はくれいのくせになまいきだ



 最近《神隠し》と呼ばれる現象が流行っているらしい。
 若者を中心に、ある日突然行方不明になって、そして帰ってこない連続事件。それを誰かが《神隠し》と呼んだ。
 どの事件にも共通しているのが『パソコンの電源がつけっぱなしだった』ということ。そして『消えた人物は共通して現実逃避ばかりしていた』ということである。
 だが、それ以上のことは何もわかっていなかった。




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「あーあ、だるい」

 今日も一日を食いつぶしてしまった。まぁ、フリーターなので時間は有り余っているのだが。夢や希望も昔に捨てた。その日暮らせればそれでいい。そう思ってここ数年は過ごしている。

「今日も紅魔郷やるか……」

 万年床からのそのそと起き上がり、自室のパソコンに向かう。

「ああー、だるっ」

 電源をつける。三分くらいしてデスクトップに。そこから東方を起動させる。
 何事も長続きしない自分だが、東方だけは続けることが出来た。まぁ、知って二年くらいのにわかだが。こまで好きでもないし、プレイが上手いわけでもない。本当にただの暇つぶしという認識でやっている。もともとシューティングゲームが好きなだけだから。

「あ〜、まぁ、こんなもんだろ」

 一時間くらいプレイして、ボロボロになりながらも、途中でゲームオーバーになったものの、何とかレミリア……紅魔郷のラスボスを倒すことが出来た。もともと自分自身にゲームセンスがないことも自覚しているため、特に感想もない。上手くなりたいわけでもないし。

「弾幕がかわせないんだよなぁ。こう、適当にやってるから被弾しちゃうというか。ん〜、ちょこちょこやってるんだけど、まぁ、こんなもんか。俺の人生みたいだな。対してうまくもいかないって感じで。笑える」

 少しゲームをやるだけで疲れる。だらだらとした生活は自分の体力を奪っているようで、また横になりたくなってきた。

「寝るべ」

 そう言って俺はパソコンの電源を消そうとした。だが、シャットダウンしようと、マウスを握った腕に何かが添えられる。
 か細い手。

「……手? 誰の?」
「私の手」

 背後から、耳元で囁かれる声。
 こんなフリーター、ほぼニートの部屋に誰かがいるわけがない。しかも聞こえてきたのは女性の声。彼女、もとい友人もいない。家族からも見放されてる俺の部屋に誰かがいるわけがない。幻だろう。

「あなたが、このゲーム……ゲーム、おぞましい響き。気持ち悪い。……ゲームをプレイしてたのよね?」

 添えられた手をよく見ると女性のものだった。か細い腕が俺の手に添えられている。本来ならあり得ない。誰の手だろうか。
 意を決して振り返ることを決める。そこにいたのは。

「八雲……紫?」
「あら、私の名前を知っているのね。まぁ、当たり前かもしれないけど」

 八雲紫。東方というゲームの主要キャラの一人。幻想郷の境界の管理者という設定があるように記憶していた。何故ゲームのキャラがこの場に存在するのか。

「コスプレ……?」
「残念だけど私は本物よ」

 本物、と呟いて取り出した扇子を広げる。そこには設定資料集で見たのと同じスキマが出来ていた。小さな小さなスキマが空間を裂いて誕生していた。
 そんなものを見せつけられたら信じるしかなくなってしまう。おそらくこの八雲紫はコスプレじゃない、本物だ。そう悟った。

「な、何で八雲紫がここに……? しかも本当に存在する……?」

 急に八雲紫が現れたという現状を飲み込むことが出来なかった。ゲームのキャラが実在するなど思ってもみなかったから。

「質問に答えなさい。あなた、ゲームをしていたわね。そして、そのゲームの中で博麗霊夢を操っていたわよね?」
「ああ。確かに東方紅魔郷はやってたけど……使ってたキャラも霊夢だったし。だけど、それがお前の登場と何の関係があるんだよ」

 おそるおそる口答えしてみる。本物の八雲紫だったら妖怪である。妖怪だった場合、勝てるわけがない。何をされるかもわからない。エロ同人誌のように美味しい展開にはならないだろう。そこまで馬鹿じゃない。
 八雲紫は深刻な口調でさらに言葉を続ける。

「あなたのせいで苦しんでる人が大勢いるのよ」

 いきなり人の部屋に現れて何を言い出すかと思えば、苦しんでる人がいる? たかがゲームなのに? 馬鹿らしい。

「はっ、まさか。ゲームしただけでどうして苦しむ人が出てくるんだ。馬鹿らしい。八雲紫ってのは実際にはそこまで頭良くないんだな」

 素直に思っていたことを言ってやる。湧いて出てきたゲームのキャラに何で突然説教されなければならないのか。

「ええ、そうね。実際の私はこんなものよ。あんなの人間たちが……お前たちが勝手に作った設定じゃない。私たちが知ったことではないもの」
「設定……?」
「そう、設定。私たちは架空の存在じゃない。いや、正確にはもともと架空の存在だったかもしれない。だけど今、確かに私は、そして幻想郷存在する」

 八雲紫は扇子で大きく横一文字を切る。目の前の空間を裂くように、沢山の目玉が覗く巨大なスキマがそこに出来た。

「それを今から証明してあげる。あなたがしたことを教えてあげる。苦しみを教えてあげる」
「証明? いったい何のことだよ」

 疑問をぶつけるも返答されないまま、俺は急かされるように八雲紫に背中を押される。状況が把握出来ないまま、俺はスキマに入らされた。

「あなたは、知らなくてはいけないもの」

 そんな言葉を聞きながら、深い異次元に身を落とすのだった。




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「ここが……幻想郷?」
「ええ。貴方が外の世界で、ゲームとしてプレイしてた東方の世界」

 スキマをくぐり、気がつくと俺と八雲紫は草原に立っていた。瞬間移動した気分だ。いや、実際にしたのだが。
 八雲紫が俺の前を歩く。右も左もわからない場所に置き去りにされてはたまらないと想い、俺はついていくしかなかった。
 二十分くらい歩いただろうか。ほぼ引きこもりだった俺の体力は相当落ちていたことが実感出来る。くたびれて息を切らしながら足を引きずっていると八雲紫の背中にぶつかった。どうやら目的地に着いたようだった。

「ちょうどゲームが始まるところよ」
「始まる……?」

 そこは村だった。古めかしい、古風な家が並ぶ村。
 八雲紫は俺に「向こうを見なさい」と指示する。一緒に建物の物陰で何かを観察すればいいらしい。
 指示された方向を見ると一軒の家が建っていた。他の家とあまり変わらない古風な家。だが、一つ違う点があった。
 その家の屋根には白い矢が刺さっている。

「白羽の矢……?」

 小さいころ、社会の時間に習ったことがある。白羽の矢が立つという言葉。神への供え物として人間の体を捧げる「人身御供(ひとみごくう)」に由来するものだ。
 神の生贄として差し出される少女の家の屋根に、目印として白羽の矢が立てられたという俗信から、犠牲者として選び出される意味となった。
 屋根に刺さった矢を見て、その言葉を連想した。

「そうよ、白羽の矢。ただし神への生贄なんてそんな生優しいものじゃないわ。生贄であることには間違いないかもしれないわね」

 白羽の矢が刺さった家から屈強な村人たちが出てくる。その中心には一人の少女がいた。少女は村人たちに引きずられるように連れて行かれる。黒い長髪の少女。その顔には生気がなかった。
 村人たちと少女が家から離れていく。家の方を見ると、玄関にうずくまる老人と老婆。少女の両親なのだろうか。

「何が起こってるんだよ。理解できねぇよ」
「見てればわかるわ。あなたが霊夢を選択したということが、この事態を起こしているのよ。要するにこれはプレイヤーセレクト。ゲーム上でであなたが操作したことが今現在、この幻想郷で現実として反映されている……と説明すれば理解してくれるかしら」

 反映されている、と言われても実感がわかない。何を言っているのか。
 相変わらず状況が飲み込めない俺に構わず、八雲紫は少女たちのあとを追う。俺はそれを追いかけていくしかない。

「ほら、御覧なさい」

 村の中心の広場近くでまた立ち止まる。多くの村人がそこに集まっているようだった。
 広場の中心に何かあるのがわかる。人混みの隙間から見えたのは、どうやら祭壇のようだった。
 その刹那、周囲が一瞬にして静まる。
 人混みが二つに裂け、その中心に道が出来る。祭壇から何かが降りてくる。

「あれは……霊夢?」

 霊夢。そう、博麗霊夢のことである。東方の主人公キャラクター、自機。格好から見た目から、何から何までゲームで知っている霊夢そのものだ。
 だが、八雲紫は言う。

「――『博麗霊夢』という少女は、存在しない」
「なっ……」

 何を馬鹿なことを。
 俺がそう反論しようとした時、あることに気がついた。祭壇から降りてきた『博麗霊夢』は、白羽の矢の家から出てきた少女だということに。

「どういうことだ? あの少女が『博麗霊夢』ということなのか」
「あの少女は『博麗霊夢』じゃない。『博麗霊夢』にさせられた憐れなヒロイン」

 あの少女は『博麗霊夢』じゃなくて『博麗霊夢』にさせられた?
 そして『博麗霊夢』という少女は存在しない?
 ますます思考がこんがらがってきた。ややこしい。まるで謎かけのようだ。
 理解していない俺を見越したかのように、八雲紫は俺に説明してくれる。

「プレイヤーセレクトをすることにより、とある村に一本の白羽の矢が放たれる。それはこの世界では当たり前の文化のように。そして白羽の矢で選ばれた一人の少女。その娘が祀られることになる」

 憎悪に満ちた視線を俺に向けて。

「そう、あの白装束を着せられた少女のこと。彼女は巫女服を着せられた。それが『博麗霊夢』である証。それを着せられて、あの少女は『博麗霊夢』として運命を終わらせなければならなくなる」

 明らかな殺意を俺に向けて。

「ゲーム画面では『博麗霊夢』と表示され、キャラ選択される場面。ただし現実は、そんなに簡単なものじゃないの。あなたにとってのゲームは、私たちの現実。プレイヤー自身のあなたの手によって、少女の人生が狂わされる」
「彼女に自分の意志はないのか……?」
「それをあなたが言うの? あなたのせいで、彼女は自我など持たされず、東方紅魔郷のクリアである《レミリア・スカーレットを倒す》ことを強いられ、その目的のために機械のように動くの。まるで呪われたかのようにね」

 広場から歓声が上がる。村中の人々が少女を祝福しているらしい。肝心の少女は無関心らしく、ただひたすらに死んだ感情で村から旅立った。

「まるであの巫女服は呪いだわ。呪われた装備。あれを着た者は『博麗霊夢』という存在として、自分の人格を失って、ロボット同然になって戦うの。その身が朽ち果てるまでね」
「死ぬまで……?」
「死ぬまで『博麗霊夢』として操られて、そして死ぬ」

 死。この世でもっとも重々しく、必然的な単語。
 俺が何気なく起動し、選択したキャラクターがこんなアルゴリズムで動かされているとは想像もしなかった。

「死んだら……ゲームはどうなるんだ?」
「ゲーム。そうね、あなたにとってはゲームよね。ふふ、笑えてくるわ。死んだらまた、別の少女が『博麗霊夢』にされるだけ。現実は残酷ね。ゲームをプレイされるだけ、同じ事が繰り返される」

 八雲紫の悲しげな台詞が俺の心に刺さる。
 まさか適当に遊んでいたことが、このような悲劇を生み出しているとは思いもよらなかった。単純にゲームを遊んでいるつもりだったのだから、仕方無いことなのかもしれないが。

「ほら、見てご覧なさい。話が進展したから」

 気がつくとまた瞬間移動していた。八雲紫の能力なのだろうか。場所は丘のようだった。どことなく見覚えがある。

「ステージ1。どうかしら? あなたがやってきたゲームに比べて」
「…………」

 見覚えはあった。だが、違う。ここにはゲームのような殺伐さがない。妖精たちはいるのだが、弾幕も飛び交っていない。ゲーム画面のような弾幕アクションが繰り広げられていない。
 遠くから少女がやってくる。『博麗霊夢』だ。だが、周りの妖精たちは何もしない。日常のように暮らしたり遊んだりしている。生きるのに精一杯、といった感じで『博麗霊夢』には無関心だ。
 しかし『博麗霊夢』はそうではないらしい。

「……えっ」

 驚きのあまり、俺の口から声が漏れる。『博麗霊夢』は無抵抗の妖精を持っていたお札で断頭した。いとも簡単に妖精の首が飛んだ。
 あっけにとられているうちにも、どんどん妖精たちを惨殺する。逃げもせず、無抵抗の妖精たちがどんどん殺されていく。

「こうして何の罪もない妖たちが惨殺されていくの。プレイヤー……あなたの手によってね」
「ゲームでは襲いかかってきた。それに、あれは弾幕ごっこなんだろ? 死ぬわけじゃないだろ?」
「画面に映ったものが真実じゃないってまだわからないのかしら? これが本当に起こっていることなの」

 気がつくと丘の妖精たちは殲滅していた。何も悪いことをしていないはずの妖精たちは『博麗霊夢』によって切り刻まれたのだった。あたりには生臭い血の海が出来ていた。これも『博麗霊夢』の使命だというのか。
 丘をひたすら進み、出会った者は何者だろうとお札で斬り殺す少女。そこには感情など存在せず、人形という言葉が一番合っていると思った。
 そしてゲーム通り、一匹の妖怪少女の元にたどり着く。

「ルーミア……」
「彼女もここで暮らしていただけの妖怪。それに、本当は人間なんか食べない。ただ純粋に優しい娘。主食は野草。心優しいのよ。悪い妖怪という外の世界の常識が、彼女を殺したの。『博麗霊夢』の眼には殺す対象としてしか映っていないでしょうね」

 ルーミアは霊夢に気がつかず、野に咲いた花をじっと観察していた。まさに人畜無害と言ったところだろうか。そこに向かって『博麗霊夢』が駆け出す。壊れたオモチャのように。
 瞬きをした次の瞬間、ルーミアの背中から前方にかけて、お札が短刀のように突き刺さっていた。ルーミアは何が起こったかわからないらしく、困惑したまま絶命していった。

「何だよこれ……これが東方なのかよ」
「そうよ、これが東方。これが本当のこと。スペルカード戦というのは嘘っぱちだということ」

 俺は真実をどんどん告げられる。頭の中がパンクしそうになる。
 気が狂いそうだ。

「ゲーム内で弾幕を打ち合ったシーン、それは本当に殺し合いでしかないの。誰かが作ったスペルカード戦という設定は、外の世界で都合良く解釈されたうわべでしかない。霊夢である少女はルーミアを本当の意味で殺害したの」

 いともたやすく行われた残虐行為に、もはや俺は何も言うことが出来なかった。

「……何がスペルカード戦なのかしらね。馬鹿らしいわ、本当」

 八雲紫は俺にひたすら言葉をぶつける。

「ただ暮らしていただけなのに。人間っていうのは愚かね。特にあなたみたいな駄目な人間は愚かよ。そのせいで少女もルーミアも、不幸になってしまった」

 俺は、間違っていたのだろうか? ゲームをすることはいけないことだったのだろうか? そう考えてしまう。目の前でこんなものを見せられて何も感じない人間はいない。

「ゲームで作られた設定が、本当の設定とは限らない。あなたの生きてる世界も誰かのゲームかもしれないわ。そしてあなたは魔物として画面に映っていたら、きっと殺されるのでしょうね」
「で、でもそんなの……ゲームの世界のことなんてわかるわけないだろ!」

 悔し紛れに反論してみる。
 そんな俺を不憫そうに見つめる八雲紫。

「あなた、まだわかってないのね。何が問題かというとね」

 一呼吸置いて、口を切る。

「適当に弄ばれて、適当に殺されて。私たちの現実をゴミのように扱われて、それを許容出来るほど私は、幻想郷は優しくないってこと」

 だってこれはゲーム内の出来事じゃないか。適当にやって何が悪いんだ。
 そう言いたくても、その言葉が口から出てこない。複雑な感情が邪魔をする。自覚はなくても混乱しているのだろう。

「画面ではただの弾幕ごっことして映ってたバトルも、ゲームの中の世界では笑い事では済まない死闘。遊びじゃない殺し合い。そして『博麗霊夢』はどんなことがあっても目的を達成しなくてはならないの。それが宿命だから」

 怒濤のように現実を突きつけられて、どうすればいいのかわからなくなっている。
 そんな俺をあざ笑うかのように、シーンがまた変わる。瞬間移動。目の前には紅い月。八雲紫は説明してくれる。

「そして場面は最終ステージ。レミリア・スカーレットとの対決ね。……といってもレミリアも紅魔館に住む善良な吸血鬼。そもそもこの幻想郷に異変など起こらない。起こっていない。起こっても博麗は必要ない。だって彼女は本来いない人物なのだから」

 根本から間違っていたのだ。思えばこの世界に来て紅い霧など一度も見ていなかった。それこそ嘘だったということか。愕然とするしかない。

「その彼女を存在させたのは、あなた。プレイヤー。外部からの介入さえなければ、私たちは平穏に過ごせたのに。見てなさい。レミリアも……死ぬわよ。あなたがプレイしたようにね」

 レミリアもルーミアと同じように殺されるというのか。悲劇が繰り返されることに俺は耐えられそうになかった。

「ほら……『博麗霊夢』がやってきたわよ」

 館の屋上。その下から一人の少女が文字通り空を飛んでやってきた。しかし、先ほどとは様子がまったく違う。『博麗霊夢』の証である紅白の巫女服。その白い部分が真っ赤に染まっている。

「真っ赤……?」
「返り血。そして……自分の血」

 ここに来るまでに殺してきた妖精、妖怪、紅魔館の連中たちの返り血で自らを真っ赤に染めていた。そして自分の血。霊夢の右手が、なかった。ちぎれていた。欠損していた。ここまでたどり着くまでに何者かに反撃されたのだろうか。
 だが『博麗霊夢』はそんなことを気にするそぶりなどまったくせず、屋上で呑気に紅茶を飲むレミリアに向かって、狂犬のように飛びかかる。眼の焦点も合っていない。おそらく身体も限界に来ているだろう。だが、目的の達成のために少女は戦う。
 一方的に、戦う。

「どんなに傷つこうとも、右手がもげようとも『博麗霊夢』としてレミリアにたどり着く
少女。健気よねぇ。泣けてくるわね」

 八雲紫の皮肉めいた言葉も殆ど俺の耳には届かなかった。自分のしてきた愚かさに気がついてもすでに時遅し、という感情でいっぱいだった。
 さすがにレミリアも必死で抵抗する。自分の命がかかっているのだ。ゲームと同じようにグングニルを創り、それを『博麗霊夢』に飛ばす。
 だが、抵抗などまったくせずに『博麗霊夢』はレミリアに突進する。

「ヒッ!」

 俺か、レミリアか。誰の口から漏れたかわからない嗚咽が周囲に響く。
 レミリアの鋭いグングニルは『博麗霊夢』の両足を奪い、そして心臓部を貫通していた。『博麗霊夢』自身の意識もとっくに失われていた。だが、彼女は『博麗霊夢』という存在だ。目的遂行のために、生かされている存在。

「……こうしてレミリアを倒し、ゲームはエンディング画面になりましたとさ。めでたし、めでたし」

 粉々になったお札が、『博麗霊夢』の腕ごとレミリア・スカーレットを貫通する。レミリアは苦しそうに呻き、そしてお札の結界により灰になった。
 そして『博麗霊夢』も同じようにその身をもって絶命した。
 これで、東方紅魔郷はエンディング。最悪の結末で物語りは終わったのであった。




 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




「――あ、あれ?」

 世界が歪む。ぐるりと溶けて、また元通り。今までのことがなかったかのような眺めに戻る。
 見覚えのある風景……いつの間にか俺は白羽の矢が立った家のある村に立っていた。

「……こうして世界は繰り返されるのでしたとさ」

 八雲紫は扇子を閉じて、その先端を俺に突きつける。とてもとても憎々しげな目つきで。いや……涙さえ浮かべながら。

「アレを見なさい」

 扇子の先端を俺の眼前からずらす。俺は指示される通りに振り返る。

「あ、あれ、何で。どうして」

 その光景を疑う。何かの間違いでないかとさえ思う。
 見覚えのある祭壇。二つに別れて道を作る村人たち。その道を歩むのは……『博麗霊夢』の少女だった。先ほどと同じ少女かはわからない。だが、共通している点はあった。自分の意志は持っていないだろうという部分。

「ええ、全て繰り返されるわ。きっと『博麗霊夢』はまた傷つき、殺される。ルーミアも、レミリアも、何度も何度も殺されるでしょう。ゲームでプレイしてた画面を思い出しなさい。彼女たちを何度も繰り返しプレイして殺してるのは……あなたよ」
「俺が……俺が全て悪いっていうのか? だってゲームじゃないか。俺はゲームをしてただけだろ! 俺は何も関係ない!」

 今まで見てきたこと。それらを受け入れることが出来ない俺は声を荒げて反論した。自分の愚かさや過ちに気がつきながらも認めることが出来なかった。
 だが、八雲紫は顔色一つ変えない。

「これがあなたにとってのゲーム、東方紅魔郷の……東方の真実。あなたにとってのゲームは、私たちにとっての現実なのよ。あなたにとっての理想郷は、私た ちにとっての真実。生きている場所なの。そしてあなたは……霊夢を、殺した。それも大量に。苦しめた。苦しめたのよ。この、大量虐殺者」

 風景が溶ける。
 さっきまでの瞬間移動とは違う。ドロドロになった沼に沈んでいくような感覚。何かに足を奪われるようだった。

「私はね……霊夢を、いや、違うわね。霊夢だった彼女を……愛していた。あの少女を、今まで『博麗霊夢』だった少女たちを愛していた。人として、ね。外の 連中の思い通りに操られ、オモチャのように滑稽で。でも、そんな彼女を見捨てることは出来なかった。何とかしようと思った。でも」

 抵抗するがどうすることも出来ず、底へ底へ沈み込んでいく。気がつけば首から下は闇で埋まってしまった。もがいてももがいてもヘドロのような闇は俺に這ってくる。

「止められなかった。それどころか、日を増すごとに死んでいく回数が増えた。しかもその死は遊び半分で、他者に無駄に苦しめられた死。彼女は霊夢として死んだ。いや、霊夢になる前の……彼女自身もお前に殺された」

 冷たい感触が口にまで侵入してくる。何とか上を向いて呼吸出来るようにする。このまま死ぬのだろうかと思うと絶望で心が壊れそうだ。
 殺されてなるものか、最後の抵抗だと思い俺は決死の想いで叫んだ。

「な、何も東方をプレイしてるのは俺だけじゃないだろ! な、なぁ!」
「……そうね。そうかもしれないわ。矛盾やパラドックスが起きてるのかもしれないってことも。でも、それでもあなたが殺したの。この現実では、あなたが殺したのよ。あなたも少なくとも加害者の一人。そう思わないと……私、やってられないじゃない」

 全てが闇に包まれる。
 死んだかと思ったが、ふわふわと海を漂っているようだった。まるで夢の世界のような感じ。俺はまだ生きていた。このまま泳いで逃げてしまおうか。悪いのは俺じゃない。たとえ俺に否があっても、俺だけのせいじゃない。俺は関係ない。
 だが、目の前に八雲紫が立ちふさがる。俺の進行を邪魔する。

「まだ言い訳するのかしら。適当に、おざなりに生きてきた人間の言葉など届かない。霊夢を傷つけた人間の言葉に価値はない。彼女を本当の意味で殺したのはお前だ。他の誰でもない、お前だ」

 喋ることも出来ず、やがて動けなくなる。意識が何かに塗りつぶされるようだった。
 視界に八雲紫が映る。そこにいたのは先ほどまで幻想郷を案内してくれていた女性ではなかった。
 八雲紫は、妖怪である。

「何故お前が死なない。何故お前が霊夢の代わりに死なないんだ。どうして彼女がお前によって狂わされなければならないんだ。間違っている……私はそう思うわ。だからお前を殺す」

 人間ではなく、妖怪として八雲紫は俺を殺そうとしていた。彼女は確かに存在しているのに、そこにいるのは女性ではなく妖怪だった。

「死ね。勇者感覚で、ゲーム感覚で遊ぶお前には死が似合う。霊夢が死んでいったように、お前もここでゲームオーバー。これが現実だって教えてあげる。向こうで後悔するといいわ」

 何かによって心臓が握りしめられている。物理的に圧迫されているようだった。
 八雲紫の眼から涙が伝っていた。だが、八雲紫は涙を流してはいなかった。俺の錯覚だろうか。彼女が口角をつり上げるたびに、心臓がつぶされていく。
 苦しい。苦しい。苦しい。
 俺が何をしたんだ。

「……馬鹿よね、私。何の解決にもならないってわかってるのに。でも、止められないの。私の衝動は止められないの。好きってそういうことでしょう?」

 衝動? そんなもののために俺は死ぬのか? ゲームの世界の出来事のために俺は死ぬのか? 納得出来ない。
 そうだ、これは悪夢なんだ。悪い夢だろう。

「それに、あなたが思うゲームの世界だったら……非現実だったら別に問題ないでしょう? 死んでも復活、コンティニュー出来るじゃない」

 きっとこれは夢。これは……夢だ。悪い夢なんだ……。

「そうだと良いわね」

 夢であるはずなのに胸が痛い。身体中の細胞が朽ちていく。

「それじゃあ――――死ね」

 何かが握りつぶされて、意識は幻想へ消えていった。




 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




 気持ちを落ち着かせた八雲紫は、男の死体をスキマの異空間へ落とす。どこへ飛ばされるかは知ったことではなかった。

「馬鹿よね、私」

 別のスキマに映る風景を覗く。そこに映る『博麗霊夢』である少女を見つめる。『博麗霊夢』は先ほどと同じように呪われた運命によって動かされ、傷つけ、傷ついている。
 そんな場面を見るのが辛くなって、八雲紫はスキマを閉じた。

「終わらないのはあなただけじゃないわ。私も、永遠に、終わらないんでしょうね。この馬鹿げた行為は。これがゲームの世界だったら、どんなに救われたことか」

 スキマと同じように、瞼を閉じた。彼女が何を想うのかは、彼女自身すらもわからなかった。本当の涙が瞳からこぼれた。




 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




 最近《神隠し》と呼ばれる現象が流行っているらしい。
 若者を中心に、ある日突然行方不明になって、そして帰ってこない連続事件。それを誰かが《神隠し》と呼んだ。
 どの事件にも共通しているのが『パソコンの電源がつけっぱなしだった』ということ。そして『消えた人物は共通して現実逃避ばかりしていた』ということである。
 だが、それ以上のことは何もわかっていなかった。







「――現実は、逃避できるほど甘くないわ」



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