失敗したら励ましてくれて、成功したら自分のことみたいに喜んでくれて。無理だと思えるようなことでも、ボクなら出来るって信じてくれて。

「どんな風に思ってるのかは、分からないですけど――」

 だからきっと。そんなことは些細な問題なんだろう。

「とても大切にしてくれてることは、確かですよ」

 今のボクがあるのは、プロデューサーさんのおかげなんだから。

「……ふうん」

 飛鳥さんは小さく微笑んで、今までより少しだけ本当の彼女らしい笑顔を見せてくれた。

「だとしたらボクは、良いプロデューサーに巡り会えたということなんだろうね」

 なんとなく。
 なんとなく、ほんの短い会話しか交わしてないけれど、彼女と仲良くなれそうな気がした。

「や はり彼と一緒になることは宿命だったというわけか。こんなにも早くチャンスが巡ってくるなんて思いもしなかったけど、誰にでも機会は与えられるものだね。 アイドルという非日常の世界にボクが足を踏み入れることになるなんて、ね。まあボクを肯定してくれる世界がここにしかなかったとしたら、なるようになった ということなんだろうけども」

 ……こういうちょっと痛い口調さえなかったら。
 なんて考えていたら、丁度プロデューサーさんが帰ってきた。何やら大きな荷物を抱えながら。

「ふー、戻ったぞー」
「おかえり。プロデューサー」
「遅いですよプロデューサーさん。ボクたちをほったらかして……それで、何のお仕事だったんですか?」
「ああ、仕事をとってきたんだ。そして……ほら、お土産だぞ、幸子」

 手に持っていた荷物の片方をボクに渡してくれた。それがボクのものだなんてちっとも思っていなかったから、少しドキドキしながら空けてみると……。

「わぁ……!」
「新しい衣装だ。これからまたしばらく忙しくなるけど、いけるよな?」

 プロデューサーさんが、ボクの為に仕事をとってきてくれたんだ。
 そう考えると心が温かくなった。それにプロデューサーさんと仕事ということは、これからしばらくはプロデューサーさんを独り占め出来るというわけで……。

「ふふーん。当たり前です! ふ、二人で仕事することが多くなると思いますけど、一緒に……!」
「ああ、そうだな。飛鳥と二人で気を引き締めていこう!」

 ……ん?
 二宮さんと二人で……?
 その発言を理解するよりも前にプロデューサーさんは二宮さんの方へと近づき、もう片方の荷物を手渡した。そして二宮さんの頭を撫でながら。

「そして、こっちが飛鳥の衣装だ。幸子に追いつくためにより一層厳しくレッスンしていくことになるけど、大丈夫か?」
「ボクが遅れてることは自覚してるからね。追いつくための機会さえ与えてくれるなら、いくらでも挑戦するよ。『アイドル』というもののヨロコビを知る為にもね」

 あれ、なんだか話が通じてる……?
 ボクが聞き淀んでいるとプロデューサーさんが察したのか、振り返って。

「あれ、飛鳥から聞いてなかったか? 今度のライブは飛鳥と二人でユニットを組んで貰おうと思ってるんだ」
「聞いてないです! というかまたこのパターンなんですか!?」
「ボクっ娘二人の異色中学生ユニット……これはいけるぞ!」
「うう、やっぱりボクって二宮さんと同類だって思われてるんですね……」

 だけど、まあ、いいか。
 二宮さんは良い人みたいだし。それに何より、プロデューサーさんがボクなら出来るって信じてくれてるんだから。

「しょうがないですね。……二宮さん」

 ボクは彼女の目の前へと歩み寄った。名前を呼ばれると少し緊張した面持ちになった二宮さんに向かって、ボクは手を差し出しながら言った。

「カワイイボクがライブをするんですから成功するのは当たり前です。でも、二人でやればもっと良い物になるはずですから。ボクに負けないよう付いてきてくださいね!」

 一瞬、彼女はぽかんと呆けたような表情を浮かべた。
 だけどすぐにおかしそうな笑顔になって、ボクの手を握り返してくれながら。

「ありがとう。……うん、ボクもキミの個性に負けないように、最善を尽くすよ」
「……えっ、ボクの方が個性的なんですか!?」

 どっちもどっちだ、と言うプロデューサーさんの言葉は聞き流すことにした。



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