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ブラックぬえちゃバースデイ



・ぬえちゃとは?

封獣ぬえの三次創作キャラである。
工業系白痴少女であり、実際の封獣ぬえとは異なる様々な特徴を持つ。
そして、どの創作においても報われない。










 ×月●日



「――いらっしゃいませ。お客様、本日は何をお求めで?」

 今日は私の誕生日。
 私は中小企業のオフィスレディとして日々の生計を立てている。
 毎日が平凡。そんなつまらない日々を変えたいと常々思っていた。だから私は誕生日という良き日にあるモノを手に入れようとしていた。
 そのために寄ったのがここ、ペットショップ【命蓮寺】である。お寺のような変わった名前で近所では評判だ。名前と同じく売っている動物たちも変わっている。
 私が自動ドアを抜けると店員の女性が私に会釈し、質問してきた。それに私は答える。

「つまらない日常を変えるようなペットが欲しいんです。私が望むような……そんなペットを」
「お客様に合うようなペットですか。そうですね、あの子なんかいいかもしれませんね。しばしお待ちを……」

 店員はグラデーションの入った髪を揺らしながら店の奥へと消えていく。私は五分ほど他のペットを見ながら待つことにする。あたりにはクマの入った神様、メンヘラなウサギ、病んでいる天狗、自分の手を食べている巫女などがケースに入れられていた。本当に変わったペットショップだと改めて思う。

「――お待たせいたしました。こちらなどいかがでしょうか?」

 そういうと店員は両手で抱えた女の子を私に見せてきた。その子は床に立つと私をじっと見る。不思議と親近感が湧いた。この子と私はどことなく似ている気がする。
 じっと見てくるその子は変わった容姿をしている。まず白目の部分が黒い。そして黒目の部分の左目が黄色、右目が赤色とおかしな目をしている。黒いミニスカートのワンピースが可愛い。
 髪型はぱっつんとしたおかっぱ頭。身長は小学生児童ぐらい。口からはヨダレなのだろうか、黒い液体を垂れ流している。目からも。不思議な生物だということはわかる。

「この子はぬえちゃっていうんです。ウチの自慢のペットなんですよ。…………お客様にはお似合い、かと」

 店員は愛想笑いしながら私にぬえちゃを勧めてくる。
 私はつまらない日常を変えるために、オフィスレディらしくペットを買って癒しや刺激を求めようとしていた。
 ぬえちゃ。確かにこの子なら私の日常も少しは彩られていくのかもしれない。

「じゃあこの子でお願いできますでしょうか?」
「はい! お買い上げありがとうございます。きっとお客様にはお似合いだと思いますよ……」

 店員はぬえちゃを飼うための道具一式をサービスでつけてくれた。もちろんマニュアルも。お会計を済ませて店を出る。いい買い物をした、と私は思った。
 店を出た私はぬえちゃと手を繋ぐ。手がドロッとしていた。

「おねえさん、よろしくねっ」
「こっちこそよろしくね」
「ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」
「ふふっ、何その歌? 変な歌ね」
「私のお気に入りの歌なのっ。ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」

 初めましての挨拶を交わし、そんな何気ないコミュニケーションを取りながら私とぬえちゃはその手を離すことなく帰路についた。
 今日から、私のバースデイからぬえちゃの生活が始まった。






 ○月▼日



 ぬえちゃが我が家にやってきた。
 今日から我が家にやってきたペット。自分自身への誕生日プレゼント。それがぬえちゃ。可愛いぬえちゃ。
 私はぬえちゃを都内マンションの一角にある自室につれて帰ってから、ぬえちゃのことを放置してすぐに寝てしまった。つかれていたためだろう。最近心労になることがあったから。

「おきたー?」

 目が覚めると背後から少女の声が聞こえる。もちろんぬえちゃの声だ。
 ぬえちゃの方向を振り向くと、ぬえちゃは何かを食べていた。

「何を食べているの?」
「コンクリート!」

 ぬえちゃは笑顔で私にほほえむと、昨日あの店員にもらった飼育セットの中にあったコンクリートをせんべい感覚でかじっている。なるほど、改めて変わった生き物だと思う。確かにこの子なら私のつまらない日常を何とかしてくれるんじゃないか。

「がりがりぼりぼり」
「ねぇ、ぬえちゃ。コンクリートの他には何を食べるのかしら?」
「えっとね。せっけん!」

 石鹸。手を洗ったりするためのものだ。もらったマニュアルを見てみると最初のページに【工業系白痴ガール・ぬえちゃの取り扱いについて】と書いてあった。
 食べるもの一覧を見るとなるほど、土、化粧品、石鹸、油、金属と確かに工業系だ。雑草も食べるらしい。異食症とも記載されてある。だんだんとこの子に興味が湧いてきた。

「じゃあこれは?」

 そういってぬえちゃの口元に私が差し出したのは自分の愛用している口紅である。

「がりがりぼりぼり」
「キャー! 可愛い!」

 思わず私は女子高生みたいな声をあげてしまう。口紅を一心不乱に食べるぬえちゃが可愛すぎたためだ。ダメだ、これは可愛すぎる。
 私は次々にストックしてある口紅、マニキュア、グロスなどをぬえちゃの口元に持って行く。するとそういうオモチャなんじゃないかと錯覚するかのごとく食べてくれる。
 思わず私は夢中になってしまい、気がつくとぬえちゃのお腹はパンパンにふくれあがってしまった。あとで気がついたのだがマニュアルに【胃下垂だからすぐに腹が膨れあがります。食べ過ぎには注意しましょう】と書いてあった。やってしまった。

「うう……くるしいよぅ……」
「ゴメンねぬえちゃ! ゴメン!」

 私は一日の残りの時間をすべてぬえちゃの看護に使ってしまった。次はこういう失敗はないようにしたい。





 
 ○月■日



 一昨日、昨日と休日だったために今日からまた会社に出勤して働く日々が始まる。つまらない日常。だけど家に帰ればぬえちゃが待っている。そう思うと働くことも楽しく思えた。いい傾向だ。
 会社を退社する途中、いつものように『彼』と会った。未だに『彼』は融通が利かない。私もそろそろ限界が近いのかもしれないな、と感じていた。
 ストレスが溜まる一方だったが家に入るとぬえちゃは部屋に置いてあった泥で泥団子を作って遊んでいた。癒される。

「おねえさんも泥団子たべる?」
「ゴメンね。泥団子はちょっと口に合わないかな……」
「えーっ。こんなにおいしいのにっ」

 そういうとぬえちゃは泥団子を口に入れる。あむあむと租借して飲み込む。そして口から黒い液体を吐く。

「うえええええええ」
「な、何がしたいの?」

 私はふとぬえちゃの黒い液体が気になった。これは何なんだろう。血液ともちょっと違うし。石油……ともニオイが違う。
 そう思うとどんどん気になってしまう。気がつくと私はぬえちゃの目から垂れて頬をつたっている液体に手を伸ばし、そして舐めた。

「うぇ……苦い」

 舌の上で広がったのは強い苦み。とても不味い。舐めなきゃよかった、と後悔するくらい不味い。石鹸とか化粧品とか食ってるしそりゃ不味いよな……工業系なんだから、と納得した。

「ぬえちゃから出てる液体って何? やっぱり血?」
「わかんない!」

 私の質問にバッサリ答えるとぬえちゃはケラケラ笑って寝っ転がる。本当にどこまでも自由な子だ。
 マニュアルに何か書いてないかな、と思い私はぬえちゃのマニュアルを手に取り読み始めた。そこには【ぬえちゃから出ている黒い液体はとくに人体に害はありません。黒烏龍茶のようなものです】と記述してあった。
 黒烏龍茶のようなもの? といわれてもピンとこない。結局、謎の黒い液体の正体はわからないままだった。
 ただ、ぬえちゃが気ままに笑っているからそれも良しだろう。

「ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」
「アハハ、ぬえちゃは気楽だなぁ。私もぬえちゃみたいになりたいな」

 純粋にぬえちゃがうらやましいと思った。
 そんなぬえちゃを見ながら、私は明日も頑張ろうと誓った。






 ○月◆日


 
 今日も会社で上司に媚びへつらいながら働く。オフィスレディだからって適当な扱いしかされないこの国が嫌いだ。疲れる一方。
 今日も働いて定時に退社出来るように作業する。作業中に『彼』からお誘いのメールが入る。「今日もどうだ?」という内容に私は「私のお願いを叶えてくれたら」と返信する。それからメールは返ってこなかった。
 今日もまた『彼』への不信感が溜まった。
 家に帰るとぬえちゃが玄関前で両手をぱたぱたさせていた。

「お散歩いきたい!」
「えっ。雨が降りそうだけど」
「いーきーたーいっ!」

 ぬえちゃはだだをこねる。私は面倒だな、と思っていたがぬえちゃが我が家にやってきてから一度も散歩に連れて行ったことがない。ぬえちゃ自体は勝手に外に出て散歩してるのかもしれないが私とはまだ行っていない。

「仕方ないわね」
「わーい! おねえさんっ! だいすきーっ」

 ぬえちゃは私に飛びついてきてギュッと抱きしめてきた。会社の制服が泥まみれになってしまったが素直に嬉しいので私は抱き返した。
 私服に着替えるとぬえちゃが手を握ってきた。私もそれを握りかえして家の外に出た。近所の散歩スポットといえば公園だ。私はぬえちゃとたわいのない話をしながら公園へ向かう。
 公園に到着すると空が曇っているからだろうか人がまばらにしかいなかった。ベンチで寝ている老人やブランコを漕いでいるサラリーマンなど鬱々とした感じの人たちしかいない。

「ぬえちゃ、お散歩楽しい?」
「うん、たのしい!」

 私は手を繋ぎながらぬえちゃにそう語りかけると笑顔で質問を返してくれた。楽しいひとときである。

「ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」
「あら、またその歌。ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」
「おねえさんもおうた上手っ! ぬえうれしいー!」

 ぬえちゃと初めて出会った日に、ぬえちゃが歌ってくれた歌。不思議で単純なメロディだから耳に残っていた。つい口ずさんでしまう歌だ。
 私はぬえちゃと二人で歌いながら公園を散策していた。

「あら、ぬえちゃじゃないですか」
「本当だ、ぬえちゃだ」

 公園を歩いていると、二人組が団欒を過ごしている私たちに気がついて声をかけてきた。
 一人は緑髪で腋を露出させた巫女の格好をしている。変な格好だ。手には鎖を持っていて何かを繋いでいる。そういえば前にペットショップで見た手を食べる巫女にどことなく似ている。
 そして鎖をたどるともう一人と視線が合う。鎖がついた首輪をしている少女は水色の髪の色をしていて、手には大きな紫色の唐傘を持っている。

「お二人はいったい……? それにぬえちゃのことを知っているんですか?」

 私は彼女たちにそう質問する。

「私たちもあのペットショップで出会ったんです。ねぇ?」

 そういうと緑色の巫女は鎖をグイッと引っ張る。

「う、うん。そう。私があのペットショップで売られていたのを早苗に買ってもらったの」
「ああ、あのペットショップで。だからぬえちゃのことも知っているんですね」
「そうです。あのペットショップには悪趣味な生き物が多く売られていますからね。まぁ小傘さんは亜種でも何でもないのに売られてたわけですけど。命蓮寺の人は怖いですね」
「うう……もうあそこには戻りたくない……」

 確かにあのペットショップには変わった生き物がたくさんいた。ぬえちゃもその一人だ。色々なペットがいるんだな、と改めて感じた。
 二人のかけ合いを聞いているとぬえちゃがグイグイと手を引いてきた。

「ぬえちゃ、どうしたの?」
「あ、あめ! あめがふってきた! ぬえ、あめ、キライ!」

 ぬえちゃは焦ってオロオロし始める。確かにポツポツと雨が降ってきて、そして強くなってきた。

「わっ! お、お姉さん。ぬえちゃが溶けちゃってる!」

 鎖に繋がれた少女がそういうと握りあっていた手の感覚がドロリと溶けていく感触がした。

「う、うわー! うわわわわわわわわわ」

 ぬえちゃが雨粒に触れるたびにマシンガンで撃たれたかのようにポツポツと穴が空く。そしてその部分からどんどん黒い液体になって溶けていくではないか。私と繋いでいた手も雨のせいで溶けてしまった。
 私はふとマニュアルに書いてあったことを思い出す。確か【ぬえちゃは水に弱いです。水でドロドロに溶けてしまいます。気をつけましょう】と書いてあった。私は気がつく。

「こ、このままじゃぬえちゃが溶けちゃう!」

 私は慌ててそう叫んだ。どうしよう、このままじゃぬえちゃが液状になっちゃう!

「どうしよう! 早苗、どうしよう!」

 首輪をした少女も一緒になって慌て始めた。みんなパニックである。一人の女性を除いては。

「小傘、あなたの傘は何のためにあるんですか……? 本当に頭が悪いですね」

 巫女さんはあきれ顔でそういうと傘を持った少女のお腹にパンチする。

「ウグッ! …………ありがとうございます」

 殴られて何故かお礼を言った少女の持った唐傘にぬえちゃを入れてもらい事なきを得た。

「たすかった! たすかった!」

 ぬえちゃは無邪気に溶けかかった身体で喜ぶ。

「お二人のおかげでぬえちゃが助かりました! 本当にありがとうございます!」

 私は出会ったばかりの彼女たちにお礼をいった。

「困ったときはお互い様ですよ」
「えへへ、私が役にたってうれしかったなぁ」
「……私が言わなかったら何も出来なかったくせに!」

 再び巫女は腋を見せながら少女を腹パンする。とんだでこぼこコンビだな、と私は思った。






 ○月★日



 私はまた『彼』の身体を求めてしまった。ラブホテルの一室で『彼』と愛の営みを交わしたあとにいつものように質問する。

「奥さんとは別れてくれないの?」
「…………いつか、な」
「いつかっていつよ! 私のことを何だと思ってるの? もう引き返せないんだよ?」
「…………いつか。いつか別れる。そう遠くないうちに」
「――っ」

 私はハンガーに掛かった服を着ながら部屋を飛び出す。『彼』はいつも煮え切らない。遠くないうちに、といっていたが私もそう遠くないうちに限界が来てしまうだろう。
 そんな出来事があったために今日は帰宅時間が遅くなってしまった。ぬえちゃは寂しがってないだろうか。
 玄関を開けるとぬえちゃがいた。私の顔を見るとパァッと明るい笑顔を作ってこう言った。

「おともだちができたのっ!」
「ええっ……?」

 おともだち、お友達が出来たと言われて私は驚きすぎて言葉に詰まる。ぬえちゃにお友達が出来るとは正直思えない。変わった子だし。

「ほら、おともだちーっ!」

 ぬえちゃがお友達として私に見せてきたのはペットボトルだった。私が昨日飲み干したコーラのペットボトル。二リットルのやつ。

「それ、ペットボトルじゃ」
「おともだちっ」
「いや、ペットボトル」
「おともだちっ」

 ぬえちゃはかたくなにペットボトルはお友達だと主張する。つくづく変わった子だな、と改めて思う。

「ぬえにはおともだちいっぱいいるの!」
「……いっぱい?」

 お友達がいっぱいいる、と聞いて思い当たることがあった。ぬえちゃが来てからペットボトルのゴミを出していないということだ。どうせぬえちゃが食べたんだろうな、と悠長に構えていたがもしや。

「ぬえちゃ。私にもお友達を紹介してくれないかな?」
「いいよっ。おともだちたくさん!」

 ぬえちゃはそういうとソーダ味とコーラ味(マニュアル二十七ページ参照)を上手に使い空を飛んで押し入れ上部の天袋を開ける。やはり思った通りだった。

「おともだちっ! ぬえちゃっちゃちゃちゃ!」
「…………やっぱり」

 天袋から大量にこぼれ出るペットボトル。まるでパチスロの大当たりのようにペットボトルがフィーバーしていた。ここ最近ペットボトルを捨ててないのはぬえちゃがお友達と称して大量にため込んでいたからだ。
 さすがにゴミをため込むのは教育上よろしくないと思う。だから私はぬえちゃにこう告げる。

「今すぐ整理しよっか?」
「せ、せいり…………?」
「捨てよっか」

 私は容赦ない死刑宣告をこの子にする。するとぬえちゃは黒い涙を大量に流しながら私に飛びかかってきた。

「うわあああああああああああん」
「うわっ、うるさい! デスヴォイス出さないで! 耳が壊れそう!」
「うわあああああああああああん」

 部屋、いやマンション全体がきしむほどの声量で声を張り上げるぬえちゃ。このままじゃ近所から苦情が来てしまう。それは勘弁願いたい。私は慌ててぬえちゃに謝ることを決めた。

「う、嘘だから! お友達捨てないから! ゴメンね! だから泣き止んで! ねっ! ねっ!」
「うう……ひっぐ…………本当…………?」
「本当! 本当だから!」
「おともだち…………すてない?」
「捨てないから! ねっ! 泣き止んで!」
「うん…………」

 お友達を捨てないという約束を交わした末にやっと泣き止んでもらった。ぬえちゃを泣かすと恐ろしいことになるんだな、と学んだ。天袋に溜まったペットボトル……どうしようかな……。
 私は足下に転がっているペットボトルを見ながらぼんやりとそんなことを思った。






 ○月▲日



 もう我慢が出来なかった。『彼』のことで頭がいっぱいだった。いつまでたってもあのメスブタと別れてくれない。心が張り裂けそうだった。
 どうして。こんなに『彼』のことを思っているのにどうして。
 私は『彼』と不倫していた。会社の上司だった『彼』が私のことを求めてくれたことが嬉しかった。だから不倫が危ない遊びだとわかっていてもやめることが出来なかった。
 『彼』は私にこう言った。

「いつか妻とは別れる。一緒になろう」

 私はその言葉を鵜呑みにした。不倫関係を続けていればいつか『彼』と一緒になれる。『彼』は約束してくれた。
 しかし『彼』はあのメスブタと別れようとはしなかった。それなのに私の心と身体を弄んだ。その時点で許せなかった。だけど約束を信じ彼を求め、そして求められた。
 だがそれも今日で終わった。

「――――すまないが、別れてくれないか。終わりにしよう」

 突然の呼び出し。私が待ち合わせていた喫茶店にいくと『彼』が座って紅茶を飲んでいた。店員の銀髪のメイドが私の分の紅茶を持ってくる。『彼』が紅茶を飲み干すとそう言ってきたのだ。

「何よそれ……」
「…………本当にすまない」
「何よそれッ!」

 私は『彼』の頬を平手打ちする。目からは涙があふれていた。わかっていても止められなかった。

「散々、私を弄んだ挙げ句に「別れてくれないか?」ですって? 冗談もいい加減にしてよ! やめてよ! 奥さんと別れてよ!」
「…………すまない」

 そう言うと『彼』は無表情で私に謝る。そして懐から分厚くなった封筒を取り出した。それは紛れもなく手切れ金だった。

「このお金ですべて忘れてくれ。会社での昇格もさせてやる。だからお互いのためにすべて忘れてくれ」
「お互いのため……?」

 その言葉が信じられなかった。いったい何がお互いのためなんだろうか。結局この男は自分自身のことしか考えていないのだ。

「ふざけないでよ!」
「…………君のためでもあるんだ。じゃあな」

 手切れ金の入った封筒を私に押しつけると『彼』は私の顔も見ずに、喫茶店の代金だけ置いて外へ去った。
 そう。『彼』との関係が今日で終わったのだ。
 あんなに愛していたのに。あんなにも愛していたのに。
 私は『彼』が許せなかった。空が真っ暗になるまで、喫茶店が閉店になるまで泣いた。涙で化粧は剥がれ落ち、服もよれよれになってしまった。私は失意のまま帰路についたのだった。

「お、おねえさんどうしたの」

 自宅にたどりつくと私は精神的にキツくなって倒れ込む。そんな私にぬえちゃが駆け寄って心配してくれた。
 だけど今の私には優しさが許せなかった。
 世界のすべてが私の敵になったような気がした。
 倒れ込んだ先にあったぬえちゃマニュアルが視界に飛び込んできた。そこの最終ページに書いてあったことを思い出す。






【ぬえちゃは人の生み出した概念です。蔑まれ、見下され、虐められ、そういった感情がきっかけでぬえちゃが生まれたのです。そんなぬえちゃを愛することが出来たのならあなたは別の運命を切り開けるでしょう。検討を祈ります】






「…………愛されない人間が愛すことなんで出来るわけないじゃない」

 私に沸き上がる鬱々とした気持ち。いつかペットショップの店員にぬえちゃはお客様にはお似合いのペットだと言われたことがあった。蔑まれ、見下され、虐められる。そんなモノが私にお似合い?
 そんなわけがない。私はまだ『彼』と別れたわけじゃないし、ぬえちゃのような哀れな存在でもない。
 私は前に「ぬえちゃみたいになりたい」と思ったことがあった。だが今なら言える。私はぬえちゃみたいにはなりたくない。そんなのは嫌だ。

「おねえさん」

 ぬえちゃが倒れている私を心配し、私の身体を揺すりながら声をかけてくる。
 ぬえちゃまで、お前まで私を馬鹿にするのか。
 鬱陶しい。私はお前とは違う。違う。違う。違う。違う。違う。

「おねえさん。おねえさん」

 うるさい。

「おねえさん。おねえさん」

 うるさい。だまれ。

「おねえさん。おねえさん。おねえさん」

 うるさい。だまれ。わたしはおまえとはちがう。ちがうんだ。

「おねえさっ――――」
「だまれえええぇえぇえぇえぇぇえぇッ!」

 私は握りしめた拳で思いっきりぬえちゃを殴りつける。私はこいつとは違う。私はこいつを愛すことは出来ない。私と違うモノだから。

「うわあああああああああああん」
「うるさいんだよおおぉおぉおぉぉッ!」

 泣きわめくぬえちゃを思いっきり蹴りつける。吹っ飛んだぬえちゃの口から大量に黒い液体が噴出する。まるで噴水のように。

「うげぇっ……おねえさん、どうして……」
「ああああああああああイライラするイライラするやっぱりペットなんて飼うんじゃなかった最悪だああああああイライラするイライラするクソがイライラするんだよおおぉぉぉおぉぉぉッッッッッッ!」

 私は絶叫してぬえちゃの発言を止めさせる。本当にイライラする。何がペットだ。自分に余裕のない者にペットなど必要がなかったのだ。
 いらないペットはどうしよう、と考え真っ先に思い浮かんだのが保健所の映像だった。



 ――いらないペットは、処分しよう。



 私は小さい頃に、保健所に連れてこられた犬がもらい手も見つからずに仕方なく殺処分される映像を見たことがある。そうだ、それと同じことをすればいいんだ。
 ぬえちゃと過ごした楽しかった日々の思い出なんていらない。こいつは今の私にはただただ卑屈になるための感情しか湧かせないモノだ。
 てっとり早く殺す方法を思いつく。私は台所にいって包丁を持ってきた。ぬえちゃは私のことを見てただ震えるばかりである。

「ぬーえちゃ♪ 私のために、死になさい♪」
「ヒッ…………」

 ぬえちゃのおびえた表情が見える。ゾクゾクする。お前はいらない子なんだ。
 私は恐怖で身体がすくむぬえちゃめがけて包丁を振り上げ、そし勢いをつけて下ろす。
 包丁が刺さる瞬間、ぬえちゃは最期にこうつぶやいた。

「――やっぱりダメだった」

 刃が肌に食い込む。肉に沈んだ鋭利な鉄はそのまま筋肉を切り裂き、傷口からは大量の黒い液体が舞う。

「グッ、ゲッ、ヒギッ――――」
「死ねえええええぇえぇえぇぇえぇッッッッッ」

 私は何度も包丁をぬえちゃに突き立てる。絶対に死ぬように。こいつが二度と口を開かないように。目も、耳も、鼻も、舌も、両手も、両足も、指も、性器も、すべてをえぐるように一心不乱に刃を操りぬえちゃを痛めつける。
 気がつくと目の前にはぬえちゃだった何かが散らばっていた。身体の各部位がバラバラななった状態で転がっていた。部屋中真っ黒だ。もちろん私自身も。

「……殺った。殺ったんだ」

 私はへたり込んで尻もちをつく。
 なんだ、簡単じゃん。
 邪魔者を消すって、簡単じゃん。

「……私にとって邪魔なモノは殺しちゃえばいいんだ」

 あまりに単純なことに気がついてしまった。
 私にとって邪魔なモノ、不利益なモノは消しちゃえばいいんだ。そんな簡単な方法を知ってしまった。

「……ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」

 いつか聴いた不思議な歌。私は無意識にそれを口ずさんでいた。こんな単純なことに気がつかせてくれたぬえちゃに感謝していたのも確かだ。だから口ずさんでいたのかもしれない。

「……ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」

 私は立ち上がると携帯電話で一通のメールを送る。送信完了の画面を確認してから私はそのままの黒に染まった格好で家を出た。


 ――私にとって邪魔なモノは殺しちゃえばいいんだ。


「……ぬえちゃっちゃ♪ ぬえちゃっちゃ♪」

 包丁を握りしめながら私は歌う。その奇妙な歌は街の宵闇へと沈んでいった。






 ○月●日



 目を開けると私は鉄柵で出来た部屋の中にいた。思考が淀んでいる。いや、どんどん溶けていくようなそんな感覚。

「わ、わたしはいったい……」

 呂律も回らない。自分が自分ではないようなそんな感覚。
 とりあえず今の状況を落ち着いて整理することから始めることにした。
 ぬえちゃを殺したあと、私は……えっと、『彼』を人気のないところに呼び出した。会社の地下駐車場だ。深夜のあの場所なら警備員すらいないのを知っていたから。
 そして、そして私は……わたしは…………どうなったんだっけ?

「――お客様は殺されたんです」

 鉄柵の外から聞こえる声。それは聞き覚えのある声だった。

「あ、あなたは」

 声の方向を向くとそこには以前会ったペットショップの店員がいた。相変わらずグラデーションのかかった長髪を揺らしている。しかし前と違うのは彼女が巨大になっていたからだ。彼女は以前に比べてずいぶんと大きくなっていた。

「ああ、私が大きくなったと思ってるんですよね。もう幾度となく同じ会話をしてるからわかっちゃうんですよね。何度目なんでしょうね、うふふっ♪ さてお客様、キチンと自分の身体をみてください」

 店員は私に笑顔の表情を崩さずそう告げてくる。ただ目は笑っていない。
 店員は手に持っていたのか、手鏡を私に向けてくれた。

「わ、わたしのからだー……。あれ? あれれれれ?」

 そこには私がいなかった。いや、私がいたのだが私じゃなかった。

「こ、これって」
「そう、お客様は哀れにもぬえちゃになってしまったんです。ほら、いつか願ったことがあったでしょう? ぬえちゃみたいになりたい、とか。叶ってよかったですね♪」

 両手の爪が真っ黒。口や目からは液体がとまらない。そして変な形の羽。手鏡に映っていたのは紛れもないぬえちゃだった。
 ぬえちゃみたいになりたい、と思ったことはあった。だが実際なれるなんて思っていなかったし、今となってはなりたくなかった。
 私は未だに状況が飲み込めなかった。

「えっとですね、お客様は『彼』でしたっけ。あの男の人を呼んだあと、彼を殺そうとするも返り討ちにあったんですよ。さすがぬえちゃの飼い主って感じですね。で、死んだあとに願いが叶った、と。まぁ私の力でもあるんですけどね。白蓮パワーというか」

 店員は私に説明しながら鉄柵を外す。そうして私を抱える。

「ちゃんとマニュアルに書いてあったでしょう? 【そんなぬえちゃを愛することが出来たのならあなたは別の運命を切り開けるでしょう。検討を祈ります】って。あなたがぬえちゃを殺さずに愛すことが出来たら運命は変わっていたかもしれないのに。愛を信じないからそういうことになるんです」

 私を抱きかかえ、移動しながら店員は説明してくれる。
 愛を信じないから……? 愛を信じたからこそ彼に裏切られたのに……?

「この世のすべては愛です! すべてを包み込むほどの愛! 私は愛がわからない人のためにこうして亜種をペットとして売り出し、その人自身の愚かさを思い知らせるためにこうして店員をしているのです! あぁ、人は愚かなり! まったくもって悪逆非道であるッ!」

 熱弁しながら店員は薄暗い廊下を進む。
 なんだか……意識のよどみが、ひどく、なってきた……。

「あなたは自分自身でその愚かさを知りなさい! そして、あなた自身がぬえちゃとなって浅ましい自分を救えばいいのです!」

 わたし……が…………わたしを、すくう?

「……ただし、自分自身を愛で救えなかった場合は同じような結末をたどるでしょうけどね。まぁ、殺されないように祈ってますよ。祈るだけなら誰でも出来ますから。うふふっ♪」

 なんて悪趣味な……ひと……なんだろう……。
 あ、だめだ。わたしが、わたしじしんが……きえちゃう……。ぬえちゃにのみこまれちゃう…………。



「――お待たせいたしました。こちらなどいかがでしょうか?」



 わたしがさいごにみたのは、じぶんじしんへのたんじょうびプレゼントとしてぬえちゃを……ぺっとをかいにきたわたし……なのだろう…………。
 てんいんはなんどもくりかえしたっていってた……。きっとこれはわたしとぬえちゃがであったあのひ……。
 きょうはわたしのたんじょうび……きえる……きえちゃう…………。そんなのいやだ…………!






 私は誕生日プレゼントとして、ぬえちゃとして自分自身と対面する。彼女は私と目が合うとにっこりと微笑んでいた。これから起こることも知らずに。
 急速に意識がぬえちゃの吐く液体のように黒く、よりブラックに塗りつぶされていく。どうやら終わりが来たらしい。
 消える寸前に思う。今日は最低のバースデイだな、と。
 そして私は、ぬえちゃになった。





「おねえさん、よろしくねっ」



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