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私はただの人間だ。



1. ――わたしはただの人間だ。



 わたしは外の世界では『奇跡』を起こせる現代神として崇められた一族の末裔、風祝(かぜはふり)の巫女、東風谷早苗だ。緑の髪に、蛙と蛇の髪飾り。腋を露出させた巫女服にネクタイがチャームポイント。そんなわたしは実は奇跡を起こすことができたし、一族のなかでも優秀なほうだとよくいわれていた。
 しかしこのご時世、いわゆる外の世界、わかりやすく言うなら日本ではわたしの信仰する神様などという存在はちり紙に等しい扱いである。そして、そんな世界がわたしの『奇跡』などを欲すだろうか? まぁ欲さないのだけど。とどのつまりはそんな世界にわたしは飽き飽きしていたのだ。
 つまらなくは無いけれどわたしをほとんど必要としていないこの世界で、惰性(だせい)にも等しい日々を過ごしていたある日。わたしの身内でありもっとも信頼していて、なおかつ信仰している神様の八坂神奈子、神奈子様がとんでもないことを言い出した。



 ★★★★★★★★★★



「突然だけど今から引っ越すわ、早苗」

 渋い声。そして紫がかった髪の色。民族衣装のような、赤茶の神聖な服装。胸元の鏡がその巨乳を引き立てている。蛇のような切れた目が印象的。
 そんな姐さん女房みたいなナイスバディの神様(信仰をしているのにお胸的な意味で恩恵が今だにないのはいかがなものか)はわたしが学校から帰ってくるなりそんな陳腐で現実味のないことをいいだした。

「……はぁ、どこにですか?」

 第一、学校はどうするのだ。この昔から住んでいる洩矢神社(もりやじんじゃ)はどうするのだ。突然すぎるだろう。信仰が得られなくて世界からつまはじきにされそうな神様の考えることはわからない。さっぱりわからない。
 そんなわたしの意見をつたえようとする間もなく、目の前の愛すべき駄神様はすぐに返事を返してくれた。

「もちろん、幻想郷(げんそうきょう)よ!」
「…………」

 両手を広げてオーバーリアクション、あんたは外国人か。人じゃないけど。

「あら、早苗? 『全然わかんない!』なんて顔してるけど」
「当たり前です! 全然わかんない!」

 わたしは素直に気持ちを言葉に出した。たかが人ごときが神様の前で隠し事などおこがましい。そんな大層な話ではないけど。
 そんな全然わかんないわたしに向かって笑顔を見せ、なにかうんうん、とうなずいている神奈子様。あ、これは面倒見の良い神奈子の癖だ。何かと至らないわたしによく見せてくれる癖、面倒をみてくれる、人になにかをしようとしてくれる癖。神様だから人の面倒をみるのは生きがいなのかもしれない。わたしはこの癖が大好きだ。

「じゃあ説明するわね? 知ってるとおり、私は死にそうです。存在的な意味で」
「信仰を得られないこの世の中ですから。まさに『神は死んだ!』ですね」
「でも私はおちおちと死んでられない。まだやりたいことがあるから。素直な気持ち、生きたいから」
「その心意気や立派です神奈子様」
「だから私は一世一代、咲かせてみせるために博打(ばくち)にでようと思うの」
「それが、えっと……ゲンソーキョウ? となんの関係が?」

 生きるために博打に出る。それは理解できる。借金まみれの木偶(でく)の坊(ぼう)がするようなちゃちな博打じゃなく正真正銘の命を等価にした、いわば真っ赤な血の滴った、純正の博打だ。
だけどそれが引っ越しと何の関係があるのか? だいたいゲンソーキョウは何県何市だ。

「幻想郷。それは信仰の宝石箱」

 このワイドショーかぶれの主婦もどき、あんたは美食専門のレポーターか。こんな調子じゃ神は死んだってのもしょうがない気もする。

「私は神様、信仰を欲しているの。急がば回れ。隣の芝は青いのならば、その芝を刈っちゃって自分のものにすればいいじゃない!」
「ことわざの中での話ですし、現実問題芝刈ったら警察のお世話になりますけどね」
「だからこの世界は今日でおさらば! 何県何市でもない幻想郷! この世界ではない、別の世界の、信仰がまだ死んでいない世界に引っ越すという博打にでればもしかしたら私はあらゆる意味で復活出来るかもしれない!」
「……なるほど」

 理解。
 そうか、なるほど。そもそもこの世界に固執(こしつ)する意味もないのだ。
 この神様の発言は一見突拍子も無いかもしれないが、相手は神様。いちいち驚いたり信じなかったりしてはわたしの精神のキャパシティーはとっくの昔にオシャカになっているだろう。だからわたしは状況を飲み込むのが昔から早い。早くなった。近所からは「早苗ちゃんは物わかりがよくてたすかるわ〜」とよく言われたものだ。

「で、早苗、引っ越すんだけど。いいかい?」

 いいも何も。わたしは昔から神奈子様一筋(うちのもう一人の神様のことももちろん好きだけど)だから答えは決まっている。そもそもこの世界に未練はないのだ。友達のことはちょっと気がかりだけど、わたしの示す道はただ一つだ。

「はい! もちろんです!」

 ……でも、あとで友達にお別れの電話ぐらいはしようと思った。



 ★★★★★★★★★★



 そんなやりとりがあった後。その日のうちに電話したりして、その日のうちに色々と手続きを済ませて。急なことだったが物事はスムーズに進んだ。まるで奇跡のように。そんな無駄な恩恵がありがたくも改めてこの世界ではあまり必要がないものだと思った。
 だからこそ。
 だからこそ幻想郷という信仰が廃れていない世界。文字通り幻想の、不思議に満ちている世界でわたしは初めて特別な存在として自身を認識できるのではないか。
 この頃はそう思っていた。
 そして次の日の朝、その世界で二つの神が死んだ。正確にはいなくなったのだけれど。神社のあったはずの場所は森となっていて。そして現代神呼ばれていた女の子と本物の二人の神様がいなくなった世界は相変わらずいつも通りで、せわしなく日常を巡り回る。
 やっぱりあの世界に神様など必要なかったのだ。
 それよりもわたしは幻想郷の風景をこの目でみた時、すでに外の世界のことなど忘れていた。……友達のことはいつまでも忘れないが。ずっと親友だから。
 こうして我が洩矢神社は山の頂上、大きな湖に守られるような位置にドンと構えることになった。
 外の世界とは違う。そもそもの世界の理(ことわり)が違うということが肌で実感できた。不思議と奇跡の力が沸いてくる。それは神奈子様も同じだったらしく、心底興奮している。

「早苗! 見てほら! 胸の張りがまったく違うわ!」

 ばいん。
 ばいいん。
 ばいいいいいいいんっ!
 わたしはここなら恩恵にあやかれると確信した。所詮(しょせん)は年頃の女の子だもの。
 こうしてわたしの幻想郷生活は始まった。



 ★★★★★★★★★★


 この世界は実に居心地がいい。風祝としての力が満ちてくるのがわかる。(胸的な意味で)恩恵にあやかれる気配はなかったが。我らが神様の威厳はすぐさま取り戻し、山の妖怪達の信仰を集めている。わたしたちは確実にこの世界でのポジションを確立しようとしていた。
 私の奇跡の力も役に立っている、のかもしれない。そもそも奇跡なんて目に見えないから自分自身で確認できないのだ。具体的に定義がないからこそ重宝するのかもしれないが実際の所は微妙なところだ。そもそも奇跡も神様依存の力だし。
 それでも風祝の巫女としての力はメキメキと力を伸ばしている。神様が信仰を取り戻せば取り戻すほど向かうところ敵なし、現代神の再来だ。
 前の、外の世界では確立できなかった自身、東風谷の末裔としての自分。そして現代神という甘美(かんび)な肩書き。図に乗ってた所もあるかもしれない。でも、確かにわたしはこの世界では輝いていられたのだ。ただの人間じゃない、他人とはちょっと変わっている自分を。
 それに前の世界よりも生き生きとしたわたしをみて喜んでくれる二人の神様のためなら
わたしはもっと頑張れた。素敵な日常。脳内麻薬のような充実感。
 だが、出る杭は打たれるものだ。
 信仰されてホクホクのわたしたち。もっと信仰を。このままいけば真の意味でこの世界の神様になれるかもしれない。幻想郷を支配できるかもしれない。神職が欲望に塗れてはならなことなのだが、それがちらついてしまったのだから仕方がない。



 ★★★★★★★★★★



「博麗神社。幻想郷唯一のこの神社を落とせばこの世界の信仰など手に落ちたも同然よ」

 目の前の日に日に色々な部分の張りを増し、若さを取り戻して色香を振りまいている目の前の神様はわたしにそう告げた。お互い神社の境内に腰掛けて話しているのだがその肉爆弾が視界に入る。爆発させたろか。

「博麗神社……。山の妖怪達がいってましたね。ろくでもない巫女が切り盛りしてるどうしようもない神社って」
「なら機能が果たされていない神社なら乗っ取ってしまえばいいのよ。そのほうがお互いのためにもなるじゃない? 神社は活性化し、私達は信仰を得られゆくゆくは幻想郷の神となれる。あぁ……なんて素敵な響き。幸せな世界にしてあげるわ」

 機能が果たされていない神社。巫女として許し難い。きっちりと神様を崇め、信仰を得て、民に幸せを振りまく。それが本来の神社の姿なのに。
 わたしが変える。みんなが幸せな世界。それが私の願いだから。そして今の私に出来ない事なんてないのだから。現代神は伊達じゃない。

「神奈子様、わかりました! わたしたちのため、彼女のために。東風谷早苗(こちやさなえ)、頑張ります!」

 そしてわたしは博麗神社に向かった。まずは営業停止命令。とりあえず今のところ神社はうちだけでいい。あせらずゆっくりと、猶予を与えて。停止してもらったら神社は潰してもらうか明け渡してもらおう。
 神社に着いたわたしはそのろくでもないという巫女に会いに行く。境内からのぞくと紅白の巫女がちゃぶ台のある和室でお茶をすすっていた。

「すいませーん。最近越してきたものなんですけどー」
「あ? 何なの? 用があるならまずお賽銭いれるのが礼儀でしょうが。なぁ? えぇ!」

 バァン!

「ひぃ!」

 ピリピリした口調でちゃぶ台を叩いた、わたしと同じく腋を露出させた紅白色の巫女服の女は、なんというかヤンキーだった。頭に着けた赤いリボンは自分を可愛くみせるためのフェイクだろう。ろくでもないどころかろくでなしブルースというか。



 ★★★★★★★★★★



 その後は用件を伝えて、怖いからキレられる前に帰った。何あの巫女、同じ職業だとは思えない。ヤンキー巫女。初対面にお賽銭ねだるか普通。
 それでもやるべきことはやった。着実に計画は進行している。八坂の織りなす理想郷まであと一歩。そんな訳ないのに。この頃のわたし達は幻想郷を知らなさすぎた。元より計画など崩れていたというのに。
 営業停止を伝えた次の日、巫女と魔女が神社に乗り込んできた。常識知らずの二人はわたしに戦いを挑んできた。わたしたちの世界でいう所の決闘、スペルカードルールのことは聞いていたし、この世界の基本的な作法は妖怪や河童、天狗たちに教えてもらった。
 現代神、風祝の東風谷、奇跡の巫女。その価値をこの世界に見いだしてもらったわたし。外の世界とは違う本当のわたし。ただの人間じゃないわたし。それが自信につながったのだ。わたしはいきなり乗り込んできた二人とも違う。だから勝てる、そう思ってしまった。
 愚かだった。いとも簡単に負けた。スペルカードを駆使して、的確に弾幕を打ったはずなのに。ただの人間たちとは違うのに。
 現代神の、奇跡の巫女のわたしが負けたのだ。



 ★★★★★★★★★★



「……負けた? わたしが? 特別な、八坂様に慕える存在のわたしが、負けた?」

 地面に仰向けになって叩きつけられたようになっている、まるで車道に飛び出した猫のように惨めなわたしは信じられなかった。今のつぶやきが素直な私の気持ち。なぜ特別なわたしが負けてしまったのか。
 ……答えは簡単だ。わたしは天狗になりすぎていた。鼻の長さはまるでエッフェル塔の如く。自分自身の能力にあぐらを掻いていた。実力を信じて疑わなかった。反吐が出そうだ。

「賽銭も払わないあたしの模倣犯巫女風情(もほうはんみこふぜい)が調子に乗るんじゃないわ。博麗の看板に偽りなし、あたしが幻想郷の異変をいくつ解決したと思ってるの?」

 紅白。ろくでなし。なぜあなたはわたしより生き生きとしているの?

「調子に乗るのはかまわないぜ。幻想郷のみんなはお祭りが大好きだからな。だけどここじゃお前さんみたいな奴はざらだ。前の世界じゃどうなのか知らないけれどもうお前さんは特別な存在じゃない、ここじゃ普通の奴だ」

 白黒。「だぜ」が口調の金髪魔女。わたしが、奇跡の巫女が、普通?

「だいたい幻想郷を落とすなんて無理な話よ。あのくせ者達が宗教を信じるわけないんだから。あんたも
幻想郷に越してきたのなら処世術学んだ方がいいわよ? うちの神社に来たら教えてあげなくもないわ。……まぁ、賽銭はもらうけどね」
「いくぜ霊夢、目指すは神様。湖に向かって発進だ!」
「待ちなさい魔理沙! ……あの猪突猛進娘はなんで緩急をわきまえないのかしら」

 二人は行ってしまった。たかが人間二人が神である神奈子様に勝てるわけがないのでそれはいい、打ちのめしてもらおう。頑張れ神奈子様。
 ……だがわたしはどうだ。 現代神? 風祝? 奇跡? そんなものここでは個性にもなりゃしないらしい。
 どうやらこの世界にはあの二人のような破天荒なやつらで溢れているらしい。そりゃそうだ。この山にさえ天狗、河童がざらにいる。どうしてわたしは自分が特別じゃないことに気がつかなかった。なぜ自惚れてしまった。なにが神様だ。なにが奇跡だ。救えない。
 ここにくれば変われる。今までの、外の世界の埋もれてしまっていたわたしとは違う、本当の意味でのわたしに出会える。そう信じていたのに。
 結局わたしは何も変わらなかった。少しは変わったのかもしれないが、意味はなかった。埋もれていたまま。ひょっとしたら前よりも現状は危ういのかもしれない。没個性。ここでは特別が当たり前。わたしは他者となにも変わらない。なにが現代神だ。
 神は最初から死んでいたのだ。

「……くっ、ふっ、はははははっ。あはははははははは!」

 滑稽な少女。所詮お前は他人と同じなんだ。特別でもなんでもなかった。
 そう思ったら不思議とおかしくなってきて。愉快な気分になってきて。笑い声が口から漏れてくる。あぁ、愉快だ。愚かしい自分がこんなに愉快だとは。
 ……わたしはひとしきり笑った後、次は悲しくなって泣いてしまった。どうしようもない自分に哀れんで。ひどく悲しかった。ツンとするような感覚。
 その後に神奈子様が負けたことを諏訪子様より聞かされた。泣いて空を見上げているわたしに諏訪子様は優しくしてくれた。
 神様ですら負けた。やはり特別などここでは意味がないのだと決定づけた。そしてわたしは気付いてしまった。考えないようにしていたのだが、逃避はやめよう。それがここでの処世術なのだ。 そうでしょう、紅白巫女?
 とどのつまりわたしは。愚かで思い上がった巫女のわたしは。肩書きの力を失った現代神のわたしは。信じたくない。でも……この世界でも結局わたしは。



 ――わたしはただの人間だ。








2. ――わたしはただの人間だ。……だけど、



 ただの人間であることを思い知ったわたしは反省した。
 悔しかったし、悲しかった。そして滑稽だった。だけどもうわたしはこの幻想郷の住人だ。ここで生きていくためにはこの世界にとけこまなくてはならない。思い上がってはいけない。
 あの日からわたしは変わった。幻想郷の一住人として、ただの巫女として生きることを誓ったのであった。
 二度とあんな無様な想いはしたくないから。



 ★★★★★★★★★★



「神奈子様、おはようございます」
「おはよう、早苗」

 朝の挨拶。今日もこの世界での一日が始まった。
 神奈子様はいつも朝ご飯の支度をしてくれる。絶品な料理。世話好きの神奈子様は味にもうるさい。
 和食料理がちゃぶ台に並んでいる。白米、みそ汁、切り干し大根、山菜の付け合わせ。一見質素なこの料理だがそこいらの料亭よりも味がしみている。美味しい。
 二人でご飯を食べていると(もう一人の神様は神出鬼没なのでご飯の時間にいないことも多い)神奈子様がわたしにいってきた。

「……早苗、まだあの戦いのこと引きずっているだろう」

 ポキッ。
 わたしが切り干し大根をぽりぽりと食べているところで唐突に神奈子様は何を言いだすか。大根をかみ切って机に落としてしまったじゃないか。

「……なんのことでしょう」

 しらばっくれる。ひきずっていないというとそんなわけはない。あの日を境にわたしは終わってしまった。前の世界のほうがまだ自惚れていられた。わたしは他人とは違うのだと。現実は岩塩のようにしょっぱかった訳だが。

「ほら、元気がないからさ。優しかったりするのは前と変わりないんだけど、明るさがないから心配だなって」
「やだなぁ神奈子様。わたしに元気がないなんて。早苗は今日も神奈子様の信仰心を皆に分け与えるため頑張りますよ!」
「そうかい……それならいいんだけどね。無理はしないでおくれよ、私もあのミシャクジもお前のことが一番なんだからさ。早苗に何かあるぐらいなら信仰なんかいらないよ」
「わかってますって。大丈夫です! わたしにお任せください!」

 わたしは神奈子様を心配させないために精一杯の笑顔を作る。
 何をしているんだわたしは。自分のエゴのために彼女たちに苦労をかけてはいけないじゃないか。心機一転がんばらなきゃ!
 …………ただの人間として。

「…………」

 そんな笑顔の中に苦悩しているわたしを神奈子様は苦い顔でみているのに、わたしはまったく気がつかなかった。



 ★★★★★★★★★★



 ただの人間、というレッテルが嫌な訳じゃない。それは当たり前のことだから。だがわたしにはその反面、東風谷(こちや)一族の末裔としてのプライドがあった。譲れないプライド。つまらない日常から脱却できるかもしれない。そんな希望と共に。
 そもそも、嫌な訳じゃないのになんでただの人間ではないということに固執するのか。それは単純だ。
 わたしが特別な存在なら、もっと人々を幸せに出来るはず。
 それに尽きる。ただの人間でもいい。だけど、特別な存在ならもっと多くの人々を幸せにできるでしょう?
 そういう心がわたしにあったからこそ、思い知ったときはショックだった。
 なんだ、別にわたしじゃなくてもいいじゃないか。
 自分の居場所を他者に乗っ取られたかのような居心地の悪さ。吐き気を催す。わたしじゃなくても人々は勝手に幸せになれるのじゃないだろうか? そういうことだろう。
 いくらわたしが頑張っても意味がない。幸せってなんだろう。そんなセンチメンタルと共に。あぁ、一人相撲。
 前の世界でも必要とされなくて、この世界でもわたしは否定された。

『――わたしはただの人間だ』

 その一小節がわたしの胸を締め付ける。わたしはいったい何なのだ。奇跡なんて必要無いじゃないか。幸せのおせっかい、わたしが今までやってきたことは全くの無意味。
 神奈子様や諏訪子様はまだいい。神様という次元の違う存在。人間とは違う領域。自身を保てるではないか。
 だがわたし、東風谷早苗はどうだ。人間でありながら不思議な力を持つ巫女。中途半端な存在。そして、正体はただの人間。そんな奴が他人を幸せにできるはずがないじゃないか。自身のことも保てずに何が幸せだ。
 わたしもただの人間じゃなければ、特別ならよかったのに。変に東風谷の血が混じっているばかりに苦しむこととなったのだ。少なくともわたしの理想では中途半端は罪なのだ。
 わたしは奇跡などいらなかったのに。
 それでも日々は津波のように待ってくれない。今日も家事から神社の仕事、宴会の用意。わたしには何も残っていなかったが、それでも働いた。それこそ現実を逃避するかの如く。そうしていなければ発狂してしまいそうだったから。
そういった日々のくりかえし。
 日々を食いつぶして生きている。そんな時、神社にお客が来た。どこにでもいるような河童の親子。それがきっかけだった。
 わたしの苦悩するだけだった物語は動き出したのだ。



 ★★★★★★★★★★



「おねげぇします神様! うちの息子をお救いくだされ!」

 少々太った親父河童は神奈子様に頭を下げて必死に訛りの混じった口調でお願いをしている。
 賽銭箱を挟んで、神社の中側にいて、あぐらをかく神奈子様と、その横で立つわたし東風谷早苗。そして外側に頭を下げた河童と、衰弱してうつろながらも親父の横に立っている子河童。

「そうはいわれてもねえ……。永遠亭んとこのサイケデリック医者に治してもらえばいいじゃないか。専門外っちゃ専門外なんだ、私の所では」
「永琳様にも見てもらいました! ですがこの時期は薬草がない、と! この風邪ともわからぬ河童の奇病を治すための薬草がないために直すことが出来ないといわれ! 最後の綱は神頼みしか……」

 河童は必死だ。そりゃそうだろう。子どもの生き死にがかかっているのだ。医者に見放され、子どもの死を待つよりは文字通り神頼みもするだろう。
 だが神奈子様は首を縦には振らない。

「だからってこっちにも出来ることと出来ないことがあるんだよ。学問の神様が便秘を治してくれるかい? そういうことな訳」

 なるほど、言い得て妙だ。神奈子様の乾を創造する程度の能力と医学は全く結びつかない。わたしも残念だとは思うが、世の中には不可能なこともあるのだ。
 奇跡でも起きない限り。
 その奇跡ももはやあってないものなのだが。あの日、奇跡は死んだのだ。

「神様に見放されちゃ、ワシの息子はもうどうしようもないんです! お願いします! どうにか、どうにか!」
「私も助けたいんだけどねぇ……。薬草、ねぇ」
「永琳様がいうには『幻想郷には何があってもおかしくない。薬草はどこかにはえているかもしれない』といっていたのですが、ワシには到底見つけることは出来なくて……。だから神頼みを……」
「どこかにある……。んーそうなると探すしかないか。あ、そうだ」

 そうだ、といってわたしの顔を見た後、笑顔でうなずき始めた神奈子様。あ、これは面倒見の良いときの神奈子様の癖だ。まさか。

「親父さん、顔をあげなよ」
「へ?」

 神奈子様は親河童の頭を上げさせると、笑顔でわたしに人差し指を突きつける。

「早苗、お前が薬草を探しに行くんだ。できるだろう? 私の自慢、風祝の巫女」
「…………」

 できるものか。わたしもそこの河童と変わらないのに。風祝の巫女なんて何の自慢にもならない。
 ただ、それを神奈子様に伝えて悲しませることなんてしたくなかった。だから何もいえい。だけど何も出来ない。歯痒かった。ただ、目を伏せるだけ。

「巫女様! うちの息子を助けてやってくだせぇませ! もう頼れるものがなにもないのです!」

 無理なものは無理だ。わたしが頑張ってもきっと薬草は見つからなくて、結局その子は死んでしまう。それでもいいのだろうか。神奈子様はそれでいいのだろうか。

「……早苗。大丈夫だ、あんたなら出来る。私が責任を持つよ。みんなが幸せになることがお前の夢じゃないか」

 幸せ。そうだ、もともとわたしはみんなの幸せのために頑張っていたじゃないか。無理な物は無理、だけどやらないよりはマシか。

「……わかりました。ですが確実に見つかるという保証はないですよ?」
「よかです! もとより頼りは巫女様しかいねぇ。だから頼みます、巫女様!」

 わたしは無力だ。だけど頼りにしてくれる人がいるなら頑張ることは出来る。
 チラッと子河童を見た。足下がおぼついていない。病魔と必死で闘っているのだろう。
 これは最後のチャンスかもしれない。普通の人間であるわたしに下された最後のチャンス。この世界でわたしが認められる最後のチャンス。


 ――このチャンスすら逃したらわたしは。


 そんな事を思いつつ。わたしは河童の奇病に効く薬草を探すことになった。特別でない、ただの人間のわたしに果たして何が出来るのだろうか。



 ★★★★★★★★★★



「私がここ紅魔館門番、紅 美鈴であーるっ!」
「………………はぁ」

 呆然としたわたしと、熱血門番。そんな図。
 薬草を探す、といってもこの幻想郷の隅から隅まで探すのは効率の悪いことだ。それならまず博識な人物から情報収集すれば無駄も省かれるだろう。
 そう思い当たったわたしは紅魔館に来た。ここならばあの動かない大図書館の異名を持つあの方がいるから。そんな噂を聞いて。
 で、この状況だ。このふとももむっちりチャイナ門番はわたしと会うなり大声で名乗りだした。いったい何だというのだ。

「えっと、東風谷早苗さんですね! 外の世界から来たという噂は聞いていますよ! 現代神だとか何だとか! すごいです! 私なんかただの門番でして! あこがれちゃいますね、なんだか! いやぁ早苗さん素敵です!」

 暇だったのか怒濤のようにわたしに絡んでくる門番、紅美鈴。紅に染まる長い髪。緑の帽子に緑の制服。中華のチャイナ服がモデルの制服の足下の方には、ふとももを強調するスリットが入っている。いわゆるムッチリ、ボン・キュ・ボン。見た目も中身もなんて暑苦しい……。
 それにしても、いきなりあこがれるといわれてもわたしにはピンとこなかった。わたし自身に諦めがついたからなのだろうか。なかば無理矢理での諦めだが。心が折れているのだろう。

「そんな……。あこがれるだなんて。わたしは他の人とは何も変わらない、ただのしがない巫女ですよ」
「そんな! んもう、謙遜(けんそん)しちゃって! 美人の上に立場をわきまえようとするその姿勢、私みたいな小物には真似できない! さすが神職!」

 謙遜じゃないっての。この門番、己の道をただひたすら進む猪突猛進タイプか、とか思ってしまう。今の私にはここで時間を潰すのも悪くはないが、一刻を争う。河童の子どもは無事なのか心配だからだ。

「あの、パチュリーさんはご在宅でしょうか?」
「ハッハッハ! あのひきこもりのパチュリーさんが外出するなんて白黒魔女関係のことくらいです! いますよ! います! パチュリーさんは! 紅魔館に! いまぁぁぁっす! よかったら案内しデッ!」

 サクッ!
 わあ綺麗に門番さんの額にナイフが刺さった! バンザーイ!
 なんて、驚きのあまりに自分を見失ってしまったのだけれど。何事か。わたしを殺そうとしている忍者でもいるのか? 何、早苗、状況を把握しろ。
 後ろを振り向くと、メイド服の女性がいた。洗練されたナイフのような銀色の髪、紺色のストッキングが艶やかさを引き立たせる。クールで綺麗な女の人……。いうなれば『瀟洒(しょうしゃ)』という言葉が当てはまるだろうか。

「……どうも。瀟洒なメイド、十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)です。以後お見知りおきを」

 自分で『瀟洒』っていっちゃったよ。台無しだ。

「ったく、美鈴は。どうせまたサボりだったのでしょう? 暇のあまりいたいけな少女を襲おうと。安心して、あなた。邪(よこしま)な門番は私のナイフで無事倒したから」

 あのナイフは殺し屋のものではなくこのメイドさんのナイフだったのか。この幻想郷ではなにがあってもおかしくないのでもうナイフを投げるメイドじゃ驚かないが。

「えっ、その、ありがとうございます?」

 門番に襲われていた訳じゃなく、ただ案内してもらおうと思ったのだがこのメイドに逆らってはいけない。そう思ったのでとりあえずお礼をいってみた。あくまでも疑問系だが。

「で、どうしたの? あなた見かけない顔だけど」
「わたし、東風谷早苗です! 紅魔館のパチュリー・ノーレッジさんに会いにきたのですが」
「あぁ、パチュリー様なら相変わらず読書のため屋敷の図書館ですわ。お嬢様じゃないんだからたまには日の目を浴びてほしいものです。さ、案内しますわ」
「ありがとうございます!」

 帰りたい。それが今のわたしの本音。このメイドさん、ナイフ使うのに怖がらない人間などいるのか。門番さんは大丈夫なのか。
 悟られないように、必死で返事をして。屋敷の中に入っていくメイド、咲夜さんを追いかけていくわたし。後に門の前に残ったのはナイフが刺さって倒れている門番だけになった。ご愁傷様。



 ★★★★★★★★★★



 ヴアル魔法図書館。偏屈な魔法使いのねぐらとして有名であり、ここには幻想郷のありとあらゆる本が揃っているという。知恵の宝庫だ。
 そんな雑多な空間に本に埋もれて読書を楽しんでいる変わり者はいた。

「パチュリー様、お客様です。あぁ、もうまた本ばかり読んで!」
「…………何。お客様? こんな本の虫に何のようかしら?」

 ものぐさな女、目の前のネグリジェをきた女からはそんな印象を受けた。綺麗なパープルに染まった髪は伸びきっているが、髪の横は束に結んで、前髪はぱっつん気味。話に聞いていたとおりのつかみ所のない、そんな人物像。
 話してはいるが本からは目は離さない。自己紹介の、本の虫という一言は伊達じゃないということがわかる。

「えっと、わたしは東風谷早苗といいます。洩矢(もりや)神社から来ました」
「あぁ、魔理沙が話していた緑色の巫女はあなたのことね。で、こんな所にくるのだからもちろん用事がある訳よね」
「はい、話が早くて助かります。単刀直入にいうと、河童の奇病に効くという薬草を探しています。あなたならどこにあるのか知っていると思って」

 博識なのだろう? 動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジ。あなたの答えが河童の親子を救うんです。だから……。

「……薬草。あなたのいいたいことはわかる。けれど……」
「けれど?」
「けれど、残念ながらその薬草はないわ。今の時期じゃ手に入らないのよ」

 そんな。
 薬草が手に入らない? どうして? パチュリーさんはわたしの考えを読んでくれたかのように答えを続ける。

「あの薬草は特別なもので、もともとこの時期には死滅しているの。あったとしても妖怪にとっては格好の餌だわ。次の時期を待つのが最善だと私は思うけど」
「だけど……! 間に合わないんです、それじゃあ!」

 思わずわたしは咆吼(ほうこう)のようなものが口からこぼれ出た。早くしないと子河童が死んでしまう。そう思ったら叫ばずにはいられなかった。

「……。そう、そうね。うん、なるほど。急だからこそ私を頼ったんだもの」
 わたしの怒声に一瞬、あっけにとられてしまったパチュリーさんは一回目をパチクリとさせて、気を取り直してたらしい。するとパチュリーさんはわたしに一つの提案をした。

「それなら向日葵(ひまわり)の花畑に住む妖怪、風見(かざみ) 幽香(ゆうか)を訪ねてみれば? あっちは植物のことに関しては本職だからあなたの力になれるんじゃないかしら?」

 風見幽香。幻想郷でも最強クラスと言われている妖怪の一人。フラワーマスターと人は
呼ぶ。確かにそちらのほうが可能性はありそうだ。

「わかりました、ありがとうございます。向日葵の花畑ですね」
「ええ。力になれなくてごめんなさい」
「いえ、風見幽香の情報だけでも教えてくれたことに感謝です。それでは失礼しました」

 わたしはお礼をいってヴアル魔法図書館を後にした。



 ★★★★★★★★★★



 紅魔館を出るため、帰り道をメイド長に案内されている最中。薄暗い廊下を歩きながら咲夜さんはわたしに語りかけてきた。

「……これは独り言ですが。メイドという仕事は世間的には完璧を求められています。すべての事を出来て当たり前、プロフェッショナルのメイドとして当たり前、と」
「はぁ」

 生返事。突然そんなことをいわれても対応に困ってしまう。だけど咲夜さんは困惑したわたしに構わず独り言を続ける。

「勿論私はメイド長として、自分のスキルは完璧だと自負していますが。けれど現状は、ここのお嬢様たちは私に完璧を求めていないのです」

 求められていないのなら。それではメイドとしての、自分の存在意義がないのではないか? わたしは今の発言にそんなことを思った。

「家族、というか。いてくれればいい、というか。世の中とはそんなものです。自分の目に見えない責任に気負うことはありません。誰かに必要とされている、それがわかっているのならそれでいいのです。仕事というものを公私混同して生きていくのは苦しいじゃないですか。……私はそう思っています」

 わたしはその言葉に何もいうことができなかった。まぁ独り言なのだからいちいち反応することもないのだけれど。仕事という責任を生きることに持ち込んでいないか? ということなら少なくともわたしは当てはまる……と思う。だがそれが何を意味するのか。
 今の私にはまったくわからなかった。

「では、メイドの独り言につきあってくれてありがとうございました。お疲れ様です。また何かありましたら紅魔館をお訪ねください」

 明るい外に出て、最後までクールに決まっているメイド長の顔をみてもわたしはさっきの独り言の答えを見つけることはできなかった。
 咲夜さんはいったい何がいいたかったのだろうか。
 そんなことを考えながらわたしは向日葵の花畑に向かった。



 ★★★★★★★★★★



 向日葵の花畑。そこは目が痛いほどの黄色で埋め尽くされていた。一面中向日葵。どの方角を見ても、永遠と続く向日葵。果てしない向日葵。そんな花のプールのような場所の中心に置かれたテーブルで彼女は紅茶を飲んでいた。

「風見……幽香さんですか?」

 わたしは恐る恐る声をかける。噂ではこの風見幽香という妖怪は凶暴だと聞いていたからだ。
 植物に精通しているということを体で表すかのような、草の葉のような緑色のショートヘアにチェックの服。そして机に立てかけられている傘が彼女のデフォルト。
 誰かがそういっていた。そんな外見の妖怪、風見幽香を見たら戦わずに逃げた方がいい、と。強さの次元が違うらしい。

「そうだけど、貴方は誰かしら? 私、紅茶を飲んでいるんだけど……」

 ちょっと怒ってらっっしゃる。だけど風祝として、ここで引いてたまるか。

「邪魔をしてしまってすいません。わたしは山の頂上にある洩矢神社の巫女、東風谷早苗です。今日は相談があってフラワーマスターと名高い幽香さんに会いに来たのですが」
「この花畑で相談事なんか無粋じゃなくて?」

 さっそく交渉決裂してしまった。風見幽香恐るべし。

「だけど緊急で……。失礼を承知でおねがいします」
「今日はいい向日葵日和。そうは思わないかしら巫女さん?」
「はぁ……」

 こっちは子河童のために急がなければいけないというのにいきなり訳のわからないことをいわれても困惑してしまう。だけど急がば回れ、ここで風見幽香の機嫌を損ねてはどうにもならないではないか。

「珍しく向日葵が人間を歓迎しているわ。貴方の事よ。滅多にない。今日はなんだか素敵な日」
「わたしを、歓迎ですか?」
「そう、向日葵は貴方を歓迎している。私はこの子達の為に、貴方の相談を聞いてあげるわ。今日は素敵な日だから。不思議なこともあるものね。この子達は妖精ですら拒むことがあるのに。人間を拒まないなんて」

 妖怪の考えることはわからない。わたしはつくづくそう思った。
 人間と異なるもの達の境界線。妖怪は人間と違って気まぐれなものである。常に自分への利益を考える人間と違って、どちらかというと奴らは自然の法則に近い。やはり人間と妖怪に限らず、異なるもの達がどこか相容れない部分があると思ってしまうのはわたしだけなのだろうか。

「ありがとうございます!」

 わたしはお礼をして、子河童に必要な薬草のことを風見幽香に話す。事態は一刻を争うのだということをしっかりと伝えた。
 わたしの説明を聞き終わった風見幽香は涼しい顔をして紅茶を飲んでいる。本当にわたしの説明が伝わったのだろうか。
 風見幽香は紅茶を飲み終わり、一息ついた。そして視線を真っ直ぐとわたしの方に向けると思わぬ事をいった。

「貴方は、何のために生きているのかしら?」
「え、えっ?」

 わたしは思わぬ質問に面食らって、言葉を詰まらせてしまう。
 何のために生きているのか?
 哲学的な質問だ。だけどわたしは『どうして人は生きて、死ぬのでしょうか?』のような漠然としたものと、この質問は同じようには捉えられなかった。わたしは何のために生きているのだろうか?
 それこそわたしは今まで背負った看板のため、風祝の、現代神の名を汚さぬために生きているだろう。それがわたしの指名だから。
 そんなわたしを見透かすかの如く、風見幽香はわたしに言葉を続けてきた。

「妖怪から見て人間は面白い。自らの本質を見抜けないのだから。あくまでも見栄を張ろうとする。その姿は立派だけれど、裏を返せばこれほど愚かなことはないわ」

 わたしの本質。東風谷早苗としての本質とは何なのだろうか。

「生きるって大変なこと。それは誰でも一緒だと私は思うわ。人も、魔女も、妖怪も、神様だって。不死だなんて巫山戯た人たちもいるけど、自身を持って生きるということに線なんてないわ。私は自分のため、花のために。ほどよくゆとりを持って生きている。貴方は何のために生きているのかしら……?」
「わたしは、東風谷の末裔として、生きている……?」

 わたしは思わず疑問系になってしまう。東風谷早苗は神を祀る東風谷家の末裔。現代神。その指名を背負って生きている。そう心に決めているはずなのに。どうしてそれが鈍ってしまうのか。幻想郷に来てからわたしの心にブレが生じている。

「……そう。貴方がそういうのならそれは正しいのかもしれない。ただ、もうちょっと視野を広げてみてはどうかしら。それこそ自分を客観的に見えるくらい。本質を覗けるくらい。貴方は何のために生きて、誰に必要とされているか。深く考える必要なんてない。幻想郷はそういうところよ」
「………………」

 返す言葉が出ない。思いつかない。わたしはわたしの事をわかっていない。ごもっともだ。自分を見つめ直す。それでも。もしそれでもわたしは。自分を見抜けなかったら?
 怖い。
 知ることが怖いのだ。無知が怖いのだ。気付くことが怖いのだ。
 もし何もわからなかったら? もし自分が誰にも必要とされてなかったら? もしわたしという定義に意味を成さないとしたら?
 わたしはあの屈辱の日、気がついてしまった。わたし自身がただの人間だということに。特別だったと思いこんでいたから、それを支えに生きていくことができた。
 しかしただの人間とは違うという自惚れは罪だった。
 特別でないわたしの、生きる意義とはいったい何か。そういう本質が見抜けないわたしには風見幽香へ返答することはできなかった。

「悩みなさい。足掻きなさい。精一杯尽くしなさい。人間には、貴方にはそれが出来るから。……そう向日葵達がいっているわ」

 悪あがけ、というのか。わたし自身を拒絶してしまったわたしにいったい何が出来るのだろうか。どうしてもそう思ってしまう。
「さて、本題は薬草の話だったわね。薬草のある場所はわからないの、ごめんなさい。だけど博麗神社。あそこなら何かしらあるんじゃないかしら。……この子達がそういっているわ」
「神社……ですか」

 博麗霊夢の住む神社。風見幽香はあの場所に行けば何かあるかもしれないという。正直全く気乗りがしない。だけど情報は今のところこれしかない。行くしかないのだ。

「わかりました。では、ティータイムを邪魔してしまい申し訳ありませんでした」

 わたしは風見幽香に一礼し、そして向日葵の花畑を後にした。
 結局ここにも薬草は無かった。やはりわたしはただの人間。そして無能な巫女なのだろうか。

『貴方は、何のために生きているのかしら?』

 その言葉の意味を噛みしめながらわたしは次の場所を目指す。

「……やっぱり人間はよくわからないわね。だから面白いのだけど」

 風見幽香は愚かな人間の一人の後ろ姿を見つめながら、そんな言葉をつぶやき、再びティータイムに戻るのだった。



 ★★★★★★★★★★



 そして博麗神社についたわたし。空に雲が出てきて天候が怪しくなってきたのは、今のわたしの気持ちを映し出したかのようだ。
 境内に周り神社の中を覗く。お茶を啜る紅白巫女の表情からは相変わらずの極道ぶりが窺(うかが)える。よくもまぁあんなに不機嫌そうにお茶を啜れるものだ。
 風見幽香は博麗神社に行けば何かある、と道を示してくれた。わたしにはここに何があるのかわからないが、とりあえず風見幽香の言葉を信じる事にしよう。

「…………すいません。霊夢さんは居ますか?」
「あ? 見てわかんない?」

 相変わらずのろくでなし具合。
 わたしはちょっと怖じ気づくがそうもいってられない。

「薬草について聞きたいんですが……」
「薬草?」
「河童の奇病に効く薬草を探して色々な所を回って、ここに来れば何かあるかも……って聞きました」
「…………」

 霊夢はしかめっ面でお茶を啜り、たった一言をわたしに告げる。

「薬草なんてないわよ」

 あっさりといってくれるものだ。そりゃ色々回ってまったく見つからない薬草が神社で見つかるなど虫のいい話だとも思う。

「心当たりとかもないでしょうか?」
「あるわけないじゃない。薬草の話なんて今初めて聞いたわよ」
「そうですか……」
「…………早苗。あなたちょっと疲れてない?」

 霊夢がわたしを心配そうに見ている。

「………………そんなわけないじゃないですか」

 不自然な間になってしまったがそう答える。間が出来たのは見透かされている気がしたからだ。

「……そう、それならいいんだけど」

 一言いって、またお茶を啜る霊夢。杞憂だったようだ。
 しかし霊夢は落ち着いたまなざしでわたしを見つめ、言葉を続けた。

「それにしても薬草だなんて……。早苗、あなた河童のためにどうしてそんなに頑張るの?」
「それは……神奈子様の、命令で」

 自分への最後のチャンス、だなんていえないわたし。

「はぁ。やっぱり東風谷ってそんなものなのね。結局自分じゃ訳もわからずに行動しているもの。あきれて物も言えないわ」
「なっ……!」

 突如浴びせられる屈辱的な言葉。その言葉を理解するまでに数秒かかるほどの突拍子もない出来事だった。言い返さないと。

「そんな、霊夢さん! どういうことですか!」
「ほら、またそうやってあたしに聞く。中身空なのね、この緑は。使えないパシリね」

 なんで急に喧嘩を吹っかけられているのだろう? わたしには状況が飲み込めなかった。

「結局早苗、あなたは何もわかってないカラッポの人形じゃない。まだ人形使いの人形のほうが使えるわね。…………そんな風じゃ疲れない、早苗?」
「なっ……余計なお世話です!」

 本当に余計なお世話だ。

「ハァ……」

 霊夢は意味深にため息をつき、そして言ってはならないことを言った。

「……だから。だからあなた、あたしに負けるのよ」
「――ッ!」

 わたしが最も気にしていること。タブーにこの紅白巫女は触れた。苦しくて、辛くて、逃げ出してしまいそうな心の傷。それにこの霊夢は触れた。
 何か言わないと。何か反論しないと心が壊れてしまいそうで。それほどまでに今の私の心は脆かったのだ。

「な、何……」
「もう一度言いましょうか? …………あなたはあたしに、負けたのよ」
「――――何があなたにわかるというんですかっ!」

 わたしは声を荒げてしまう。沸々と今まで溜まっていた負の感情が、火山の噴火によるマグマみたいにどんどん溢れてくる。

「あなた、わたしの、あなたになにがっ! わたしのなにがわかるというんですかっ! わたしは現人神じゃないといけなかった! それを否定したあなたに、なにが……なにがわかるというんです!」

 色々な想いがゴチャゴチャになって呂律が回らない。それでもわたしは必死に言葉を喉からひねり出す。
 悔しくて、たまらない。そんなわたしに霊夢はアッサリという。

「わからないわね」

 何がわからない、だ!
 わたしの総てを否定したくせに!
 わたしの総てを奪ったくせに!
 わたしの総てを終わらせたくせに!

「わからないのに、とやかくいわないでください!」
「……ええ、わからない。あなたのことなんて何もわからない。だからとやかくいってるの。自分のことすらわかってないあなたのことを、あたしが知っているわけないでしょう? 薬草探しだって結局見つからないわよ。河童は死んでしまう。だってあなたじゃ無理でしょうから」
「馬鹿にするのも……いい加減にしてください!」
「馬鹿にしようにも中身カラッポの人形に馬鹿だなんておこがましいわ」
「……くっ、なっ!」

 もはや言葉にならない。わたしの怒りは頂点に達したのだ。わたしをどん底まで落としたこの巫女は、さらにわたしを底の底まで突き落とすつもりなのだ。

「はっきりいうわ、早苗。あなたに薬草は見つけられない」
「…………ッ!」

 もう、ダメだ。わかっていたけど、壊れてしまう。
 そう思ったら、叫ばずにはいられなかった。

「――あぁぁぁぁっ! もうっっっ! 絶対に、見つけますっっっっ! 風祝にかけて!」

 そしてわたしは神社から逃げるように出て行った。絶対に、絶対に見つけるんだ。わたしの最後のチャンスなのだから。
 わたしが出て行った後、残された霊夢は大きなあくびをして、そして言う。

「……何もわかってないじゃないの」

 そんな言葉がわたしには届いているわけがなかった。



 ★★★★★★★★★★



 そしてわたしはあちこち幻想郷を駆け回って薬草を探した。
 山を、空を、地を、街を、森を。とにかく探していった。休みもなく、身体が悲鳴をあげていたが、それでも動いている間は何も考えなくてよかったから。
 わたしが特別な存在なら。神様だったら。薬草はみつかっていただろう。だが、見つからない。いつまでたっても見つからない。それはやはりわたしがただの人間だからだ。
 やがて辺りも暗くなり、闇夜に支配され、それでもがむしゃらに探し続けたわたしは見ず知らずの地で、とうとう身体のいうことが効かなくなる。
 何も見通せない場所で、ついに倒れ込むわたし。ここは何処なのだろう? 何もわからない。
 やはり、か。
 やはりわたしはただの人間で、何もない人形のようなものだからか。結局しょうもない人間。価値のない人間。
 わたしは、いらないんだ。
 だから地べたを這い蹲っているほうがお似合いなんだ。

「…………それは違う」

 もはや横たわり、顔もあげる気力もないほど体力も心も限界だったわたしにかけられた声。
 聞き覚えのある、低い女性の声。

「神奈子……様?」
「……ああ」

 何故こんなところに神奈子様がいるのだろうか。わたしにはもう何もわからない。

「早苗、どうして私いるって思っているだろう? 天狗から聞いたんだ。…………お前には辛い思いをさせてしまったね」

 しおらしい声で神奈子様は言う。わたしはもはや声を発することもできない。ただ、ひたすらに神奈子様の声に耳を傾ける。

「私はね、反省してるんだ。お前をこの幻想郷へ連れてきたばかりに辛い思いをさせてしまった。自分のためにも早苗のためにもよかれと思って来た幻想郷のせいで、お前を傷つけてしまった。お前のそんな姿、見ていられないんだよ……」
「や……やめてくだ、さい」

 わたしのために神奈子様が嫌な思いをしてほしくない。その一心で声を絞り出す。だけど神奈子様は言葉を続ける。

「薬草を探させたのも、早苗の気分転換になるかと思ったんだけど……。ゴメンね、早苗。早苗の気持ちも知らずに。まさか早苗がそこまで必死になると思わなくて……。本当にゴメンなさい、早苗」
「神奈子、様……」

 顔をあげることすら出来ないけど、声でわかってしまう。神奈子様は泣いている。
 わたしのせいで泣いている。

「ゴメン……、早苗……。ゴメンね……」
「神奈子様、わたしは……。わたしはいったいなんなのでしょうか……?」
「……早苗?」
「外の世界では、現人神とは名ばかりの何もない女の子で。幻想郷にきて、特別な存在だと思いこんでいたら……わたしを遙かにしのぐ人たちがいっぱいいて、結局わたしはここでも何もない女の子で。ただの、人間です。わたしはなんでしょうか? 東風谷とは、奇跡とは何だったのでしょうか……?」

 わたしは神奈子様に問う。
 十六夜咲夜の独り言。わたしは何に必要とされているのか。
 風見幽香の問い。わたしは何のために生きているのか?
 博麗霊夢の罵倒。わたしは何もわかってないのか?
 その答えはわたしにはわからないから。だからもっとも信じられる神奈子様になら答えがわかるのではと思ったから。
 そういった意味もこめてわたしは神奈子様に問う。
 わたしはいったいなんだというのか?
 しばらくの沈黙の後、ゆったりとした口調で神奈子様は答えた。

「早苗にとっての「早苗」はわたしにはわからない。けれど私にとっての「早苗」は家族だ。いや、家族以上の心から繋がりあえるものだと思う。信仰よりも、何よりも早苗が大切だ。現人神、神様だなんて所詮肩書きなんだ。東風谷もそう。それで早苗が苦しんでるなら肩書きなんて捨ててしまえばいい。……辛いなら私のもとから去っても、いいんだ」
「そんな……! 神奈子様から去るなんてそんなこと、するわけないじゃないですか!」
「ありがとう、早苗。気負ってたんだよお前は。縛られることないプレッシャーに縛られて。私は早苗を必要としている。いてくれればいい。私はそれでいいんだ」

 そして、わたしはここで初めて気がつく。答えがわかった気がした。
 わたしは言われたとおり気負いすぎていたんだ。
 小さい頃から血筋のせいで巫女の修行をしてきたわたしは、無駄に自分を苦しめて締め付けていたんだ。
 どこか期待していたんだろう。向上心とは違う、慢心した心でいたのだ。
 わたしは何のために神奈子様の巫女でいたか。風祝でいたか。現人神でいたか。
 それは紛れもない神奈子様のためだ。
 いつからかそれもわすれて自分が特別な人間だと勘違いしてしまった。
 自分自身が特別なんじゃない。神奈子様にとってわたしが特別なのだ。そしてわたしにとって神奈子様は特別だ。
 この人のためにわたしはがんばれるのだ。何も気負う必要なんてない。

「……アハハッ」

 気がついたから。
 わたしはつい笑いがこぼれてしまう。

「わ、私変なこといった? やっぱり私じゃ駄目……か?」
「違います。……わかったんです。全部、なにもかも。わたしはなにもわかってなかったって。フフ、幻想郷ってまだまだ奥が深いですね!」

 倒れ込んだ状態でわたしは笑う。簡単なことだったのだ。見えない責任に押しつぶされて、結局本質をわかってなかったしわかろうともしなかったのだ。。単純なことだった。それに気がつきわたしは重荷がなくなったこともあり笑う。

「……そうかい。早苗が元気になったなら、それでいいか。さぁ、帰るよ」

 わたしは神奈子様に背負ってもらう形になった。
 背中はとっても居心地が良くて、わたしの特等席だ。そんなことを考えながら。
 揺さぶられながらわたしの意識はフェードアウトする。


 ――わたしはただの人間だ。


 だけど、だけど…………。





3. ――わたしはただの人間だ。……だけど、結局それでもかまわない。



 洩矢神社の階段辺りで目を覚ましたわたしはあることを思い出す。

「あ……薬草…………」

 結局薬草は見つけられなかった。以前みたいな卑屈な考えにはならないけど、それでも落ち込む。

「ふむ……困ったねぇ」

 神奈子様も困ったらしくわたしを背負った状態で首をひねる。……どうすればいいんだろう。

「ったく、やっぱり何もわかってないじゃない」

 神社の前につくとそこには見覚えのある紅白巫女がいた。

「霊夢……」
「早苗。ああ、その顔つき、どうやら少しはわかったみたいね。人形よりはマシ」

 霊夢はあいかわらずの毒づきでわたしに話しかけてくる。そんな霊夢に当たり前の疑問をぶつける。

「どうしてここに?」
「ほらっ、うけとりなさい!」

 霊夢が急に放り投げた何かをわたしはキャッチする。つかんだものを見てみると草の束だった。

「幻想郷にはまだまだ早苗の知らないことが多く存在してて。スキマ妖怪なんてのもいるんだけど、そいつに頼んで……殴り合いの末に……手に入れといたわ。あ、感謝なんてしないでいいから。まぁわたしも……早苗が何もわかってないのにイラッときたからって……つい言い過ぎたから。賽銭で許してあげる」
「ありがとう、霊夢……」
「ハッ、だからお礼をいうくらいなら今度うちの神社に賽銭いれてからにしてほしいわ。じゃあ用事は済んだから行くわね」

 そう言い残して霊夢は空を飛んでいってしまう。それと同時にやはり霊夢にすべて見透かされていたんだ、と情けなくなる。

「よかったね、早苗。これで河童らも安心だ」
「そうですね、神奈子様。……ありがとうございます」

 問題も解決し、安堵した空気が流れる。これで河童も助かるし、わたし自身も……やっと見失っていた自分を取り戻すことが出来た。すべてはハッピーエンドだ。
 あ、そうだ。わたしは……神奈子様に謝らないといけない。

「神奈子様」
「ん、なんだい早苗?」
「わたし、今まで自分のことを物語の主人公のような存在だと思いこんでました。だけどそれは違って……。わたしも、神奈子様も、紅白巫女も、魔女も、メイドも、門番も、妖怪も、河童も。それぞれがみんなただのちっぽけな存在だって気がつきました」
「…………」

 神奈子様はわたしを背負った状態のまま、何も言うこともなく聞いている。

「ちっぽけな存在だけど……それは各々が特別な存在で。一人一人が物語の主人公だからこそ、結局端から見たらちっぽけな存在と変わらないんです。そんなちっぽけなわたしを神奈子様が必要としてくれるから、誰かが必要としてくれるから。わたしはまだまだ頑張れます。わたしは天狗になってました。神奈子様、心配かけてごめんなさい」

 わたしは心のままに口にした。わたしのいっていることは間違ってるのかもしれない。結局前と変わってないのかもしれない。それでも、神奈子様にわたしの言葉を聞いて欲しかった。

「早苗」

 神奈子様はわたしを背中から降ろすと、目の前にわたしを立たせた。
 そして笑顔をつくり、うんうんと顔を縦に振る。
 いつもの、神奈子様の優しい癖。
 そして神奈子様はわたしの頭を撫でて、言った。

「成長したね、早苗。やっぱりこの幻想郷に来たのは正解だったのかもね。悲しいけど人間はわたしたちと違って、限られた時間が決まっている。その限られた時間内にぶつかった問題、悩みに精一杯ぶつかって、足掻いていくことが大切なんだ。早苗が自分で答えを出してくれたことがわたしは嬉しいんだ」
「神奈子様……」
「……さ、帰るよ。神社の目の前で話してても仕方ないからね。どうやらあのカエルがお腹を空かしているらしい。今日はお粥(かゆ)だ、神の粥。美味しいぞ」
「えーまたお粥ですかー」
「なんだい、お粥は胃に腸に優しい万能料理だよ! あんなに優れたものはないんだ」
「ふふっ。冗談ですよ神奈子様」

 二人でそんなたわいもないことを話しながら。
 笑いながら神社の中に消えていく。
 この幻想郷にきてわたしは成長した、らしい。
 辛い思いばかりだったけど、これから楽しい思い出をこの世界で紡いでいけばいい。
 わたしは今、初めて幻想入りしたのだ。
 そしてわたしは今なら言える。……わたしを必要としてくれる人がいるから。




 ――わたしはただの人間だ。……だけど、結局それでもかまわない。



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