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脳内メルヘンなメンタルは、きっと白雪姫に憧れるのよ



 白雪姫は魔女からもらった毒入りリンゴを囓ったせいで死んだ。
 はたして本当にそうだろうか?
 彼女を殺したのは毒の持つ殺傷能力ではないと過程する。毒はリンゴに入っていたのではなく、彼女の恋心だったんじゃないだろうか。恋という毒が彼女の全身を巡り巡って、命を奪った……そうは考えられないだろうか。
 魔女を口実に恋を利用したのではないか。毒リンゴは王子様に会うための切符だと気がついていたとしたら。本当は毒など入っていなかった、もしくは解毒する方法を準備していたとしたら。最初から、物語の冒頭から魔女の策略に気がついていたとしたら。
 きっと白雪姫はたいした策略家だ。
 白雪姫を殺したのは毒ではなく、恋だったのではないか。



 ――恋は盲目、愛は猛毒。自分の意志とは関係なく、その人自身を狂わせる。



 だとしたら、私は白雪姫になりたい。
 燃え尽きるような恋は、愛し方を知らない私には荷が重い。
 リンゴを囓る勇気をが欲しい。策略家のような知恵が欲しい。右も左もわからないのが恋愛である。増してや妖怪の自分に恋愛など不安でしょうがない。
 私、風見幽香は恋をしていた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ありがとう、だなんて在り来たりな言葉は言わないから」

 怪我。注意一秒怪我一生ということわざがあるけど、それを体感した私。
 他人より丈夫だと自負していたが、不注意から怪我を煩っていた。弾幕勝負からの不注意。何気ない怪我だったが、部位が足だったためにスペルカード戦からかなり時間が経過した今になってこの身をふらつかせた。
 それを通りかかった一人の男がケアしてくれた。いきさつはこんな所である。

「治してもらう義理なんてないのに……酔狂な人間だこと」

 あくまでも突っ慳貪に彼を扱ってしまう。
 見たところ、好青年といったところか。かといってそこまで端正な顔立ちでもない。いたって普通の男性。善人そうで好感が持てるから好青年。
 優しさに触れたのは何年ぶりだろうか。あまり他人とは絡まない主義である私は、そもそも優しさに触れることはなかった。しかも人間からの優しさなんてむこう百年はないのではないかとさえ思っていたが、まさかこうして触れることになるとは。

「貴方、名前は? …………そう、素敵な名前ね」

 献身的に怪我の手当をしてくれた男性。その名を素敵と思ってしまった自分が悔しい。どうかしている。私、風見幽香がこんな感情を思うはずがない。
 本来、私は冷酷な妖怪のはずだ。自分で暗示するように、冷酷だと思い込むことにしている。そのほうが何かと気が楽だからだ。孤独、とまではいかないが持ち前の性格上誰ともなじめないと前々から感じていた。なら、私から皆を遠ざけてしまったほうがいい。そういう思考のため。
 冷酷のはず……だったが、私の中の何かが変わっていた。冷酷という感情とは別に、何かが私の身を狂わせるように感じた。ろくでなしの毒が感情を食い殺す、とでもいったところか。
 毒。
 他者に興味を持たない私に酔ってきたこの男のことを、私は気になってしまったのだ。私がシンデレラなら、男は毒。
 このときは気がついていなかったけど、恋という毒に犯されていたのだろう。その始まり、きっかけ、初期症状がこのときだったということだ。
 怪我を治してもらっただけで、見ず知らずの男のことを好きになる。そんな単純な、漫画のような話があってたまるかと自分でも思う。くだらなすぎる。それでも、些細なことが私の心に種をまいたのだった。
 恋の始まりなんて、たいした理由なんていらないじゃない?




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 昔、あるところに本当は誰よりも心が醜い白雪姫がいました。

『私は物語の主人公。だから全てを受け入れる。だって成功が約束されてるから』

 小人たちは白雪姫にいいました。

『私たちは何をすればいいんだい?』
『私の駒となりなさい。おどけなさい。私が全てを手に入れた暁には、あなたたちを立派な身分にしてあげるから。森の小人なんて立場じゃない、素敵な立場。どこかの官僚にしてあげる。好きなだけ物を食べて異性を買って贅沢すればいいわ』

 白雪姫の言葉は毒。
 小人たちは毒にかかって白雪姫の駒に成り下がってしまったのでした。

『ここにくる魔女は私にとってのターニングポイント。チャンスを生かすも殺すも私次第。私は一度死んで、全てを手に入れる。それが知略戦、約束された成功。憐れな魔女をせいぜい歓迎してあげなさい』

 ワルツと共に白雪姫の策略が始まる。
 魔女は妬み嫉み、こんな生き方は懲り懲りだとわかっていても白雪姫にリンゴを与えてしまいます。いつだって読み手にとって悪は理解されません。悪に対する描写など、童話は示してくれないのです。
 もちろん白雪姫は狡猾です。全てを知った小人たちを、物語が終わると同時に森ごと焼き払います。虐殺によって、隠蔽を実行するのです。
 ヒロインとは、得てしてエゴイストでなければ成立しないのでした。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 過剰に摂取した毒はますます私を狂わせる。
 ストーカーという言葉がある。いわゆる付きまとい。私はストーカーが悪いとは思わない。気持ちが歪んでしまっただけなのだから。ストーカーしてる本人が一番「してはいけないこと」だって把握してるはず。
 それなのにどうしてストーカー行為をしてしまうか? もちろん恋、愛、恋愛。感情とは別の毒が彼ら彼女らストーカーを動かすからだ。自分の気持ちとは裏腹に、実行に移させてしまう。
 嗚呼、狂想曲。馬鹿故に生物は毒に狂う。恋愛中毒、パラサイトされたハート。

「……あら、また会ったわね」

 どうやら彼は夕方、仕事の帰りに決まってこの道を通るらしい。私はそれを知ってから毎晩道路に通うようになった。そう、待ち伏せである。偶然を装っての待ち伏せ。
 気になって、気になって、気になって。
 最初は、気になって。
 毎晩、三十分たらずのたわいのない会話。幸い彼は妖怪の私にも怖がらず、普通に接してくれた。話していくうちにどんどん彼のことが気になっていく。
 心が彼で満たされていく。
 処女・童貞のような胸中と笑われても仕方無い。話せば話すだけ好きになる、だなんて子どもの恋愛じゃあるまいし、と。だが私にとっては子どもの恋愛が大人の恋愛だった。
 今まで他者と接しようとしなかった私が他者と接する、というのは劇薬を摂取するのと変わらなかった。他人にとっては普通のことでも、私にとっては過剰な出来事だった。言ってしまえば、ウブなのである。自分自身、人とのコミュニケーションに体勢がまったくなかった。

「奇遇ね。……別に貴方のことを待ち伏せていたわけじゃないんだけど」

 妖怪の私にとって時間などあってないようなものだ。
 彼のことが気になって、待ち伏せして、会話する。その繰り返しで時間は過ぎていく。何日、何週間、何ヶ月。恋心とは別の感情で、単純に心のどこかで彼の影が張り付いていたから。それが恋心に変換されていくのにそう時間はかからなかった。
 過ぎ去った時間は見事に私の心を塗り替えていったのだ。
 星を見るたびに思う。私は夜空の星のように、誰かの道しるべとなる光を放てるのか?
 誰かの星になれるのなら、生物の存在意義は星になることじゃないのか。
 花も同じだ。誰かの道しるべとなるために、一輪の花が咲いている。星のように手の届かない存在だから軽視されがちだけど、万物の価値の重みは変わらない。

「私はこの道を使うのが趣味なのよ。人間の貴方には理解出来ないでしょうけどね」

 星に、花に、道しるべに。
 必要とされたい。救いになりたい。必要としたい。救いが欲しい。
 はしかという病気がある。漢字だと麻疹と書く病。小さいころにかかるのと、大人になってからかかるのとでは大きく違う。大人になってからはしかになると、最悪……死に至る。
 恋愛も同じだ。処女・童貞の思考も同じだ。免疫がないからこそ、小さい頃に体験してこなかったからこそ、大人になってからだと訳がわからなくなる。こじらせる。
 彼のことを殆ど知らないくせに、恋に落ちるのは立派にこなす。
 あの、風見幽香が。
 妖怪として、同族から人間から恐れられた存在、風見幽香が恋愛している。ロジックで心に言い訳をして、馬鹿みたいに慌てている。
 愚かだ、間抜けだ、狂いそうだ。自分でわかっているのに、思考や感情とは別に彼に必要とされたがっている。私のことを何も知らない彼に。彼のことを何も知らない私が。
 脳髄が蕩けている。どろりと垂れた脳髄は耳からこぼれて地面から花を咲かせる。花は私に畏怖の視線を投げつける。花は私自身。
 恋をすることは怖い。怖い。怖い。
 愛を知ることは辛い。辛い。辛い。
 恋愛は怖くて辛い、そして切ない。

「今日はどんなことがあったの? 人間の話には興味があるから、よかったら聞かせてもらえないかしら? もちろん、拒否権はないわよ」

 口から出る言葉は嘘ばかり。
 ごまかすのが嘘。心に嘘をつく。
 ピノキオは嘘をつくと鼻が伸びる。しかし、伸ばした鼻は天狗のように雄々しい。だとしたら嘘をついたまま堂々としていれば、本人にとっては何も問題がないはずだ。
 恋愛は嘘をついて、傲慢になって、意中の相手に自分の都合の良いように扱う。正確には扱う、らしい。恋愛論は人それぞれであり、借りてきた言葉を塗り固めて、武装して、打ちのめされて、改めて初めて自分の言葉となる。
 嘘をつくことは恋愛における武器。

「へぇ、そんなことがあったのね。素敵ね」

 嘘だ。

「私も昔、同じような経験をしたわ」

 嘘だ。

「あら……貴方と私って相性がいいのかもしれないわね」

 嘘だ。

「嘘が嫌いなのよ、私。だから本当の貴方を……もっと知りたい」

 真実だ。
 知りたい。
 嘘だ。
 嫌いなくせに嘘をつく。
 嘘だ。
 真実だ。
 嘘。
 真実。
 嘘、真実、嘘、嘘、真実、嘘、真実、真実、嘘、嘘、嘘、真実、嘘、真実、嘘、真実、真実、真実、真実、嘘、真実、愛、愛、毒、愛、毒、愛、愛、愛、毒、そして恋。
 言葉では伝えきれない想い。過剰な言葉で上塗りして、少ない言葉で情報が薄くなる。

「今日はどんな格好かしら」

 あなたのことは、私の監獄。存在は、監獄。捕らえられたら逃げることなんて出来ない。

「今日はどんな」

 毎日毎日受刑者のように繰り返す。あなたという日課を。繰り返す繰り返す。それは苦でも何でもなく、無限の快楽。想ってるときだけは幸せだった。

「今日は」

 好き。好き。大好き。
 手に入れられない恋だからこそ、あっという間に燃え上がる。焦らしは燃料。恋い焦がれ燃え広がり、爆発する。
 妖怪が恋愛をするということほど愚かなことはない。種の存続以外の意味が持てない妖怪の恋愛。人と恋をする、というのは理論になっていない。
 あーだこーだ。脳でパズルを組み立てては壊し、ますます答えから遠ざかる。
 私は何が、嘘、本当でどうした、好き、怖い、怖い怖い怖い、幽香、手に入れたい、でも怖い。
 自分でも、彼と日を過ごせば過ごすほど訳がわからなくなっているのが、わかる。自分が何もわかっていないのが、わかる。わからないが、わかる。
 わからない。
 恋愛をするということは、こうも辛いものなのだろうか。

「顔になにかついてるかしら」

 私自身が目から涙を流したことすら気がついていないのだから呆れる。
 彼の手が私の頬に近づく。涙を拭いてくれようとする。
 こうして流れる日々で、想いはますますいびつな形となって。
 憎悪すら覚えて。脳髄がチリチリ焦げて。
 勢いあまって彼の手首を掴んで、地面へと押さえつける。

「そんなことされたら……私、貴方のことが」

 思いとどまる。

「食べたくなっちゃうわ」

 攻めてみる。

「……だって、妖怪だもの」

 舐めてみる。

「……なーんてね。冗談よ」

 手首を離して煙に巻く。
 三歩進んで二歩下がる。この繰り返しで何日も何日も、同じ道で同じように、ほぼ毎日の少しの会話。晴れの日も雨の日も。何度も何度でも。
 花だってそうだ。種を巻いて一日で咲くわけもなく、種から発芽し、水を与え肥料をやり整備して、何度も手間暇かけてやっと綺麗な花が咲く。
 彼に好かれたいなら、種から花になるまでじっくりと。

「ふふ、怒った? こんな戯れもいいかと思って」

 人種差別はどうしてなくならないのだろうか。それは【自分が理解出来ないモノは排除してしまおう】という生物本能がかかわってくるから他ならない。
 妖怪は人間に理解されない。人間は妖怪に理解されない。
 人間が妖怪を恐れるのは、殺されてしまうという恐怖感から。妖怪が人間を恐れるのは、考えが合わないという無知から。水と油。
 だけど、私は混ざりたい。垣根を越えて混ざりたい。
 誰にどう思われても混ざって溶けて一つになりたい。そう思わせるエネルギーを恋愛は持っている。
 光は影、影は光を生み出す。テーマは光と闇。
 明るいところに寄ってくるのは子どもたち。暗いところに寄ってくるのは魑魅魍魎の類。交わらないが、共存はしている。光が闇に矢を放つと、矢は黒く塗りつぶされてしまう。闇が光に石を投げると、石は暖かい熱を持って地面に転がる。交わらない。だけど、共存する。
 彼は光、私は影。違う、私は光、私は影。これは最初からマッチポンプだったとしたら、答えはいったいどこにあるのか。本当の敵はどこなのか。敵とはいったい何なのか。
 白雪姫は瞳の奥で、私の顔してケタケタ笑う。彼女は臓物のように真っ赤に熟した禁断の果実を握り呟く。

『毒が回って死んだら楽よ?』

 毒が私を殺していく。理路整然と殺していく。
 風見幽香を、殺していく。

「それじゃ、また今度。明日。明後日。どこかで会ったらまた私の酔狂に付き合ってちょうだい」

 何回もあって、いつかは彼と一緒になれたら。不器用な女とひとくくりされてしまっても言い返せないだろう。素直に恋をしてることを、いつの間にか受け入れて、損をして。
 寂しいのが嫌い。人を寂しくさせるのは罪だ。
 いくら物をくれても、モーションをかけても、いつも一緒にいてくれないのなら、そこに愛は一握りしか感じられないだろう。もっと愛してほしい。寂しくしないでほしい。いてほしい。いてくれるだけでいい。
 いてくれるだけでいいのだから。
 彼が道の奥に消える。その背中を見つめつつ、震える吐息が吐き出される。
 救いはないのだろうか。

「……嫌いにならないで頂戴」

 思わず口から出た言葉は彼の耳には届いてないだろうが、きっと全てを象徴していた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 昔、あるところに全てを手に入れた白雪姫がいました。
 彼女はいいました。

『この城いっぱいの花を用意しなさい。その花はきっと無駄になるでしょうから』

 おそるおそる兵士の一人はいいました。

『無駄になるのにどうして用意するのでしょうか。それこそ無駄だと思うのですが』

 その問いはもっともでした。周りの部下たちも頷いています。
 しかし白雪姫は自己陶酔しながら答えました。

『無駄! この世は無駄で出来ている! もちろん、私以外は! 花は彼女への手向けに! 魔女は死ぬ! 私に利用されて死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 城の花は彼女への最期の尊敬と知りなさい!』

 兵士たちは拍手します。くだらない、とは誰も言い出せません。
 何故なら全てを手に入れた白雪姫は独裁者なのですから。
 手に入れた側の人間は、こうも傲慢になれるのでした。
 白雪姫は主人公でした。主人公は全てを手に入れて、誰にも知られない部分、物語の外側で悪逆非道を尽くすのです。
 それが全てを手に入れる器の持ち主であるのですから。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 魔女は裁判にかけて殺してしまおう。
 この話の主人公、白雪姫は私ではなかった。
 白雪姫は王子様に愛されて、幸せな結末を向かえる。それが白雪姫による策略だとしてもたいしたものだ。主人公というのは喜劇か悲劇で幕を閉じることが出来るのだから。
 しかし、白雪姫にリンゴを与えた魔女はどうなったのか?
 もちろん待っているのは死である。排他。消去されてしかるべきは魔女、意地悪なお妃。
 恋という毒によって白雪姫が死んだとしたら、毒を盛っていない魔女は王子と結ばれた白雪姫によって処分されてしまうはずだ。女は狡猾なのだから。

「あっ……今日は、一人じゃ、ない、の……ね」

 物語というのは前兆などなく終わってしまうものである。いつ終わる、がわかれば苦労しない。物語よりもリアルなリアルは本よりも簡潔に完結する。
 だからって、こんなのはあまりにも残酷だ。
 彼と会って幾ばくか立って、まだまだ親交を深めて、奥手らしくじっくりゆっくり、でも一歩ずつ進めたつもりだった。
 でも、死刑宣告は突然来るから死刑という罪は重い。
 自分が可愛い風見幽香は、自分以外に気を配れなかった。
 だって私は白雪姫じゃなかったのだから。

「……その、えっと。横にいる女性は……誰かしら」

 聞かなきゃいい。わかっている。もうわかっている。わかっているから。やめろ。私よ、早まるな。やめろ。わかっているだろう。やめろ。壊れてしまう。壊れそうだ。あああ。あああああ。やめてくれ。どうにかなる前に。知らなければいいことも、あああ、あああああああ。ああああああ。やめろ。頼むから。やめてくれ。

「…………そう、恋人。しかも結婚するの」

 私が白雪姫になりたい理由。
 裏表ない、本当の理由。それは脇役に、魔女になりたくなかったから。だって魔女は物語には必要がなくなるから。殺されてしまうから。私は白雪姫になりたかったのであって、魔女になりたかったのではない。
 彼にとっての魔女は私。白雪姫は横にいる女性、彼女。
 邪魔者は誰?
 答えは、私だ。
 奥歯を震わせながら魔女は言った。

『殺さないでください』

 白雪姫は高らかに答えた。

『憐れな魔女には制裁を。道化として働いてくれてありがとう、お妃様。皆さん、惜しみない拍手を彼女に!』

 こうして魔女は鋭利なギロチンの刃で首をそぎ落とされた。
 私の恋心と一緒に。

「へえ、そんなそぶり見せなかったわりにはしっかりやることやっちゃって」

 白雪姫は成功が約束されていた。だけど私は白雪姫でも何でもない。私も、他のみんなも。現実は違う。
 どうして彼が誰とも付き合ってないと思ったのか。恋人がいないと思ったのか。そんなことも調べない私は大馬鹿者だ。
 自分の都合のいいように解釈して、相手のことも考えずに舞い上がって。
 本当に彼を手に入れたいのなら、もっとリサーチすればよかったのに、何もしないで毎日待ちぼうけ。待ってるだけで恋愛が成功したら自己啓発などこの世には存在しない。
 内容が存在しない片思いに、救世主は手を伸ばさない。

「幸せそうな顔しちゃって。色男ね」

 落とされた首は嘘だけをつく。恋という気持ちが感情を壊したのではなく、感情が恋に勝った瞬間。感情は青色。冷えた色。
 花は枯れた。
 失恋は失う恋。失恋は死とは違う。死よりも重い罪。生き殺しである。
 私の恋は、愛になる前に、形になることすらなく終わった。告白することも、ふられることもなく、いつの間にか終わった。

「お似合いのカップルよ。素敵」

 塗り固められた偽善。
 言葉を紡いで苦し紛れに紡いで青ざめて紡いで紡いで閉じて紡ぐと私は泡沫となって消えたかったでも消えないそう現実は消えることなど出来ないからだから紡いだ。

「妖怪の私から見ても……嫉妬しちゃいそう」

 心臓から外側に紡いで割れて泣いて泣いて紡いだらここまで届きそうな手の先だけど届かない何故なら届く前に消えたからだから紡ぐ無理矢理にでも紡ぐ。

「お幸せに」

 彼に知られてはいけない私の恋心本心疑心全て知られてはいけないだから言い訳として紡ぐ言葉を紡ぐ紡ぐ紡ぐ悔しくても紡ぐだって紡ぐことしかできないから。

「……お幸せに」

 紡ぎきった。
 言葉を紡いで紡いで誤魔化しきった。彼のことが好きだからこそ、彼を惑わせることなく恋愛を自己完結させた。彼の横にいた女性はそれはそれは幸せそうだった。
 その横にいたのは私だったのに、と呪詛を吐く資格すらなく。
 人を愛するということが理解出来ない私は、二人の前で大人を演じきる。保護者のように二人を祝福し、心で咽び泣く。
 何がいけなかったのか。全て。
 何が駄目だったのか。全て。
 何が足りなかったのか。全て。
 全て、全て、全て、全て、全て。
 何もかも。
 私は何もかも持っていて、何もかもが不十分だった。心の空虚はどんどん広がり、時間差で私を苛んでいく。
 どうして彼が伴侶を連れてきたのかと問う前に「幽香さんには紹介したかったから」とあらかじめ答えられた。クソ喰らえだ。知りたくもなかった。
 向日葵の花が濁り、風に吹かれて朽ちていく。
 初めての《好き》という気持ちは、こんなにも辛いものだと気がつきたくなかった。私は道化だ。
 二人が去る。何か失言でもしてしまって、何もかも壊してしまおうと思ったが、何も変わらないこととわかっていた。幾何学模様の失恋はチェックメイトで詰まされた。
 彼の背中に向かって手を伸ばしても、彼との距離は広がっていく一方。やがて二人の姿が遠方へ豆粒のように遠ざかり、姿が見えなくなる。
 主人公じゃない端役の出番は終わった。だから首を切られた。
 処女信仰のように彼を信じ切っていた盆暗な私は、ここで死んだのだった。

「あ」

 思わず声が出る。駄目だ。

「あああ」

 駄目だ。

「あああああああああ」

 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

「ああああああああああああ」

 駄目だ。それ以上は駄目だ。やめろやめろやめろ。こらえきれなくなる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッ」

 嗚咽が漏れる。割れた風船からとめどなく噴きだす空気のように。あああ駄目だといったのにあああああああ吹き出るああああああああああああ止まらない止まらない絶望が止まらない失恋はこうも私を狂わせるのかバッドトリップさせるのか。
 悲鳴が止まらない。
 が。

「あ」

 止まる。
 ピタッと止まる。さっきの嗚咽が嘘のように。
 恋愛とはここまで心を狂わせるものなのか。失恋したら悪い方向に悪い方向に辛くなるものなのか。人を好きになったときの狂気とは違う、純粋な自傷行為。
 辛くないのに辛い、苦しくないのに苦しい。
 抑えきれない感情失禁が頭蓋骨を重くする。

「…………あーあ」

 途方に暮れるしかない。
 万物のアルゴリズムが常に上下するのなら、今の私は地を這っているだろう。
 悔しくてもさっきみたいにはき出せない。嗚咽すら出来ない。そもそも失恋のどこが辛いんだろうか。よくわからない。
 わかってるのに理解出来ない。苦しんでるはずなのに、痛いはずなのに、理解出来ない。
 精神毒のような心の病。メンタルヘルス。

「涙が出ない」

 全く出ない。手で頬を触っても感じるのは質感のみ。
 心の中では涙しか味方がいないはずなのに、心の外では一切涙を流せない。悲しいのに悲しくないと強がっている。

「出ないのよ」

 強がりはいらない。傷を癒すことが先決。彼のことを忘れることが先決。忘れたい、でも忘れられない。
 恋はダイオキシン。風見幽香という向日葵を自然破壊した。

「……バーカ」

 恋してるうちが花、妖怪そして人は花と同じ。でも彼は向日葵を求めてはいない。魔女よりも白雪姫。私以外の全員が白雪姫。白雪姫は大勢存在する。
 傲慢な白雪姫、彼の横にいる白雪姫、そしてまだ見ぬ白雪姫。
 私は白雪姫になりたかったのに、その輪には入れない。だって私は魔女なのだから。
 そして私はこの道を使わなくなった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 昔、あるところに心を閉ざした白雪姫がいました。
 しかし少女は姫などではなく、妖怪でした。だけど、誰よりも白雪姫に近かったのです。

『もう何も見たくない』

 傲慢で、エゴイストで、愚か。
 他人の心を読んで吐き気がするということは、他人の心は自分を映す鏡でもあります。

『白雪姫のようにはなりたくない』

 彼女は気がついていました。物語の白雪姫の本質に。元々は心を読むことが出来たのですから。

『消えたい、消えてしまいたい』

 こうして少女は瞳を閉ざしました。全てから逃げたかったのです。
 だって、理解しないことは楽ですから。
 無知は罪、でも無知は楽。少女は少し博識すぎたのでした。

『満たされたかった』

 でも、満たされない。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 トラウマテクノポップは私の心に傷薬を塗ってくれる。耳をふさげば聴こえてくる、私自身の泣き声が。羽をもがれた天使はリンゴを食べて難を逃れました。木琴の音色は心臓の音でした。鳴り止まないサウンドは私の嗚咽なのだろうか。
 私を癒してくれるのは、時間。
 時間が全てを解決してくれる。そう信じてた。癒して欲しいと想ってた。時間の流れに身を任せ、何も考えずにボーッとする。ひたすら何も考えずに。考えると失恋の気持ちが顔を覗かせるから。
 心の叫びは脳へと山彦となって飛び跳ねる。脳髄揺らす。グラングラン。
 向日葵の花畑の中心で、何をするわけでもなく。そうよ私は物言えぬ屍。正常な思考はすでに置いてきた。
 死して屍拾う者なし。
 私を拾ってくれる彼はもう存在しない。いや、最初から存在していなかったのだ。
 やめろ、考えるな。また鬱々しくなる。
 あああああやめろああ、やめろ。
 目を覚ませ。
 一人で悩む。この繰り返し。
 しかし、ある日のことである。彼が向日葵の花畑にやってきたのだった。血相を変えて、必死に。
 止まった砂時計が再び時を刻む。

「……あら貴方。また会ったわね。元気だった? よくこの場所がわかったわね」

 二度と会うことはなかったのに、二度目があった。祈りが実ったとは想わないけど、あんなにも憎んで呪詛を吐いた彼に対して抱く感情は嬉しいということのみ。
 いくら悔やんで悲しんでも、彼が好きだという事実はいつまでも変わらない。
 好きだから、何をされても結局許してしまう。
 こんな私は夢見る乙女を気取っていると、人は指つきつけて笑うだろうか。
 彼は必死に何かを訴えてくる。私の耳に届く言葉に、言葉の意味は成していない。彼の声の周波数を聴くだけでいいのだから。
 それでも聞こえてくる声。パズルのように断片的。脳内で組み立てていって初めて彼の懇願の内容を理解する。

「……彼女を救って欲しい?」

 彼の懇願。それは私がもっとも恐れていたものだった。私が勝手に追い込まれた、憎むべき敵への救済。

「心臓病なの。あの女性が。そうは見えなかったけど」

 病に伏したという白雪姫。童話と被りそうな悲劇。その悲劇に主人公じゃない私をこれ以上巻き込まないでほしいのに。王子の助けを待って棺で眠っている。どこまでも私は魔女か。
 こうしている間にも死の足音は刻一刻と近づいているらしい。鉛のようにのしかかる病。彼女は心臓が生まれつき弱いらしい。いつ病魔が爆発してもおかしくない状況だったようだ。
 そして病魔が爆発した。
 飯が美味い、という素直な感想を述べたら非国民のように淘汰されてしまうのだろうか。願ってもない出来事、棚からぼた餅、あわよくば。
 私は醜いアヒルの子。飛ぶことのないまま子として一生を終えた。だが、また白鳥として輪廻転生出来るのなら、何かを犠牲にしても飛びたいと願うのが生物の本能ではないか。

「へぇ……」

 恋愛は椅子取りゲームだ。蹴落として蹴落として勝利を掴んだものが異性の隣に居座ることが出来る。
 腐った精神状態からは屑の発想しか出てこない。私は高笑いして彼を押し倒してしまいそうになる。
 臆病な彼。ひ弱な人間。白雪姫は眠ったまま。白雪姫を殺すのではなく、王子を手に入れたい魔女。
 でも、しない。
 身勝手が出来るような自分だったら、椅子取りゲームに勝利していただろうから。どんな相手だって蹴落としていたはずだ。私は無力だ。妖怪でありながら、無力。野に咲く花と一緒だ。いや、野に咲く花は人の心を動かせる。
 今の私は花がない。

「……そう。心臓を治すのに私の妖気が必要なのね。誰に知恵を吹き込まれたのか知らないけど酔狂なこと」

 懇願の理由、突然私の目の前に現れた理由。
 やはり私は魔女らしい。彼の目にも魔女にしか映ってないらしい。利用するだけ利用して、自分だけ白雪姫とお幸せに。許せない。でも許せる。だって一度は好きになったから。それは終わっても変わらない。
 じれったい。どうしてこんなにも自分自身を縛り付けなければいけないのか。自己満足じゃないのか。ここで彼を無理矢理にでも私のモノにすれば、初めて白雪姫として認められるのではないか。
 でも、出来ない。世界を呪って、彼を呪わず。
 どうしても良い子の自分でいたいのか、誰に言われるわけでもなく綺麗な自分を演出する。

「私しか頼れる人はいない……のね」

 言葉尻には本心が出る。濁る混沌が私の口を詰まらせる。

「わかったわ。引き受ける」

 混沌をミルクで溶かし、綺麗事の私は健やかに微笑む。
 彼の懇願を実行するのはたやすい。だって私は風見幽香、妖怪だ。それもとびっきりの。
 だが、本当は引き受けたくない。だって、だって。だって、なぜなら。いや、つまり。
 ……これ以上の蛇足は必要ないのかもしれない。蛇足が私を苦しめるのなら、言葉の蛇にアクセサリーという足はもいでしまったほうが得策だろう。彼の前でディベート感覚はもうゴメンだ。
 きっと後で後悔するから、傷口を自ら切開するマネはしてはならないから。
 だから私は役に徹する。風見幽香という恐るべき妖怪を。

「でも、一つ条件があるわ」

 蛇足はやめると誓っても、二秒で破綻するのは世の常だ。
 せめてもの我が儘を。白雪姫にはなれないのだから、どうせなら最後の望みだけでも、些細な願いだけでも叶えてくれないか。
 私の、最後の我が儘。

「それは」

 抱きしめてほしい。
 力強く、燃えたぎるように、強く、強く。
 だけど、

「…………何でもない。行きなさい」

 やめた。
 自分で傷口を広げる行為は、後で後悔するから。現在進行形で後悔するのも苦しいけど、時間差よりはよっぽどマシだから。
 抱きしめてほしいと口にすることすらおこがましい。私は壊れた木偶人形。動くに動けず鼠に喰らわれる。白目を剥いて、自我を失う。
 死体であれ、風見幽香。それがお前のためだ、私。死体であれ。

「明日の明朝、前に私たちが会ってた道に来なさい。そうすればきっと彼女の心臓病は治るから」

 叶えてあげることは出来るのだから、最後の一噛みを彼らに行ってやろう。魔女の呪いで、一生幸せになれ。健康に暮らせ。笑え。子どもを作り家庭を持て。老衰で死ね。寿命を全うしろ。
 それが魔女の呪いだ。
 風景が霞んでも、呼吸が喉の内側を締め付けても、決してくじけることなく失恋を達成してやる。絶対に。
 踊りきってやることが、今出来る最善の一手だとしたら、最高だとは思わないかしら?

「明日……明日、会いましょう。きっと」

 彼の顔を見ていても、私の瞳には業火で焼かれた小人たちしか見えなかった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 昔、あるところに心を閉ざした白雪姫がいました。

『妖怪はどうして恋をしちゃいけないの?』

 少女は全てに疑問を持ちます。だけど誰も答えてくれません。
 だって少女は心を閉ざしたのですから。閉ざした心は何も知ろうとはしてくれないのです。知ろうとしない少女には何を教えても無駄です。
 逃げるということはそれほど深刻な罪でした。

『恋をしてみたい。白雪姫のような恋じゃない、現実的な恋を』

 願望を垂れ流すなら自由です。願って叶えば神頼みという文化は消滅してしまいます。

『薔薇の針がハートに食い込むの。痛みこそリアリティーだから』

 シャワーからは血が出ます。鮮血が少女の肌を、髪を、心を汚します。洗っても洗っても落ちないのも当然です。罰を罰で上塗りして、贖罪されるわけがないのですから。

『よくわからない』

 わからないのならわからないまま、いっそのこと全てをわからなくして知恵遅れとして生きてしまえば楽なのではないか。気が触れきってしまえばいいのではないか。
 愛す方法を誰も教えてあげないと、少女のようにいびつになってしまう。瞳を閉ざした少女はそう思われても仕方のないのです。
 無意識で許されることなど、何一つないのですから。少女の正しいは、人間の間違いなのですから。

『恋をしてみたいと想った少女は、』

 やっぱり傲慢なのでした。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 幽々なる夢魔は白雪姫の夢を見るか?
 答えは、見る。夢魔はリンゴが大好きだから。
 禁断の果実、リンゴ。白雪姫が手に入れたオーパーツ。過ぎたテクノロジー。私は真っ赤な実を両手で掴んで、深夜の向日葵畑で運命を祓う。

「私は白雪姫にはなれない。それなら私は」

 暫時の間を呼吸に使って、

「魔女になりきってやる」

 静かに宣言する。

「…………そうでもしなきゃ」

 顔を伏せて、

「報われないじゃない」

 目から雫を零す。
 宝石のように輝く涙だなんてセールストークはしない。反吐のような嫌悪感を抱く涙。落ちる反吐は果実に当たって飛び散って闇に溶けた。
 魔女になる。
 私は皮肉を込めて、妖気をリンゴに詰めてやろうと思いついた。くだらない、私だけがわかる皮肉。私の、魔女の与えたリンゴで呪われて一生幸せになってしまえ。
 幸せになるな、死ね。毒だ。このリンゴは毒だ。
 でも、幸せになれ。私の中で矛盾が戦う。私こそ毒に一生悩まされ続けるのか、時間が解決してくれるのか。そんなことは誰にもわからない。
 このリンゴは憎悪に満ちた汚染物質。自然破壊の原因。皮肉という自然を黒色の絵の具で塗りつぶす。皮肉に皮肉を重ねて毒リンゴを作って、この戯曲は終わりにしよう。
 そうじゃないとこれ以上は耐えられないから。
 首を切ったあとは埋葬まで責任を持って行ってくれないと、私はあの世へ旅立てないから。恋愛地獄がこの世だとしたら、本当の地獄はこの世よりもずっと天国じゃないか。
 産まれたときから生物は地獄にいるのかもしれない。生き地獄という名の監獄に。
 涙で濡らしたリンゴを地面に置いて、足下に用意していた花束を片手で持つ。

「皮肉めいた幸せを貴方たちに捧ぐ!」

 スペルカードを使うかのような宣言を花畑中に轟かせる。
 舞う。
 舞う。舞う。舞う。
 舞う。舞う。舞う。舞う。舞う。
 花束を両手で掻きむしると、ほころんだ毒素が花びらとなって散布されていく。
 花びらはカーテンとなって。ドレスとなって。死に化粧となって。舞う。舞う。舞う。散る。散る。散る。散ることに快感を覚えてしまえ。自己暗示にかかれ。自己暗示。散る花びらは自己暗示の象徴。快楽になれば憎しみを忘れられるはずだから。
 悪魔は頬を真空のようにかすめる。
 静寂の空間に騒がしいほどの花びら。その中で私はせせら笑う。世を憎んだ子は胎児のまま意識を閉じる。閉ざしてしまいたい。閉ざして消えてしまいたい。
 無意識を操る妖怪がいると聞いたことがある。少女は心が読めた故に全てに失望して瞳を閉じた。私も少女に習って瞳を閉じたい。
 でも私は少女と違う。逃げも隠れもしない。
 逃げたい。
 少女のように逃避するのが正義であるなら、私は悪でありたい。悪の華。失恋には美学で対抗するのがセオリーだ。
 瞳を閉じた少女も同じ想いをしたのだろうか。失望と失恋は同意義なのか。目の前を霞む無数の花びらに見とれながら、そんなくだらないことを考える。
 愚問だ。違う。私は少女とは違う。
 私には瞳を閉じた少女のことは何もわからない。この失われた恋愛のように、私には最初から最後まで何もわからない。知ることは汚辱と変わらないから。
 知らなければいいこともある。
 でも、少女とは違う。私は風見幽香だ。
 愚駄愚駄と愚問を愚直に愚行で愚かしく包んだ私の本質。私は何? 誰?
 八面玲瓏、一目瞭然、黒白分明……そう、風見幽香だ。
 人間じゃない。でも、人間を愛した。一度は愛した。誇り高き妖怪、風見幽香だ。
 そこにあるのは恨み節? 違う、もっとも単純で明快な一輪の向日葵。
 無意識なんてくだらない。生き方をコピー&ペーストするなんて馬鹿らしい。私が瞳を閉じたくなったら、意地でも瞳を開いたまま縫い止めてやる。酸いも甘いも噛み分けてやる。少女には悪いが、私は歩みを止めない。

『私とあなた、どこが違うの?』
「全てよ」

 虚空から聞こえる見ず知らずの少女の声。凛としつつも幼い声。淀んだ感情を捻じ曲げて、何もかも閉ざした臆病者の声。
 全て、と答えた私の首は鋭利な何かで切り落とされる。いとも簡単に自分の首が飛ぶのを客観視して、私の恋愛の中身のなさを知った。何だ、こんなものだったのか。
 軽くて、重くて、純粋で、不純。中身がないが、ぎゅうぎゅうに詰まって悲鳴をあげていた。
 跳ねられた生首となった私の眼に、少女の足が映る。少女は語りかける。

『瞳を閉じた私のどこがいけないの?』

 首を掴んだ少女に対して、血まみれの私の首は口を開く。

「お前は白雪姫だ。不幸を受け入れられる器がある。私は魔女だ。不幸を受け入れられないプライドがある。同じ妖怪なのに、私はお前よりも強くない。弱いことを強さで隠して一生を過ごさなければならない」

 私の首に朱色の液体が降り注ぐ。木陰で笑う無意識が牙を剥く。
 そう、まだ見ぬ白雪姫の一人。彼女のイドが私のイド。イドとイドが渦を巻く。

『辛いときに「辛い」と言ってしまえばいいのに。怖いときに「怖い」と言ってしまえばいいのに。自分を化かすことに何の意味があるの?』

 ヤドクガエルは毒を吐く。

『そのお嬢さんは誰に注目されるわけでもなく、敵視されるわけでもなく、興味を持たれてるわけでもない。自分の心にただひたすら苛まれているだけなんだ』

 故に笑う。私は笑う。

「白雪姫のようになれないと知った私は首切り女。切って、切って、切なくなる。エチュードの繰り返し。恋愛は怖い。だから切って逃げたい。戯曲のように筋書きが欲しい。怖かった。私は怖かった。でも、あなたとは違う。私は、怖いからこそ立ち向かう」

 粉雪のように落ちる花びらたちは言葉と変質する。

『それが』
『ソレガ』
『ソれガ』
『そレガ』
『そレが』

 世界が反転する。赤、青、黄。シグナルのように点滅しながら私を意識の内側に引き戻す。自身の自由を掴めと細胞が叫ぶ。

「それが、風見幽香なのだから。狂いそうな吐き気すら許してしまう、可憐な花でありたいのよ、私」

 瞳を閉じた少女は、悲しそうな表情で、粉々に砕け散った。

「…………白雪姫は死ぬまで一生満たされなかったんでしょうね」

 魔女でいい。
 私は魔女でいい。
 あなたは白雪姫として、幸福も不幸も飲み込めばいい。私は私の不文律に従い、いつまでもどこまでも虚勢を張った汚れ役でいるから。
 舞う花びらの中で、再びリンゴを持つ。
 魔女として生きる、ここからが本番。儀式として、白雪姫の心臓病のために、私は全神経を集中させて指先を曲げる。
 メルヘンチックでゴシックな私は、花びらと共に泣きながら幻想にさよならを告げた。恋愛という幻想は、私と決別を決めた。サイコホラーは終わりにしよう。
 今後、恋愛することがあっても、この恋愛だけはなかったことにするだろう。心の中のアルバムを燃やしてしまえ。このリンゴは彼への手切れ金。白雪姫よ、私の分まで私を過ごせ。

「道化が悪いだなんて誰が決めた。このリンゴは心臓。私の心臓、彼の心臓、悪意に満ちた心臓。真心を込めた心臓は、きっと白雪姫を毒で殺すだろう。毒を以て毒を制す、愛を持って愛を制す。愛に踊らされたことを誇りに思いたいじゃない」

 手に持ってる果実を限界まで握りつぶそうとする。つぶしてはいけない。つぶす寸前まで妖気を込めるのだ。
 彼と彼女の幸せを想って握り。
 首を切られた魔女を想って握り。
 白雪姫にしかなれなかった少女を想って握り。
 私の未来を祝福して握り。握り。握って。握り。
 心臓に見立てて、ひねり潰す。世界が反転して、飲み込まれて、終焉に近づく。気持ちはビビットグレー。私の絵の具は深紅と果汁が入り交じり床に雫となって垂れる。
 私の持つリンゴは、全てを惑わす悪いリンゴ。惑って惑って、保険のない生を台無しにしてしまえ。

「あくまでこれはハッピーエンド。メルヘンチックなおとぎ話の終焉。悔しさは周りの花びらが受け止めてくれる。私はただ笑えばいい。幸せそうにしてればいい。だって私は風見幽香なのだから」

 失恋における本当の敵は、彼でも彼女でもその他でも誰でもなく、自分の心。心の中が苦しくて苦しくてたまらないのは他者の仕業ではなく、自分自身の心の弱さから。自分に勝つことが心を保つこと。
 よって心が敵。
 敵は滅しなければならない。敵を確認し、弧を描くように舞った花びらがチェイン。
 チェイン、チェイン、チェイン、チェイン。黒ずんだ濁流に呑み込まれて、リンゴが芽吹こうとしていた。
 だから私はリンゴを砕く衝動を内に込める。砕く寸前まで妖気を込める。
 どうしてこんなにも心が苦しいのか。全てを理解して、把握しきったとしても、私は時間の許すかぎり苦しみ続けるのだろう。
 心に回った毒は、心の弱さから。生き地獄に打ち勝てと、リンゴに命令しながら最後の妖気をありったけ込める。
 仕上げだ。

「好きだった。ずっとずっと好きだった。些細なことから始まった恋でも、燃え上がったら関係ない」

 愛してよ、愛してよ、ずっと愛して欲しいから。
 抱きしめて、離さないで、束縛してほしいから。

「だけど貴方は好きを壊した。自ら手を下すことなく壊した。白雪姫が裏にいたから。好きになるっていうのは、想うだけじゃ駄目なの? 運や努力、その他全てが必要なの?」

 心痛む、乙女のような疾患。
 胸が淀む、音もたてずに圧迫。
 愛孕む、恐いことすら劣等。
 脳が歪む、叫びたくなる葛藤。

「初めての恋愛は誰にでもあるし、恋愛に答えなんてない。なら、私はどうすれば答えにたどり着けばよかったの? 初めてだからわからなかった。言い訳じゃなくて、本当のこと。初めての恋愛は、初恋は実らないの? どうすればよかったのかしら!」

 果てに、果てに、末は、虚無。
 後に、後に、過去は、廃棄。

「こんなにも狂おしいのに! 想うことだけなら負けないのに! それ以外出来ない私を許して欲しいの! 許して、愛して、添い遂げてほしいの! 無理な注文だってわかってても、私は何もわからないから!」

 オクビョウナ、ワタシ、デテコナイママ、キエナサイ。

「恋愛なんて死んでしまえ! 毒のように狂わせるなら、手遅れになる前に解毒してれればよかったのに! 苦しい! 苦しい苦しい苦しい! 握りつぶされそうなリンゴのように脆い私は、愛し方がわからなかった!」

 愛してよ、愛してよ、信じることしか出来ないの。
 苦しめて、繋ぎ止めて、木偶の白雪姫を。

「嗚呼ッ! 世界はこんなにも苦しいのに、どうして私は未だに愛しいんだろう! 愛しい! 愛しい! 愛しい! 彼が愛しい! 諦めたからこそ愛しくてたまらない! 煮えくり返るような想いを、この心臓に!」

 叫べば叫ぶほど、妖気を込めれば込めるほどむなしくなる。恋愛も同じだったんだろう。中身のない恋愛。初めての恋愛は中身がなかったのだ。あったと思い込んでいたのは私だけ。私のように中身がなかったのだった。
 全てに中身のない脇役は、物語にも中身がない。それに気がついたときはすでに手遅れ。手に持ったリンゴがあらかじめ教えてくれるわけもなく、目から止めどなく反吐がこぼれる。
 だけど、そんな自分が可愛くて仕方ない。どうしても自分が、彼が、彼女が可愛くて仕方ない。どうしても、可愛くて仕方無かった。
 だって当たり前でしょう?
 脳内メルヘンなメンタルは、きっと白雪姫に憧れるのよ。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 昔、あるところに白雪姫にあこがれた魔女がいました。彼女は魔女であり、お城のお妃でした。彼女は誰よりもコンプレックスを持っており、誰よりも虚勢を張って素晴らしい人物に見せなければならない存在でした。
 彼女は鏡に向かって質問します。

「鏡よ、世界で一番美しい女性は誰?」

 鏡は苦々しげに返答します。

「……それは、白雪姫です」
「やっぱり」

 予想通りの答えが来たので魔女は驚きもしません。

「それでいいのよ」

 魔女は鏡を磨いて、綺麗に映る自分の姿を見つめます。

「……これでいいのよね」

 城に用意された大量の花……向日葵だけは彼女を最期まで見つめていました。
 死んでもなお徹する魔女の素晴らしさを知るのは向日葵と、そして白雪姫ただ一人でした。
 だって白雪姫は魔女がいなければ王子と結婚することが出来なかったのですから。
 魔女自身は悔やんでも、実は魔女は白雪姫に感謝されていたのでした。
 物語はバッドエンドだからこそ、ハッピーエンドが輝く。それを知るのは一握りでしかない、と鏡は言った、気がした。たぶん、きっと。




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「さようなら」

 明朝前に、思い出の道にたどり着く。もちろん彼はまだ来ていない。
 彼がいつも立っていた場所。そこを見るたびに心臓が締め付けられる。心臓病でもないくせに。
 その場に妖気を込めた皮肉の果実を置く。私の贈り物だと気がつかせるために、たくさんの花を不自然に、リンゴの周りだけに咲かせて。

「……毒や病に悩まされるのだけは、人間も妖怪も変わらない、か」

 誰にも見つからないように、場から飛び立つ私。
 空から見た大量の花は、私にどんな感情を抱いてるのか。
 それは誰にもわからない。私にも、白雪姫にも、誰にも。憧れた白雪姫にわからないのなら、きっと私にもわからないと思うから。
 咲かせた花はシレネ、和名はフクロナデシコ。
 シレネの花言葉は《祝福》である。もちろん嘘だ。私なりの魔女を精一杯演じてみた。
 嘘嘘嘘。私の最後の見栄っ張り。ありったけの想いを花に込めて、これから幸せを味わう王子と白雪姫に捧げた。
 本当の花言葉は《偽りの愛・未練》だ。真実の愛はここにある、心臓病に苦しむ女の愛など偽りだ。
 ……未練がましい女の妄言。
 綺麗に忘れることなんて出来ない。だって恋愛は毒だから。
 


 ――毒は後遺症を残すものでしょう?



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