ジグソーピース



 河童だってそりゃあ考える。
 悩んだりもする。想ったりもする。頭の中が雑多なおもちゃ箱みたいに色々な思考が脳味噌に散らばってるんだ。
 だけれども、それでも心の中は空っぽなんだ。ポッカリと穴が空いた、というよりは一つだけはまってないジグソーのようにピースが足りてない感じ。そこにあるべきものがないんだ。
 こんなにも脳内がうるさいのに隙間は埋まらない。
 でも結局、時間は激流と一緒で止まることなく無常に過ぎていく。だから心のむなしさなんてものはささいな問題で生きていくのに精一杯。それは人間だって河童だって一緒さ。
 あくせくと日々を過ごして、過ごして、過ごして。
 面白くもつまらなくもある時間をなんとなく繰り返し繰り返しで。
 それのどこが悪いのかっていわれたら何も悪くない。これが当たり前なんだもの。生きるってそういうものじゃないか。
 でも。
 それでも。
 それでもわたしは欲張りなんだろうか、求めてしまう。刺激ってやつを。とびっきりの刺激を。退屈にツバを吐きかけるような刺激を。
 わたしだけじゃ、私にはないジグソーピースが欲しいんだってこと。平凡の二文字が大嫌いな私だから。臆病で、傲慢で、そして変わり者の私だから。
 わたしに足りないジグソーピースで心の図画を完成させたい。
 そこに描かれた作品にはいったい何が映ってるんだろうか。少なくとも悪いものじゃないだろう。きっとワクワクがつまってる。
 きっと、そんな気がするんだ。



 歯車は回る。
「魔理沙、そっちの紐をひっぱってよ」
「ん。こんな感じか」
「そうそう……。これでよし、と」
 歯車はキリキリと回り、それにかみ合った歯車が連鎖でまた回っていく。
 その音がここ、魔法の森の野外に響く。
「にとり、これはいったいなんなんだ?」
「えーっと。これは花火を打ち上げる機械」
「花火?」
 目の前で魔理沙はきょとんとした顔をしている。
「そう。どでかい花火だ。ドーンって感じに」
「ドーン、か。ハハッ、凄そうだな」
 歯車の連鎖でその一軒家ほどのサイズがある巨大な機械装置がうなりをあげる。轟音をたてていたるところから生えたパイプから蒸気を噴き出している。その見た目からは花火を打ち上げるものとは思えないほどごちゃごちゃしている。
「なんか物騒な動作だな……。河童の科学ってのは私みたいな魔法使いには理解できないね。スケールが違う」
「そんなことないよ。だってこの機械の動力は魔法の持つエネルギーだからね。それに花火も火薬で出来たものじゃなくて魔法の力で出来たものだよ」
「魔法? 機械なのに?」
「単純なことだよ。機械にしかできないこと、魔法にしかできないこと。それぞれを補うにはお互いが力をあわせればいい。どこぞのヤタガラスだってそうだろう? 地獄烏が核を飲み込んだからこそあれほどの力が引き出せたんだよ」
「河童が魔法を使えるのか?」
「あぁ、それは人形使いに協力してもらったんだ。わたしはあくまでもメカニックだから」
「アリスか。あいつがよく協力してくれたな……」
 魔理沙は会話をしながらも機械の動きから目を離さない。
 花火を打ち上げる機械装置はやがて、徐々に動きが小さくなり動作を止める。
「にとり、動かなくなったぞ?」
「ああ、これからがお楽しみだよ」
 突然、機械が閃光を放つ。
 そして放ったかと思うと、次の瞬間夜空に鮮やかな花火がうち上がった。
「おお……!」
「どうだい。魔法のエネルギーと河童の科学力は?」
「見事なもんだな。いやいや、ここまでのものだとは思わなかった」
 魔理沙は手拍子でにとりに拍手を送る。
「ば、ばか。こんなのお茶の子さいさいだよ! 河城にとりを舐めちゃいけないよ!」
 にとりは急に顔を赤らめて魔理沙から目をそらした。照れる、というよりも恥ずかしいという気持ちの方が強い。目をそらして照れ隠しした。
「それでだ。にとり、なんでお前はこの機械を作ったんだ?」
「あ、それはね。山の神に頼まれたんだよ」
「神? あぁ、洩矢神社の連中か。あいつらは相変わらず変わったことを思いつくな」
「そうなんだよね。急に頼まれちゃってさ……」



「神奈子様、にとりさんが来ました!」
「来たかい? わざわざ神社まで出向いて貰ってすまないね。まぁ呼んだのは私なんだけどさ」
 洩矢神社。
 山の頂上にそびえるこの神社に河城にとりは呼び出された。勿論目の前の神様、八坂 神奈子にだ。
「神様がいったいわたしに何の用?」
「ははっ。まぁそう慌てるな。本日呼んだのはね、早苗、説明を」
「はいっ!」
 神奈子は早苗に指示を出す。すると早苗は物陰からなにやら絵が描かれたホワイトボードを持ってきた。おそらくこのホワイトボードは外界から持ってきたものだろう。
「えーっと。この絵は……説明図みたいだけど、何が描いてあるかわからないよ」
「そうです! わたし、東風谷早苗が書かせていただきました!」
「……早苗はあんまり絵が上手くないからね。すまないね」
「神奈子様ひどい!」
 そんな何気ないやりとりをしながら早苗はペンで文字を書き足す。

【洩矢神社主催☆信仰還元花火祭り!】

「はなび……たいかい?」
「早苗、説明」
「はい。要するにこの下にいる人たちが妖怪や人間の皆さんですよ」
 そういって早苗は下のほうに描かれた産業廃棄物のカタマリみたいな集団を指さす。
「どうみてもゴミ溜めなんだけどそれ……」
「早苗は絵が下手だからねぇ……」
「と、とにかく! このみんなが普段信仰をしてくれるから洩矢神社は成り立っているわけです。今回はその恩返しってことでお祭りを開催しようと思いまして」
「そこでにとり、お前さんの出番だ」
「わたし?」
 神奈子がニヤリと笑みを見せると、神奈子自らホワイトボードに大きく花火を描く。早苗と違いかなりの綺麗さだ。
「やっぱり祭りといえば花火だからね。打ち上げるんだよ、ドーンと夜空に。それはもう鮮やかなものをさ」
「で、今回は河童一のエンジニアであるにとりさんに花火の制作と打ち上げを担当してもらおうかとお呼びした次第でございます」
「なるほどぉ……」
 にとりは素っ頓狂な声をあげた。自分に自信がないわけではなく突然こんなことをいわれてもとまどってしまう。それに火薬を扱ったことがほとんどない自分にそんなことが出来るのだろうか? と考えてしまう。
「なぁに。にとり、あんたなら出来るさ」
「出来ます!」
「どこからその自信はくるの……?」
「神奈子様が出来るっていってますから!」
「出来る出来る!」
 神奈子は威勢良く言い張った。さすが信仰集めのプロ、根拠のない発言はお得意様だ。
「……んー。でもわたし、機械なら作れるけど花火なんてできるかわからないし」
「なぁに、何も本物の火薬で出来た花火じゃなくてもいいんだ。夜空に花を咲かせれば」
「そんな無茶な……」
 にとりは神奈子の無茶苦茶な要求に頭を悩ませてしまう。火薬を使わない花火。そんなことが可能なのか。
「神奈子様素敵です! 火薬を使わない花火! 魔法みたいな発想! さすが神奈子様!」
「ハッハッハッ! そんなに褒めるんじゃないよ、早苗は可愛いねぇ」
「あ、やです。神奈子様くすぐったいですぅ。アハハハ」
 この脳天気どもめ……。
 イチャつく二人をみてにとりはそう思った。この二人は幸せそうでうらやましくなる。。
「……あ、でも。そうか魔法……」
 にとりは何かハッとした顔をして突然考えこむ。
「ど、どうしたんですかにとりさん」
「魔法……。そう、魔法! 出来る! これなら出来るよ!」
「ほう。期待してよさそうだね」
「河童のにとりにドーンと任せてよ! ドーンと打ち上げるから!」



「……まぁ、そんな感じで洩矢の奴らに頼まれちゃって。それでこんな機械を作ったわけだよ」
「へー。立派なもの作ったな。それにしても信仰還元とは、あいつららしい発想だな」
「あ、でも還元の他に「お祭りや花火でさらなる信仰ゲット!」とか考えてるみたいだよ?」
「ははっ、ますますあいつららしいな」
 そういって魔理沙は笑い飛ばす。
「で、お祭りってのはいつなんだ?」
「明日の夜、妖怪の山でやるよ! 綺麗な花火を打ち上げるから暇だったら、その、見に来てね」
「あぁ。見届けてやるぜ。それじゃあな」
 そういうと魔理沙はホウキに乗って夜空へと消えていった。
「……よし。最後の調整頑張ろう」
 にとりは腕まくりをして自分の頬を叩き気合いをいれる。
 そして響く作業音と共に夜は更けていった。



 当日の夜、妖怪の山。そこにある広場では様々な出し物が行われていた。
「毎度おなじみわたあめは如何ですかー」
 妖怪の山の住人がお祭りのために屋台で商売をしていたりもする。
「あっ、わたあめ! レティ、あたいわたあめほしい!」
「もうチルノったら。おかしばかり食べて、仕方ないわね。店員さんわたあめ一つくださいな」
「あいよ」
 そういうと妖怪は器用に河童製のわたあめ器で棒にわたあめを巻いていく。
「お嬢ちゃんどうぞ」
「わたあめ!」
 チルノは妖怪からわたあめを貰うと一心不乱にわたあめをほおばる。まるでハムスターのように口いっぱいして頬をわたあめでふくらませる。
「チルノ、食べ過ぎよ!」
「んー!」
 わたあめのせいでしゃべれなくなったチルノは精一杯うなずく。反省はしていないらしい。
「今日はお祭りの最後に花火があるんだからお腹いっぱいになって眠くなっちゃ駄目よ?」
「んー!」
 相変わらずチルノは笑顔でうなずく。わたあめがおいしくて嬉しいのだろう。
「ほら、口元にわたあめついてるわよ」
「んー!」
 祭りの喚声が響く。
 そしてこの場所にいる誰もが笑顔を絶やさなかった。



 広場のはずれ。中心に大きな機械がそびえている。
「さてと……。いよいよわたしの出番かな」
 にとりは花火を打ち上げる機械の整備をしながら遠くから聞こえてくる祭り囃子を楽しんでいた。
 ここに居る人たちが花火を楽しみにしている。
「お前さ、綺麗な花を咲かせてよね」
 機械にそうつぶやく。
 そしてあたりの音がだんだん小さくなっていき、妖怪の山から明かりが消えた。
「合図だ」
 ついに花火を打ち上げるときが来た。あたりに緊張が走る。
 練習ではバッチリだった。今回も上手くいくはずだ。
「よし、打ち上げるぞ。……3、2、1、0!」
 にとりは紐を引っ張る。
 キリキリキリキリ。
 歯車は回る。
「いよいよだ……!」
 にとりは機械の動きを固唾を呑んで見守る。
 しかし。
「…………えっ、なんで? どうして!」
 キリキリキリ……………………。
 歯車はゆっくりと速度を落とし、その動きを止めてしまった。そして機械そのものは動作を停止してしまった。
「そんなっ」
 にとりは急いで機械のほうへ駆け寄ってトラブルの原因を探る。
「どうして……!」
 トラブルの原因がわかった。魔法のエネルギーがなくなっている。おそらく機械の故障でエネルギーが漏れてしまったんだろう。
「そんな! これじゃ花火が打ち上がらない! どうして!」
 にとりはあわてふためいて機械を叩く。しかし機械はウンともスンともいわない。
 遠くのほうからざわめきが聞こえてきた。
『花火は……?』
『打ち上がんねーぞ!』
『なーんだ……。花火は上がらないのか……』
 そういった声がにとりの耳に入ってくる。だが、どうしようもない。いくら頑張っても魔法のことは専門外のにとりにはどうしようもない。
「…………詰み、かな」
 にとりは全身の力が抜けてヒザをついてしまう。
「洩矢の人たちにはあとで謝ろう……」
 なすすべがなくなってしまい完全ににとりは諦めてしまった。
 ――その時だった。
「……真打ちは遅れて登場するものだぜ?」
 背後から凛とした声が聞こえる。
 にとりが振り返ると白黒の魔女が、そこにいた。
「ま、魔理沙……」
「どうしたんだにとり。広場の連中が騒いでるぜ」
「……魔理沙ぁ!」
「わっ! な、泣くなって!」
 にとりは魔理沙の顔を見て安心した。すると思わず涙が出てしまった。魔理沙は慌てるばかりである。
「泣くのはまだ早いんじゃないか? 花火を打ち上げよう」
「ん……。う、うん! そうだよね」
 服の袖で顔を拭いてにとりは再び機械と向き合う。
「魔理沙、本当にいいところに来てくれた。魔法の力が必要だったんだ」
「私はなんたって魔法使いだからな」
「機械に足りないのは魔法のエネルギーなんだ。だから魔理沙」
「うん?」
「アレを。マスタースパークを機械にぶち込んでくれない?」
 にとりはそういって親指をつきたて機械のほうを指す。
「そ、そんなことして機械は平気なのか?」
「さぁね」
「さぁね、ってにとりお前」
「どうせならでっかい花火を打ち上げようじゃないか。魔理沙の力とわたしのテクノロジーでさ。だいたい人形使いの魔力と魔理沙の魔力じゃ勝手が違うんだ。方法はそれしかない」
「……わかった。どうなっても知らないからな!」
 魔理沙は覚悟を決めたようにうなずく。にとりもそれに返してうなずく。お互い決心した。あとは魔法を、とびっきりのマスタースパークを打ち込むだけだ。
「にとり、準備はいいか?」
「オッケーだよ!」
 にとりに確認を取ると魔理沙は自前の八卦路を前に構える。
 ――そして、吠える!

「いくぜっ! これが私のっ! とびっきりのぉっ! 恋譜・マスタースパークッッッッッ!」

 魔理沙の持っている八卦路から全身全霊の恋色の魔法が発射される。あたりの木々が騒ぎだし地面も揺らぐ。
 マスタースパークは一直線に機械に向かって突き進み、そして衝突する。
「当たった!」
 にとりがそう叫んだ瞬間に機械の歯車は再び回り出し再起動する。
 蒸気が吹き出し、急ピッチで機械が花火を打ち上げる体勢に入る。
「上がれっ! 上がれっ! 上がれっ!」
 にとりは拳を力一杯握りしめて喉が枯れんばかりにそう叫ぶ。
「まだまだっ! 私の魔法はっ、こんなもんじゃないぜぇッ!」
 魔理沙はますます八卦路に魔法力を込めてマスタースパークのパワーを強める。それも極限までに。
「上がれっ! 上がれっ! 上がれっ! 上がれっ! 上がれぇーッッッッッ!」
 にとりが咆吼をあげた次の瞬間だった。
「あっ……!」



「レティー? 花火あがらないね。あたいなんだかねむくなってきちゃった……」
「どうしたのかしら……」
祭り会場。暗転してしばらくたつが打ち上がらない花火に観客たちはざわついていた。
「今日は中止かしらね……?」
「えっ、そんなのやだー!」
「ワガママいわないの。わたあめ食べたんだからいいでしょ?」
「あたい花火もみたい!」
 チルノはだだをこねる。そんなチルノにレティは困り顔で必死になだめつけようとした。
 その時だった。
「あー! 花火! 花火だよレティ! きれい! すごい!」
「えっ、あ! 本当! 見事な花火ね! 綺麗……。まるで星空のよう」
「すごい! はなび、すごい! あたい、かんどうした!」
 会場中の人々はその花火の鮮やかさに心奪われ喚声を上げた。
 それほど花火は人の心をつかむほど見事だった。



「上がった……!」
「上がったんだぜ……!」

「「上がったーっ!」」

 おもわずにとりと魔理沙は抱き合って互いを祝福しあった。
 花火が上がった。そしてその花火は今までの何十倍も何百倍も見事で鮮やかな花火だった。
「すごい。機械がフル稼働してるよ。どんどん花火が打ち上がってる」
「そりゃあな。なんたって私のマスタースパークだからな」
「へへっ、さすがだね魔理沙。……ありがとう」
 感謝して深く魔理沙に対しにとりは頭を下げる。
「ん、別にいいぜ。私とにとりの仲じゃないか」
「魔理沙……」
「それにしてもドーンとあがったな。凄いぜ、夜空にキラキラした星がいっぱいだ」
「星だなんて。まるで魔理沙みたいだね」
「ハハッ、違いないな」
 そういって二人はお互いの顔を見合わせて笑いあう。
 花火の明かりは二人を照らす。
 そして照らされた二人の笑顔は花火よりもキラキラと輝いていた。



 河童だってそりゃあ考える。
 色々と考えて、それでも答えが出なくて。世の中ってのはそんなことばっかり。
 だけど一人じゃ見つからない答えも誰かがいたら見つかるのかもしれない。だって生きるってのは人と人との支え合いだから。
 結局わたしに足りないジグソーピース、それはわたしの中にはなかったんだ。当たり前だ。だって他の人が持ってたんだから。
 ドキドキするようなことも一人だと意味がない。誰かがいて、共有できてこそそこに刺激ってものが生まれるんだ。
 完成した心の図画に描かれていたもの。それはまるで星空のようなワクワクだった。そしてそのワクワクは大変居心地がいいもので、これからもわたしの生き方はそういった図画を少しづつ完成させて集めていくようなものになるだろう。
 とても楽しそうだ。
 なんとなく時を過ごす。それが嫌なわたしだけど誰かのために頑張れれば、誰かと一緒なら楽しいしまだまだ人生やりがいってのがあるってわかったんだ。
 わたしが。
 わたし以外の誰かが。
 みんなが、つまらないと嘆くならその時は心のジグソーピースが足りないってことだ。それを探すことから始めたら、きっとまだまだ頑張れるさ。
 恋色の花火、星空みたいな輝いた日常がきっと待ってる。わたしはそう思う。
 きっと、そんな気がするんだ。



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