幸子をいつもの十倍カワイがる日
「今日はボクのこといつもの十倍カワイがってください、プロデューサーさん!」
幸子は、いかにもかまって欲しそうな目で見つめながらそう言った。もちろん何の脈絡もなく唐突に。
「あー……聞かなくても分かるような気がするが、何でだ?」
「決まってるじゃないですか、ボクの十五歳の誕生日だからですよ!」
ふふーん、と何故か得意げに言う幸子。
「プロデューサーさんのことですからプレゼントを買ってくれてるなんて期待してないですけど、特別に許してあげます! だからその代わりに、ボクのこと百倍カワイがってください!」
「さり気なく増えてないか?」
「そんなのは些細な問題です。それに、プロデューサーさんにとってもご褒美じゃないですか。こんなにカワイイボクを好きなだけ、思う存分カワイがれるんですよ?」
そう言いながら幸子はふりふりとスカートの裾を掴みながらカワイイアピールをしてくる。や、確かに可愛いけど。
「……まあ、そんなプレゼントでいいなら、いくらでもやるけどな」
俺は幸子の頭の上にぽんと手を乗せてみた。ふわふわとした髪の感触がなんともこそばゆい。
いつもは頭を撫でられても得意げな表情を崩さない幸子だが、今日は眼を細めて気持ちよさそうに撫でられていた。なんだかんだ言いつつも甘えたいだけなのかもしれない。
「それで、具体的には何をしたらいいんだ?」
いつもそれなりに甘やかしてるつもりだから、百倍可愛がれと言われてもなかなか思いつかない。
「プロデューサーさんの思うがままにしていいんですよ。ボクはいくらでもカワイがられてあげますから!」
うーん、思うがままにか。
俺は頭を撫でていた手を離し、戸棚の中を探してみた。
そして目当ての物を見つけたので、その箱を幸子に差し出しながら。
「菓子をやろう」
「……プロデューサーさん、ボクを子供扱いしてません?」
呆れるような拗ねるような目で睨まれてしまった。
「そ、そんなことないぞ! 元々幸子が食べたいかなと思って取っておいた菓子なんだから! ……もしかしてクッキー嫌いだったか?」
「そりゃあ好きですけど……あ、それなら」
幸子は何かを思いついたようにいたずらっぽい笑みを浮かべながら、とことこと傍まで近づいてきて。
「特別に、ボクに食べさせてくれてもいいんですよ?」
小さなカワイイ口を、小さくカワイク開いた。
「……え、俺が幸子に食べさせるのか!?」
「はい! ふふーん、感謝してくださいね。このボクにあーん出来るのなんてプロデューサーさんだけなんですから!」
そう言いながら幸子は、あーんと口を開いて今か今かと待ちわびていた。その姿は改めて言うのもなんだが、確かにカワイイ。
箱からクッキーを一つ摘み、おそるおそる口に近づけてみる。
すると、あーんと幸子の方から食べようとしてきてくれた。ぱくり、と口を閉じる瞬間、思わず手を動かして空振りさせてしまった。
「ぼ、ボクで遊ばないでくださいプロデューサーさん!」
ジト目で睨んでくる幸子。
「す、すまん。幸子があんまりにもカワイかったから、つい」
「かわ……! ふ、ふふーん。それなら仕方ないですね。でも次やったら怒っちゃいますからね?」
もう一度、今度こそクッキーを幸子の口へと運んでみる。
クッキーが幸子の柔らかそうな唇に触れると、さくっと、幸子はクッキーの端っこをかじった。
「……ほら、ボクは手を使いませんから。最後までちゃんと食べさせてください」
かじり、かじり、と幸子が食べていく毎に、クッキーはなくなっていく。
そして唇が指先に触れるか触れないか。それぐらいのタイミングで、ようやく一枚のクッキーを食べ終えた。
「ふふん、美味しいですね。このクッキー」
……なんというか、これって……。
「餌付けみたいだな」
「…………」
あ、怒った。
でも勘弁してほしい。これぐらいの言い訳しておかないとこんな恥ずかしいことしていられないのだ。プロデューサーとしても何としても。
「フフ……そうですか……こんなにカワイイボクをペット呼ばわりですか……」
「い、いやペットのように可愛いというかハムスターみたいというか……」
「……別にプロデューサーさんにそこまで期待してないからいいですもん。それより、もっと食べさせてください」
「ま、まだ続けるのか!?」
「当たり前ですよ。今日一日カワイがってもら……か、カワイがらせてあげるんですから!」
幸子はおねだりするように身を乗り出し、まぶたを閉じるとあーんと口を開いた。……こんなにカワイイおねだりされて断れる男なんているはずがない。絶対に。
再びクッキーを一枚手に取り、幸子の口まで運んでいく。歯に当たるクッキーの感触をむずがゆそうに身をよじりながら、何かを噛みしめるようにクッキーを食べていく。
ああ、しかしこんな姿誰かに見られようものならどんなになることか……。
「楽しそうですね、プロデューサーさん♪」
そして、背後から聞こえてきたのは、幸子の声じゃなかった。
おそらく幸子の方からは誰なのか見えているのだろう。クッキーを口に頬張りながら石化したように固まっていた。
おそるおそる振り返ってみる。そこには、思った通りの人物――佐久間まゆがいた。
「……やあ、まゆ」
「おはようございます、プロデューサーさん♪ ……どうしたんですか? そんなに怯えちゃって。何かやましいことでもしてたんですか?」
「い、いやいや! そんなわけないだろ。な、幸子!」
「も、もちろんです! プロデューサーさんがどうしてもって言うから特別にカワイがらせてあげてただけなんですから!」
言い訳になってないぞ! 幸子!
「そうですよね。幸子ちゃんの誕生日だから特別に食べさせてあげてただけですよね」
だが意外にもまゆは取り乱したりすることなく、鞄から何やら小さくラッピングされた包みを取り出して。
「これ、幸子ちゃんの為にお菓子を作ってきたんです。もしよろしければどうぞ」
にっこりと、何の屈託のない笑顔を浮かべながらそれを幸子に手渡していた。
幸子も面食らったようで、きょとんとしたまその包みを受け取っている。
「料理には少し自信があるんですよ。プロデューサーさんからもっと良い物いただいてたみたいですけど……」
「そんなことないです! ……佐久間さんの気持ちが、その、とっても嬉しいですから」
一方のまゆも、素直にお礼を言われると思っていなかったのか驚いたような表情を浮かべていた。
「……ふふ。そう言っていただけると作った甲斐がありました。何も入ってないですから、安心して食べてくださいね」
「そういうこと言われると怖いんですけど……」
なんだか、最初に危惧していたのとは打って変わって仲よさそうな雰囲気だった。
こうしてみると、少し屈折しているとはいえ普通の仲の良い友達同士に見える。普段張り合ってるけど仲が悪いわけじゃないんだな。……まったく、どうしていつも対抗意識を燃やしてるんだか。
「と・こ・ろ・でぇ」
そんなことを考えた瞬間、ぐるりと首を回してこちらを向いた。どきりとさせられるような仕草だった。ホラーじみてて。
「幸子ちゃんの誕生日プレゼントってことはぁ、まゆの誕生日にもお願い聞いてくれるんですよね、プロデューサーさん♪」
「え、まゆの誕生日ってつい最近祝って……」
「してくれるんですよね?」
ぐいと、顔を近づけて尋ねかけてくる。
「そ、そりゃあもちろん……」
「何でもですか?」
「いやー、何でもってそこまでは――」
「何でもですよね?」
うっかりキスでもしてしまいそうなぐらい顔を近づけて、有無を言わさぬ迫力で圧倒してくる。
「わ、わかった。でもそんな高い物とかは無理だぞ?」
「うふふ。わかってますよぉ。まゆが欲しい物はお金じゃ買えないものなんですから」
俺が折れると、やっと顔を離してくれた。ちなみに表情には出さないがまゆも相当恥ずかしかったらしく、耳たぶまで真っ赤になっている。
「そういうことでしたら今日は幸子ちゃんにプロデューサーさんを譲ってあげますね」
もはや俺の意志なんて挟む余地のない決定だった。
「……というか、今日何しに来たんだ? オフの予定じゃなかったっけか」
「決まってるじゃないですか。監……幸子ちゃんの誕生日をお祝いにですよぉ♪」
「今不穏な言葉を挟もうとしてなかったか!?」
「ふふっ。それじゃあ改めて、幸子ちゃん誕生日おめでとうございます」
そう言ってまゆは、本当にお祝いの言葉だけを残して事務所から帰っていった。
「……続き、やるか?」
「とりあえずクッキーはもういいです……」
まゆから貰ったお菓子を鞄にしまいながら、幸子はそう言った。
***
「それじゃあ、次はどうボクをカワイがってくれますか?」
誰も戻ってこないことを確認すると、くいくいとスーツの袖をひっぱりながら幸子はせがんできた。
「そろそろ仕事もしなくちゃいけないんだけどな……」
そう。幸子は今日休みなのだが、俺は絶賛仕事中である。外回りのような仕事はないものの、今日中に仕上げなければならない企画書がある。
まあせっかくの誕生日だし、今日一日祝ってから残業でもすれば……。
「仕方ないですね。それならプロデューサーさんの仕事が終わるまで待っててあげます!」
すると、予想に反して幸子は素直に言うことを聞いてくれた。
「……自分で言っておいてあれだが、いいのか?」
「もちろんです。仕事は仕事ですからね。プロデューサーさんとしてもボクをカワイがれずに仕事をしなくちゃいけないのは大変でしょうけど、我慢して頑張ってください!」
おお、聞き分けがいい上に励ましてくれるなんて……幸子が天使に見えてくる。
「ごめんな。早めに終わらせるから……あ、何なら仕事してる間ひざの上にでも座って待ってるか?」
そんなセクハラまがいの冗談を言いつつ、早速デスクに向かった。「そんなことするわけないじゃないですか!」とか「子供扱いしないでください!」とか言うんだろうなと思ってたら。
「い、いいですよ」
……んん?
なんて思考の挟む余地もないままに、幸子は近づいてきて机と椅子の間のスペースを空けると。ちょこんと、俺の膝の上に乗った。
「……えっと」
「ふ、ふふーん。一時も我慢出来ないだなんてまったく仕方ないですね。お仕事中でもボクのことカワイがってくれていいんですよ!」
若干声を震わせながらも、強がるようにそう言う幸子。
ひざの上から柔らかな温もりが伝わってくる。幸子の小柄な身体が胸の中にすっぽりと収まって、すん、と髪からこそばゆい香りが漂ってくる。
「……流石にこれは恥ずかしくないか?」
「ぷろ、プロデューサーさんが来るかって言ったんですから、ちゃんと責任もってください!」
当の幸子も顔を真っ赤にしたまま、借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
このまま断ると幸子がいじけそうなので、とりあえずこのまま仕事をしてみることにした。
幸子の身長のおかげで視界を遮ったりすることはないが、幸子を抱えながら仕事をするというのはなかなか落ち着かないものだった。まあ企画自体はまとまってるから書類に書き起こすだけなので仕事に差し障りはないが、とにかく恥ずかしい。
「ふふーん。ほ、本当にプロデューサーさんは幸せ者ですね。ボクを膝の上に抱えながら仕事が出来るのなんて、プロデューサーさんだけなんですから!」
じっとしてるのに耐えられなくなったのか、幸子はそんなことを言い出した。苦笑しながら頭を撫でてやると、むー、と恥ずかしそうにうなった。
「……お、重くないですよね?」
「むしろ軽いぐらいだよ。ちゃんと食べてるか?」
「あ、当たり前です! 女の子にそんなこと聞くなんてデリカシーないですね!」
そんなやりとりをしながら、仕事を進めていく。時々喋りかけてくる幸子に、返事したり、笑ったり、頭を撫でたりしながら時間を過ごす。
ああ、しかしこんな場面をまゆに見られたりしたら今度こそ言い訳できないな……まさかこんなタイミングで戻ってくるなんてそんなことあるわけ……。
がちゃり。
事務所の扉が開いた。
突然のことに二人とも動けずにいると、その音を発した主が部屋の中に入ってきて……。
「あ、プロデューサーさん……と、幸子ちゃん?」
「……ああ、藍子か……」
やってきたのは高森藍子だった。想像しうる限り最も安全な人物の登場に、ほっと胸をなでおろした。
一方の幸子はなんだか後ろめたいような、居心地の悪いような、なんともいえない表情を浮かべていた。そういえば藍子と幸子が話してる姿をあまり見たことがないかもしれない。
「えっと……なんだか仲良しさん、ですね?」
「ああ、実は幸子が誕生日で……」
藍子が不思議そうな顔をしていたので、だいたいの経緯を説明しておいた。すると藍子はすぐに合点がいったようで。
「幸子ちゃん誕生日だったんですか! おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
まるで自分のことのように嬉しそうに、藍子はお祝いした。
「すみません。私幸子ちゃんが誕生日だったなんて知らなかったので何にも用意出来なかったんですけど……」
「そんなこと気にしないでください。そう言っていただけるだけでボクも嬉しいですから」
そう言われても藍子は納得してないようで、しばらく考えるような仕草を見せていた。
そしてぽんと、何か思いついたように手を叩いて。
「……そうだ。せっかくなのでお二人の姿を写真にとってあげますね」
鞄の中からトイカメラを取りだして、俺たちに見せてきた。
「あ……」
「こういう幸せな時間って形には残らないですけど、写真に撮って残しておけばいつでも見返すことが出来ますから。これトイカメラなのですぐにはお見せできないんですけど、現像したら幸子ちゃんにお渡ししますね」
「ありがとうございます。そういうことでしたらお願いします」
そう言って幸子は少し打ち解けたようにカメラに向かってにっこりと微笑んだ。いや、もちろん撮ってくれるのは嬉しいんだけど……。
「それ、誰かに見せたりしちゃ駄目だぞ? 特にマスコミとかに」
「大丈夫ですよ。知り合いの方の所で現像してもらいますから」
くすくすと微笑みながら、藍子はカメラを構えた。
「はーい。それじゃあ二人とも、笑ってくださいね。いち、にの、さん」
ぱしゃり。
シャッター音がして撮り終えると息をついた。……びっくりはしたけど、何事もなくてよかったな。
「そういえば藍子はどうしたんだ?」
「あ、はい。明日のスケジュールがどうなってるか確認しに来たんですけど……」
「そうか。明日藍子の撮影だったな。確かここに予定表が……」
ちょっとだけ身を乗り出してデスクの横にある棚から書類を探してみる。
ぱしゃり。
そして予定表を見つけると……なにやら再びシャッター音が聞こえてきた。
振り返ると藍子がカメラを構えてもう一枚写真を撮っていた。さっきより、顔一つ分ぐらいレンズを上向けて。
「ん、何撮ったんだ?」
すると藍子は、何やら小恥ずかしそうに。
「えっと……今のは、私の分です」
えへへと微笑みながら、カメラを鞄の中にしまった。
予定表を受け取ると藍子は未だに何やら恥ずかしそうにこそこそとしながら、帰り支度を始めた。幸子は幸子で、藍子が何を撮っているのかちゃんと見ていたのか、びっくりしたような表情を浮かべている。
「それじゃあこれ以上お邪魔するのも申し訳ないので失礼しますね。幸子ちゃん、本当におめでとうございます」
そう言って忙しそうに帰って行った。今ひとつ状況の飲み込めない俺は置いてきぼりを食らったような感覚を覚えながら。
「……なあ、さっき何を撮ってたんだ?」
「……ボク。ちょっとだけですけど、高森さんのこと苦手です……」
幸子はそれには答えず、ぎゅっと俺のスーツの裾を握りしめた。
***
企画書をまとめ終えると、丁度良い頃合いだった。
「……と、幸子。ちょっとだけ用事があるから外に出かけてくるな」
結局ずっと膝に座ったままだった幸子を立たせながら鞄を手に持った。幸子はちょっとだけ拗ねたように頬を膨らませる。
「おでかけですか? 仕方ないですね、ボクもついていってあげます!」
「あー、いや大丈夫だ。一人で行かなきゃいけない用事でな」
せっかくの誘いだがやんわりと断っておく。
「お仕事なんですか? なら途中まで……」
「すぐ近くだから大丈夫だよ。それに外だとこんな風に可愛がるわけにもいかないしな」
「でも……」
まだ何か言いたそうにスーツの裾を掴んでいたが、結局なにも言わずに離してくれた。その姿を見て罪悪感を覚えるものの、流石に幸子と一緒に買いに行くのもな。
「ごめんな。本当にすぐ帰ってくるから」
「……わかり、ました。ここで待ってますから……」
ぽん、と頭に手を乗せてから、早足で事務所を出た。後ろ髪引かれる思いにさいなまれながら。
幸い、買い物自体はすぐに済んで三十分もしないうちに帰ってこれた。
怒ってるんじゃないかとこわごわ事務所の中を覗いてみる。だが予想に反して、そこにあったのはぽつんと一人事務所のソファに座る幸子の姿だった。
「……幸子?」
呼びかけてみると、びくりと反応したものの、こちらを振り返ろうとはしなかった。そして、ソファに座ったまま。
「……その、今日のこと、迷惑でしたか?」
そんな事を尋ねてきた。
「……迷惑って、何がだ?」
「えっと、誕生日だからってプロデューサーさんの仕事の邪魔したりして……べ、別に無理してボクのことカワイがったりなんてしなくてもいいんですよ? もう充分色々なことしてもらいましたし、それに、これ以上迷惑をかけるわけには……」
……ああ、なるほど。
どうやら幸子は俺が鬱陶しくなって一人で出て行ったと勘違いしてしまったらしい。
確かに出て行く時にちょっと強引に言ってしまったかもしれないな。せっかくの誕生日なのにこんな思いをさせてしまうなんて……まだまだだな俺も。
「幸子」
「な、何ですか? 気なんて遣ってくれなくても――」
「いいから。ちょっとこっち見てくれないか?」
ようやく幸子が振り向いてくれた。
そのタイミングを見計らって、俺は思いきり紐を引っ張った。パン、とよく響く音と共にクラッカーの中から銀紙やテープが飛び出してきた。
幸子は驚いた表情を浮かべていた。音に驚いたのかクラッカーに驚いたのかは分からない。けれどその表情こそが俺の見たかった幸子の顔だった。
「誕生日おめでとう、幸子」
そして俺は、改めて、今日初めてその言葉を口にした。
「まだまだ足りないぞ」
「……え?」
「今日はいつもの十倍幸子を可愛がる日なんだろ? まだ幸子を可愛がり足りないぞ俺は! 今日はとことん、幸子のこと祝ってやるからな!」
そう言って、さっき買ってきたケーキを差し出した。ずっと前から、今日の為に予約しておいた誕生日ケーキを。
幸子はしばらくの間、状況が飲み込めずにきょとんとしていた。だが誕生日ケーキを受け取ると、一瞬だけ、俺にも見せないように顔を伏せて。
「……十倍じゃないです、百倍です! しょうがないですね、プロデューサーさんがそこまで言うならもっとずっとずっとカワイがってもらうんですから!」
今日見せてくれたどんな顔よりカワイイ笑顔を見せてくれた。
「……だから、ありがとうございます。プロデューサーさん」
いつも通りの笑顔のはずなのに、なんとなく気恥ずかしくって、いつものように直視出来なかった。
「そ、そうだ。実はプレゼントも買ってあるんだ。なんとなく期待されてないみたいだったから渡しそびれちゃったけど……」
その恥ずかしさを誤魔化すように、鞄の奥にしまっておいたその袋を幸子に差し出した。
「あ……ありがとうございます。こ、これって開けてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
幸子は嬉しそうに包装を解いていった。満面の笑みは、だが中身が明らかになっていくと何故か曇っていき……。
「……な、なんですか、これ?」
「……えーっと、ぴにゃこら太っていう最近流行ってるらしいキャラのぬいぐるみなんだけど……もしかして、お気に召さなかったか?」
「プロデューサーさんから貰えるんですから何でも嬉しいですけど……ちょ、ちょっとこれが出てくると思わなかったといいますか……」
幸子はその珍妙な顔をしたマスコットを抱きしめながら、そいつとにらめっこしていた。喜んではくれているみたいだが、何やら葛藤があるらしい。
「ふふ。でもよく見たらこの子なんだかカワイイ顔してますね」
「まじか」
「……プロデューサーさんはボクにカワイイと思わない物を贈ったんですか?」
あ、しまった。
「もう。プロデューサーさんは女の子の扱いがなってないですね」
「す、すまん。……そうだ、じゃあ来年の誕生日は何がいい?」
「それをボクに聞いちゃいますか……でもそうですね、だったら――」
そう言って、幸子は左手の薬指に手を当てて。
「指輪が、いいです」
恥ずかしそうに、照れくさそうに、おずおずと、だけどちょっぴり期待の籠もったような眼差しで告げた。
「来年の誕生日になったら、ボクに似合うような指輪をプロデューサーさんが贈ってくださいね♪」
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