拝啓、まだ見ぬ旦那様!



 ――恋をしに行く 行為をしに行く



 アーバンギャルド【少女都市計画】より【恋をしに行く】から引用。




【拝啓、まだ見ぬ旦那様!】

 夢を見た。

「幽香、結婚しよう」

 まだ見ぬ旦那様のプロポーズ。ここは夢の世界だが、これは私の夢……願望でもあった。
 誰かの花嫁になりたい。妻になりたい。結ばれたい。
 だって結婚は幸せの墓場だから。死ぬまで好きな人と添い遂げられるとしたら、これほど幸せなことはない。外見や性格から「幽香さんは怖い人」なんて恐れられてるけど、自分でいうのも何だが内面は乙女だ。私だって人並みに誰かの花嫁になりたい。
 だからこうして夢の中で、まだ見ぬ旦那様にプロポーズされた。まだ見ぬ、というのは当然そういう関係の異性が知り合いにいないからである。もちろん同性も。

「は……はい! 私でよければ」

 自分らしくない惚けた声を出し、まだ見ぬ旦那様にプロポーズする。
 夢の中だという自覚はあるようなないような。だが、プロポーズされることは女性にとっては夢のような出来事だ。
 私はまだ見ぬ旦那様の手を握る。目が合う。
 だが、まだ見ぬ旦那様は思いも寄らないことを言った。

「――僕、変態なんだ」
「え」

 言葉に詰まる。何そのカミングアウト。
 突然意味のわからないことを言われて焦ってしまう。どういうことなのだろうか。
 変態って、身体が変化するほうじゃなくて……?

「何ていうか、幽香と一日中セックスがしたいというか、まずは僕の顔面に全裸のまま座ってほしいし。ほら、仰向けになるから。そうしたら僕の勃起した愚息 を足で踏みつけながら「はぁ……興奮しちゃう」なんて言っちゃって自分も濡れちゃってさ。そうしたら僕の顔面が愛液まみれになって嬉しいし。まだまだ他に もしたいプレイがあるんだけど」
「ちょっと待って」
「おっぱいで僕のふとももを挟むじゃん? そのままふとももをズリズリしながらお尻の穴に」
「待って」

 悪い意味で変態だった。頭が痛い。
 まだ見ぬ旦那様がこんな変態とかあり得ない。でも、プロポーズされるくらいには親密な関係、のはずだ。おそらく自分もこの男のことが好きなんだろう。夢だけど。
 だけど、その、変態っていうのは……私には抵抗があった。
 そもそも性交渉自体、私にとっては抵抗がある。ウブというか、いやらしいことにあまり興味がない……わけじゃないが、怖いというか、あまり好きじゃないというか。
 処女信仰的な考えの持ち主、と言うのが正しいんじゃないだろうか。私はそこまでエッチなことが好きじゃない。

「ほら、幽香。もう我慢出来ない。ヤらせて」
「いや、でも……ね?」
「ね? とかいいから。ヤらせて」

 でも、もしも付き合った彼が実は変態だったらどうしよう。
 そんなことを考えてしまう。私はそもそも長生きのわりには経験が少ない。彼が変態にかかわらず、求められたときに彼が満足行くようなことが出来るだろうか。男性が満足するようなセックスが出来るだろうか。
 きっと今の私には出来ないだろう。今まで考えないようにしていたが、夜の営みも出来ないようじゃ花嫁にはなれないと思う。
 だとしたら、どうすればいいのだろうか。
 彼は私を押し倒し、抵抗する間もなく服を脱がせにかかる。

「ヤらせろおおぉおぉッッッ!」
「や…………」



 ★★★★★★★★★★★★★★★



「やめてってば!」

 ベッドから上半身を起こして叫ぶ。
 夢。そう、あれは夢。もちろん夢。

「夢でよかった……」

 寝汗が酷い。悪夢を見たときとは得てしてそういうものだ。悪夢。

「酷い夢を見たわね……」

 まだ見ぬ旦那様との結婚願望が具現化、だなんて恥ずかしすぎる夢。しかも相手は変態だというのだから救われない。どうしてあんな夢を見てしまったんだろうか。

「……最悪の気分」

 吐き気すらしてくる。自分でもどうかしている。
 昔から結婚してみたいとは思っていた。これでも女だ、花嫁には憧れる。だけど、こんな夢のような展開は望んでいない。

「でも……」

 もしも私の相手が変態だとしたら、いや、変態じゃないとしても夜の営みが出来ないと夫婦仲に支障を来すのではないか。あり得ない話じゃない。
 悪夢を見たせいでよくわからない心配をしてしまう。
 果たして、私は花嫁として相応しいのだろうか。相手がいるわけでもないけど、女としてある程度の花嫁修業はしたほうがいいのではないか。

「花嫁修業……ねぇ」

 夜の営みの修業、といっても何をすればいいのか皆目見当も付かない。エッチな本でも読んで耐性をつけたらいいのか。異性と恋仲になるというのも理由が理由だけに無理がある。
 どうしたものか。
 私がしょうもないことで悩んでいると、玄関のドアがノックされる。朝から何事か。

「はいはい、今出るわよ」

 鳴り止まないノックにイライラしつつ、ドアを開ける。

「うふふ、お困りのようですね。わかります。わかるんですよ、私には。何故なら私は神を信仰していますから!」

 そこには訪問者がいた。
 私はこの訪問者のことを知っている。東風谷早苗……山の巫女、のはずだ。噂で聞いたことがある。宗教勧誘に勤しむ巫女だと。
 要するに……面倒くさい。

「帰りなさい」
「神っ、マジ神っ、すごっ、神凄い、しゅごいっ」
「貴方に構ってる暇はないんだけど……」

 適当にあしらおうとしても、ドアに足を挟んで意地でも帰ろうとしない。このまま力を込めれば足などつぶすことが出来るが、それはさすがに気がひける。妖怪といってもモラルはある。
 なるべく刺激しないように、ご帰宅願おう。

「……何で私が困ってるって思ったのかしら?」
「うめき声が聞こえたからです。よくない感じのうめき声が! よくない感じかどうかっていうのは早苗センサー、この蛙の髪飾りなんですけど、これがビンビンに反応して。センサーしゅごい」

 そんなしゅごいセンサーぶっ壊れればいいのに。
 どうやら早苗は私の見た悪夢によるうめき声を聞きつけたらしい。というか私は寝ながらうめいていたのか。不覚。 

「幽香さん、私は知ってるんです。あなたがお困りだということを。困っている人を助けるのが私の使命……巫女の使命です。博麗の巫女が異変を解決するな ら、私は個人の問題を解決しましょう。お悩み相談としゃれこみましょうか! ええ、宗教勧誘らしく弱ってる人につけ込む作戦です。ほら、相談してみてくだ さい。話ならいくらでも聞きますから」
「胡散臭いわね……」
「ちなみに秘密厳守です!」

 この巫女はよく噂されている。トラブルメーカー、現代っ子、ゆとり。とにかく面倒だと、早苗と会った人は口を揃えて言う。案の定私も面倒な奴に絡まれたと思う。
 だけど、これはチャンスかもしれない。
 秘密厳守。これは魅力的だ。私の見た悪夢の内容、そして花嫁修業という悩み。こんな恥である悩みは誰にも相談出来ない。だが、このあまり面識のない巫女なら、仮にも聖職者だし、相談してもいいかもしれない。
 不安は大きいが、早苗に悩みを相談することを決意した。

「絶対に誰にも公言しないでね。その、ね。私……夢を見て……」

 洗いざらい話す。夜の営みをうまく行うことが出来るのか、と。
 どうせたいした答えが返ってくるとは思えないが、何かポジティブな言葉をもらえたら儲けものだ。こういうことは相談することに意義があるのである。

「なるほど、要するにセックスが上手くなりたいと!」
「……間違ってるとも言い難いけど、当たりだとは言わないわ」

 私の相談を聞き終わった早苗は、ズバッと言い放つ。

「そんなの簡単ですよ、セックスが上手になりたいなら、セックスすればいいじゃないですか! セックスなんて今時の女子なら誰でもやってますって! バンバン! バンバンパンパンヤってますて!」
「ば、バンバン……」

 早苗のざっくばらんな物言いにたじろいでしまう。本当に巫女なのかと思うぐらいのセックス推奨っぷりに驚いてしまう。今時の女子はそんなにバンバンやってるものなのだろうか。

「セックスしまくればいいわけじゃないと思うんだけど」
「何言ってるんですか! もしも将来の伴侶が変態だったときに、彼の期待に添えずに嫌われたらどうするんですか! 女としてそれほど惨めな生活はありませんよ!」
「う……そう、なのかしら」
「ええ!」

 発言に勢いがあるせいで、早苗の発言に頷いてしまいそうになる。無茶苦茶な理屈なのだが、それを納得させる勢いと説得力がある。さすが宗教勧誘。
 私がたじろいでいると、早苗は自分の胸をグーで軽く叩き、自信満々に笑う。

「私に任せてください!」

 圧倒的な自信で私を見る。思わず威圧されてしまいそうな勢いだ。どこからその自信は湧いてくるのだろうか、疑問だ。

「この東風谷早苗が一肌脱がさせていただきます! 是非とも幽香さんを変態の彼にも見合うような、ド変態淫乱女に仕上げてあげます!」
「淫乱女はご免被りたいのだけど……あなたが? 出来るのかしら……というか、具体的にはどんなことをするのかしら」
「それは秘密です、が! 多少のいやらしいことは覚悟しておいてください! しかし女のたしなみとして、絶対に行って損はないはずです! 女性として、是非ともこなしたい東風谷式トレーニング! 幽香さん、私と一緒に頑張りましょう!」

 しっかりと私の両手を掴み、まったく濁りのない目で私を見つめる早苗。これは嘘をついていない真実の目。だからこそたちが悪い。こんな頭のぶっ飛んだ発言をする娘に従うなど馬鹿らしいんじゃないか。
 だが、この現状ではいけないと思う自分がいるのも確かだ。
 逆に考える。これはチャンスなのではないかと。むしろこれくらい厄介な娘のほうが思わぬ解決策を出してくれたりするし。他に頼れる人もいないし。運命なのかもしれない。
 毒を食らわば皿まで。乗りかかった船。どうせだったら、一回最後まで流れに身を任せてしまうほうがいいかもしれない。
 世迷い事とも思える決意。

「うーん、ここであったのも何かの縁だし……騙してないわよね?」
「騙すわけないじゃないですか! 勧誘ですよ、勧誘! 私のトレーニングが成功した暁には神様を崇めてもらうだけで、全てが丸く収まるのです! 八坂神と洩矢神を崇めましょう!」
「結局は宗教勧誘なのね……」

 早苗の根本的な活動理由は結局一点に終着するのだな、と把握する。いらない情報。

「わかったわ。神を崇めるとか、そういうのはどうでもいいけど……やっぱり私、花嫁になりたいし。変なことだったらやめればいいし。それに他の人にこの風見幽香が相談して弱みを見せるのは癪だしね。ええ、よろしく頼むわね」
「それじゃあさっそく」

 さっそく、と言って早苗は私に向かって両手を広げる。

「……何をするつもりかしら?」
「洗脳です♪」

 はにかむような笑みを浮かべながら、かなり恐ろしいことを言う早苗。
 洗脳って、人の考えを捻じ曲げるというか、洗脳相手を自分の思想に塗り替えるアレのことじゃ。なにそれこわい。

「他人を洗脳出来る巫女とか聞いたことないわよ……」
「宗教勧誘する立場ですから。洗脳くらいは出来ますって」
「洗脳って言い方はやめてくれないかしら……怖いし」
「じゃあ、催眠? どっちにしろ、結果は変わりませんけどねー」

 さらっと物騒なことを言い出す早苗に、いかんともしがたい表情を浮かべる。だが、早苗は私の不安な気持ちを察することはなく、手をゆらゆらと動かしてぶつぶつと呟く。

「あなたはだんだん眠くなる……眠くなる……」
「…………ならないけど」

 なるわけない。さすがに年端もいかない娘の、得体の知れないモノにかかるほどマヌケじゃない。

「本当ですか?」

 不満そうに早苗は私の胸を鷲掴む。
 それはもう、グワっと。そして揉む。モミモミと。たゆんたゆんをもみもみと。いやらしい手つきで、二つの乳肉をキャッチして。

「きゃあっ! 痛いわよ……や、やめてよ!」
「えー。痛いんですか……別に可愛い一面が見たいわけじゃないんですよ。んー、催眠にはかかってないみたいですね」
「そんな方法でかかるわけないでしょうに……」

 私が謎の催眠にかかったか確かめるために胸を揉んだという早苗。どういう理論なのか理解しがたい。
 納得いってない早苗は私の胸から手を離し、何かを思いついたかのような顔つきになり、新たな提案を持ちかけてくる。

「じゃあ、この際ですから。奇跡を起こしちゃいましょうか。幽香さんの貞操観念が徐々に薄れていく奇跡とかどうでしょうか?」
「どうでしょうかって言われても……」

 奇跡を起こす、というのは早苗の専売特許だと聞いたことがある。
 だが、そんなに簡単に奇跡が起きるのだろうか。ましてや私の貞操観念が薄れる奇跡など、もはや意味がわからない。理解しがたい。

「まぁ、奇跡はいきなり起こるものじゃないですから。徐々に、徐々に薄れると思いますよ。気がついたら幽香さんの貞操観念は薄れていき、エッチなことも受け入れていくと思います」
「えっ、もう奇跡は始まってるの?」
「はい。奇跡は起きます! 起こしてみせます!」
「そんなに簡単に私の意識が改善されるとは思えないんだけど」
「洗脳ってそういうものですよ。わからないうちに、徐々に変わっていくんですから」
「恐ろしい……」

 早苗が言うにはすでに奇跡は始まっているらしい。いつの間に。
 だが、何かが始まった兆しは感じられない。私の貞操観念だって何も変わっていない。
 やはり、早苗に相談したのは間違いだったのではないか、と疑心はさらに大きくなっていく。
 しかし早苗はしたたかな顔で奇跡の説明を述べる。

「奇跡っていうのは得てして起きるものです。だって私は東風谷早苗ですから。たとえば……ほら、こうして」
「んぅ……いやぁんっ♪ ひぃ……♪」

 急に早苗がおっぱいを掴んで揉みしだいたので、思わず変な声が出てしまった。胸を揉まれて、先ほどとは違って痛みではなく身体の芯が熱くなってくるような気分になる。
 さっきよりも、気持ちいい。胸を触られるのが気持ち良くなってしまっている。
 正直、動揺が隠せない。どうしてあえぎ声などあげてしまったのか。

「こ、これは違うのよ。気持ち良くなったとかじゃなくて、何で、こんな」
「ほらね。すでに奇跡は始まっているんです。エッチなことはしていいんです。エッチなことはしていいんです。エッチなことはしていいんです。エッチなこと」
「サブリミナルはやめてくれないかしら」
「洗脳、催眠、奇跡ですから!」

 そんな馬鹿な。
 だけど、信じるしかない。だって事実、私は最初に胸を揉まれたときよりも圧倒的に気持ち良くなっていたのだから。これを奇跡と呼ばずに何と言えばいい。
 悔しいが、奇跡は存在した。

「本当にこれでいいのかしら……?」
「何をいってるんですか! これが幽香さんにとっての、花嫁修業ですよ!」
「花嫁修業……」

 そう、これは花嫁修業。どんなに胡散臭くても、奇跡は起きる。だとしたら、この奇跡に賭けてもいいのではないか。
 ……ひょっとしたらこの考えこそ早苗の洗脳にかかっているのかもしれないけど。
 でも、世の中は運命の巡り合わせだ。偶然、早苗に相談してしまったのも運命、奇跡には違いない。だとしたら、ここは早苗に合わせてみるのも一興かもしれない。
 決意を固めるなら、今しかない。

「わかったわよ……頑張ってみる」
「お任せを! それじゃあ今夜、また訪問しますね! ちゃーんとトレーニングしますから、お任せください! それでは、アデュー!」

 あっという間にどこかへ飛んで行く早苗。現代っ子は何を考えてるか本当に理解出来ない。

「心配ね……でも」

 私、頑張るから。まだ見ぬ旦那様、待ってて頂戴ね。
 こうして、私のちょっと……とても変わった花嫁修業は幕を開けるのだった。



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