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 ネジキリキリキリキリガール
「ねじ切る、という楽しさをご存じですか?」

 彼女、鍵山雛は言葉に感情を込めずに淡々とそう告げる。
 あたりを見ると肉片がいくつも転がっている。腕、足首、そして首。それらに共通する点は切断面がねじ切れているということだ。
 私、東風谷早苗は彼女の言葉が耳に入るたびに震えていた。

「最初はほんの些細なことがきっかけだったんです」

 暗く湿ったどこかもわからない倉庫のような一室。そこで彼女は私の目をじっと見つめうすら笑いを浮かべる。そこから何を考えているかはまったく検討がつかない。

「厄を集める方法の一つとして、回転するという方法があります。私は回っているときが一番楽しいんです。だって厄神ですから」

 動けない。動きたくても動けない。拘束させられているからだ。両手をロープで縛られて天井から吊されている。
 単純な罠にひっかかった。飲み会の席で私は彼女より先に酔いつぶれた。それだけの話。それこそが彼女の罠。

「で、気がついちゃったんですよ。この楽しさを他の人にも伝えたいと。最初は里の子どもでした。子どもとただ回りたかった。でも……私は元・流し雛ですから。子どもの扱いかた、加減の調節がわからなかったんですよね」

 手首がロープで締め付けられる。苦痛で顔が歪む。
 それを悟ったのか彼女は私の肩をつかみ、下へゆっくり力を込める。

「グッ……」
「私は子どもと楽しいことを共有したかった。だから「一緒に回ろう?」っていったんです。でも子どもは私を怖がって逃げ出した。だから私は子どもの首を掴んで「こうやって回ると楽しいよ」って教えてあげたんです」

 一人語りをしながら私の手首をより締め付けてくる。
 彼女の口調は機械のように冷たく、感情もない。しかし私の痛がる顔を見て満足していた。

「でも、でも。私は楽しいことを教えてあげたかっただけなのに子どもの首はプツンってねじ切れちゃったんですよね。ぐるぐる回したらプツンって。あっけな かったんですよ。でもそのときの両手の感触が忘れられなくて。回る、回す、ねじ切る。これがすごく楽しいってことに気がついたんです」

 そういうと彼女は私の肩から手を離した。正直、少しほっとした。このままだと手首が切れてしまいそうだったから。
 カーテンの前まで歩いた彼女は、その布を引く。

「なっ…………」

 私は言葉を失った。
 カーテンが開いたその場所にはひな壇があった。ひな祭りに、ひな人形を飾るひな壇。
 しかしひな壇に飾ってあったのは人形ではなかった。
 そこに飾られてたのは人間や妖怪、妖精の生首であった。

「前々から思ってたんですよね。どうしてひな人形が人間に飾られなければいけない立場なのか、って。祀られてるといえば聞こえはいいですけど、私はそれが我慢できなかった。だからねじ切った首を見てふと思ったんです。飾られるのは私じゃない、お前たちだって」

 彼女はひな壇の頂点にあった一つの首を掴むと両手でバスケットのように抱えた。

「こっちが男雛。私にねじ切る楽しさを教えてくれた子どもの首。ねじ切った断面はなれてなかったから荒く不格好なんですけどお気に入りの子なんですよ」

 そういうと彼女はその子どもだった首を私の目の前に近づけてくる。

「ウッ……オエエエエエッ」

 思わず私は胃の中のモノを戻してしまう。
 子どもの首は腐乱しきっており、皮膚は腐り溶けて変な汁が垂れている。ところどころに空いた穴からは蛆虫が涌いており、成虫となった蠅が耳から次々に飛び立っていく。もはや人の顔の原型はとどめていなかった。

「あら、お気に召しませんでしたか。こんなに可愛らしいのに」

 言葉では落ち込んでいるように見えて、微塵もそんなことを思っていないそぶりを見せる彼女は首を段の頂点に置き戻す。
 私は口の中に残った吐瀉物の嫌な感覚を味わいながら、一刻も早くこの状態から解放されたいと思っていた。

「他の首も可愛らしいんですよ? みんな大事な家族です。こっちの三人官女。この子たちは……えっと、光の三妖精とかいってましたっけ。ねじ切ったあとは 興味があんまりなくなっちゃうんですよね。左からサニー、ルナ、スターって名乗ってましたけど首だけになっちゃったら名前なんていらないですよね。アハハ ハッ」

 乾いた笑いが部屋にこだまする。
 かつて目撃したことがある三妖精たちは無残な姿へと変貌を遂げていた。
 おそらく彼女たちは泣きながら、涙を流しながら首をねじ切られたのだろう。
 泣き顔のまま、舌が突き出されている。ねじ切られてからは日数がたっていないのだろうか、まだ子どもに比べると原型をかなりとどめている。
 やはり彼女たちの切断された部分もねじ切られていた。

「五人囃子はですね、結構こだわったんですよ。五人囃子っていうのは能のお囃子を奏でる五人の楽人をあらわしているんです。それぞれ「太鼓」「大鼓」「小 鼓」「笛」「扇」という役割があるんです。私の五人囃子はねじ切るときに「太鼓」のような悲鳴をあげたり、「笛」のような音色をあげてくれたり、「扇」の ように綺麗にねじ切れたりした人間たちでそろえてみました。あの音色、聴かせたかったものです」

 狂ってる。
 ただただこの厄神は狂っている。
 私は恐怖で鳥肌がたった。元・ひな人形が人間をひな人形として扱っている。それでさえおぞましいのに、飾っているのが生首である。おぞましいということを通り越して再び吐き気を覚える。

「でもこのひな壇には一つ大切な役割のモノが足りないんですよ」

 彼女は頂点の段、子どもの首の隣にある空白のスペースに人差し指を突きつける。

「女雛が、足りないんですよ。おひな様です。ひな祭りの主役、おひな様が。ええ、主役がいないと話になりません。ですがいくらねじ切ってもねじ切ってもおひな様に相応する者は現れませんでした」

 おひな様が足りない。
 そういった瞬間に彼女は今までと打って変わってとても悲しそうな表情を見せた。
 次の瞬間、彼女は絶叫した。

「おんッ、女雛っ! 女雛がいな、いないとぉ! ひな祭りっていうのは、台無しで! 私の家族は台無しで成立してなくて! だからっ! だからァ! ああああァっ! ひな祭りには必要なんですっ! おひな様っていうのがぁ! アッッッ!」

 気が触れたかのように叫んで回り始める彼女、鍵山雛。
 発狂して髪をかきむしりながら私を睨み、そして回転する。
 くるくると。
 くるくると。
 自分をねじ切らんとするかのごとく。

「でもっ! でもでもっ! でもでもでもでもっ! 私はっ!」

 急に回転をやめ私の眼前まで顔を近づける彼女。

「ねじっ! ねじねじっ! ねじ切り切り切り切りっ! ねじ切るっ!」

 そして私の頭を両手で掴んで自分のおでこを押しつける彼女。

「運命の相手をっ! 手に入れたっ! それがあなた、東風谷早苗っ!」

 両手に力を込めておでこを痛いくらいに密着させてくる彼女は、いきなり手を離すと私の足に頬ずりをする。

「この身体、これ! コレ! これが欲しかった! 人間でありながら現人神という選ばれた存在ッ! 妖怪を、他者を見下すその腐った精神ッ! 愚かで愛すべき巫女、東風谷早苗ッ! あなたこそ女雛に相応しいのですッッッッッ!」

 私の太ももを唾液まみれにしながら頬ずりをやめない彼女。
 そんな理由で私は選ばれたのか。
 そして。
 そしてねじ切られようとしているのか。

「……早苗、あなたが欲しい」
「――ウギッ」

 突然足に走った、突き刺すような痛み。そこから広がる灼けるような肉の痛み。
 彼女は私の足をおもむろに掴むと身体全体でスナップをきかせて思いっきり回転する。私の吊られた手がきしむ。手首もちぎれそうな激痛が走ったがどうやら私の足のほうがもろかったようだ。

「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるねじねじねじねじねじねじねじねじ」
「ッぐぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ!」

 猟奇的に身体を回し、私の足をソフトクリームのようにねじる。そして、切る。
 ぶちんぶちん、と筋肉繊維の切れる音が脳に響く。引っ張られて、ねじ切られる。まさに地獄とはこのことだと思う。
 そしてそれは一瞬のことだったが切られた私には長く長く感じられた。

「痛ぁあっぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁ」
「こう見えても神様ですからね。人間をねじ切る程度の腕力はありますよ? ねじねじ♪ ねじねじねじねじ♪」
「アアァアアアァアアァアアァァァァアァっ」

 私は喉から血が出そうなくらい叫ぶ。苦痛に耐えきれず狂ったように叫ぶ。
 厄神にこのままねじ切られてしまうということをまともに受け入れられるはずがなかった。

「足、いただきました♪ 華奢ながら肉のつまったいい足ですね。血もしたたって美味しそうで……あむ、んむ……健康な身体の味ですね。さすが巫女。おひな様にはぴったりです!」
「ぐうぅぅぅっ…………ひぃっ…………」

 彼女は私のちぎれた足をゆっくり味わって食べる。とても美味しそうに。
 その間にも私には失った足の部分から燃えさかるような熱い痛みが襲ってきていた。
 なまじ現人神という存在だからか、ただの人間なら激痛で失神しているようなこの状況でも耐えられていた。

「次は肩からねじ切りましょうね。達磨巫女っていうのも素敵ですよ」

 右肩をつかむと今度は器用に両手で回してあっさりねじ切った。もはや私は左手一本で吊られた状況だ。
 これが神と人間の差なのか。いくら現人神だといっても所詮人間なのだ。

「がああぁああぁああぁあぁぁああぁッッッッ!」
「その音色です。これを聴いたら病みつきになっちゃうんですよね。まるでクラシックのような……メタルのような……トランスのような…………そんな不思議な音色です」

 私が叫喚するほど彼女は嬉々として身体を踊らせる。
 何が人間の厄を受ける、人間想いの厄神様だ。ただの殺人者と変わらないじゃないか。
 微笑みながら彼女は私の最後の砦、左肩をつかむ。骨がきしむほどの力。

「もっといい声で泣いてください」
「イギイイィイィィィィイィィィッ!」

 そして私は達磨になった。
 四肢欠損。両手と両足の付け根の部分にはねじ切ったあとが目を引く。
 吊された両腕が無くなった以上、四肢のない私は地面へと落ちる。イモムシのようにうごめくことしか出来ない。
 ごろん、と転がって無駄な抵抗をしてみると何かにぶつかった。
 私の左足だった。

「ああああああああああああああああああ」
「達磨早苗さん可愛いですね、ハァハァ……とでもいったところでしょうか。このまま一生飼い殺すのもいいんですけど、どうせ失血死しちゃうのは目に見えてるんで綺麗なまま首もねじ切ってあげますね」

 ない手足をじたばたさせて彼女を拒否しようとするも私は首を掴まれてしまう。
 首だけ掴まれて宙ぶらりんになった私を見て彼女は涙を一粒流す。

「…………前から気に入らなかったんです。厄神という存在のために周囲を不幸にしてしまう。他の人のために頑張っているのに嫌われる。それがとても理不尽のように思えた。だから私は楽しいことを探しました。自分が可哀想だと感じなくなるような楽しいことを」

 彼女の語りに四肢欠損した達磨の私は耳を貸す。
 おそらく自分が助からないとわかっていたからだろう。冥土の土産にこの哀れな厄神の話を聞いておきたかったのだ。
 向こうの世界で恨むために。

「ねじ切ること自体は楽しかったです。でも、私はいくらねじ切っても自分が可哀想で仕方ありませんでした。ねじ切った首たちをひな壇に飾ってみてもむなし いだけでした。ねぇ、早苗さん。私はいったいどうすればよかったのでしょうか。何を間違えていたのでしょうか。ひな人形のままだったら幸せだったのでしょ うか?」

 涙の粒が地面にこぼれ落ちる。
 落ちた涙は私の右手にぶつかると弾けて消えた。

「私はただ、不幸になりたくなかった! 誰からも嫌われず、自分を哀れに思わず、楽しいことを見つけたかった! だけど私自身というせいで! 厄神という宿命のために! 私は! 私は…………」

 彼女はもはや涙も流せないほどに感極まってしまったらしく、ただひたすらに息を切らせるばかりであった。

「早苗。私、生まれ変わったらおひな様になりたい。いや、違うかな。おひな様になって、そのままでいたい。こんなねじ切れた生き方をするならひな人形のほうがきっとマシだから。だから早苗、あの子の隣には私を飾ってね。約束よ」

 そういうと彼女は私を床に置く。
 そして自分の首を掴み、一瞬だけ私に本当に優しい笑みをみせて、己の首をおもむろにねじ切った。
 ゴトン、と彼女の首が私の隣に落ちる。たったままの身体のねじ切れた部分からは噴水のように血が噴き出し、やがて勢いがなくなった。血だまりが床に広がっていき彼女の首を真っ赤に染まる。
 鮮血に染まった彼女はとてもやすらかな死に顔をしていた。
 これが彼女にとってのハッピーエンドだったのかバッドエンドだったのか、単純に元のひな人形として戻ったのかは私には定かではない。

「最期まで狂ってましたね。……やっぱり幻想郷の連中はどうかしてます」

 私は哀れで、滑稽で、間の抜けた神様を、そして幻想郷を欠損した身体で毒を吐いてやった。こんな世界、私のほうこそ懲り懲りだ。
 辺りには無残な肉片と血だまり、そして直立不動の厄神の身体が異様な空間を作り出していた。もっとも下劣で愚かな空間。私の最期にもお似合いなのだろうか、と自嘲気味に思う。
 そして私は死を待ちながら、ゆっくりとため息を吐いて一言つぶやいてやった。




「…………両手も両足もなくて、どうやってあなたをひな壇に飾ればいいんですか」




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