ファッキュー誠心誠意


 月から逃げたっていうのはとても臆病で辛いことだ。
 記憶から、罪の意識からは逃げられない。わかってる。だけど逃げることは許されない。鈴仙・優曇華院・イナバとして私は一生恥をこの身で晒さなければいけないのだ。

「優曇華、あなたは罪の意識から逃げていいの」
「ですが姫様」

 姫様、蓬莱山輝夜は私に逃げ場を与えてくれる。だが、私自身の罪の意識や欺瞞がそうはさせてくれない。
 呪いのようなものだ。地獄はここにある。
 沢山のモノを裏切り、捨てて、紆余曲折あって。この地に着いたときはすでに汚れきっていた。トラウマとも別の、酷くまとわりつく悪夢。
 どうすれば許されるのか。
 どうすれば解放されるのか。
 どうすれば終わるのか。
 私は考えた。でも、駄目だ。どんなに考えても考えても私の罪は消えない。脳裏に灼き付いた幻覚のような惨劇が心を壊す。
 死ねば許されるのか。それすらも許されない。
 じゃあ、誠心誠意。
 誠心誠意、償えば許されるのか。
 償いを、誠心誠意、償いを。

「誠心誠意なんてウサギにでも喰わせておけばいいじゃない」

 ある時、姫様はそう言った。

「ですが姫様」

 許されたい、誠心誠意なんていらない。だけど許されない。
 この苦悩、悩ましい、煩悩。

「なら溺れてしまえばいいじゃない」

 姫様は私を目の前にして言う。
 溺れてしまえ、何に。

「誠心誠意の裏側に、溺れてしまえばいいじゃない」
「裏側ですか」
「ほら、永琳の薬」

 二錠の薬を差し出される。飴玉にも似た黄金色の薬が二錠。
 一錠は姫様が飲み込んだ。そして私にはもう一錠が手渡された。
 これで、これで溺れることが出来る。誠心誠意反省することなく、溺れてしまって逃避すればいい。それがわからなくなるほどに。

「溺れなさい」

 姫様の凍てつく口調に押され、私は薬を飲み込んだ。
 そして暗転。
 視界が復活したときはすでに何かが違っていた。

「誠心誠意の向こう側へようこそ」

 目の前には姫様、輝夜様。雅な黒髪が美しい。
 だが、何かの違和感。私と同じ、何かが違う。
 姫様、女性のはず。
 しかし目の前にいたのは男性。美しく凛々しい殿方。
 されど姫様、輝夜様であることは明白だ。面影を残し男性となっている。
 そして私も自分の身体に手を当てる。

「私は……」
「知ってるかしら、溺れることは素晴らしきこと。溺れるためには本能に身を任せるしかないの」
「それと何の関係が」
「本能……食欲、睡眠欲、そして性欲。性欲に溺れることこそあなたの向こう側。ウサギの発情死」
「向こう側……」
「優曇華、性欲の果てにあるのは何だと思う?」
「…………わかりません」
「男色、よ」

 私の輪郭に手を当て、口元を同じく己の口元に寄せ、軽い接吻を果たす。
 彼女、いや彼の唇は男性とは思えないほど艶やかで、身が震える。
 背徳感。

「溺れなさい優曇華。私があなたに出来る唯一の逃げ場」
「男色に、溺れ」
「誠心誠意の向こう側に溺れる」
「罪の意識も忘れ」
「いずれはあなたが何か自覚すら出来なくなるまで溺れなさい」
「それは狂うということでは」
「狂いなさい」

 狂う。私は狂えば許されるのか。
 いや、もう狂っていたのか。逃避、逃避、逃避。これが狂った生物の所行でないとは言えないじゃないか。
 男色に溺れる、私の誠心誠意のなれの果て。
 素晴らしいじゃないか。惨めで、愚かで、気高くて。
 自分の身体を見る。
 この胸元の硬さ、股間部分の違和感、動き、声、心。
 女性にはまったくない《力》のパラメーター。
 溺れてしまおう。何も考えず。

「私に身をゆだねなさい、きっと逃がしてあげるから」

 姫様に、この身体を委ねてしまおう。
 逃がしてくれるのなら、依存してしまおう。それが私の誠心誠意。

「ほら、触って」
「熱い……」

 姫様の性器を直に触れる。熱を帯びたそれは私の手に収まると脈打つ。
 私が姫様に触れると、姫様も私の陰茎に手を触れる。
 お互いがお互いの物を握り、相互に扱いていく。身体は寄せ合う。
 汗ばむ身体が密着し、そこで初めて感触に相互が男だと気がつかされる。
 女性の身体のときにはなかった、力強い混沌の交わり。
 脳が軋み淀み帯びるような身の堕落。性欲の満たし。
 ましてや相手が姫様だと想うとそれだけでより興奮が神経を蘇らせる。
 息が出来なくなるようなスキンシップの応酬。
 気がつくと私は姫様の手に射精していた。初めての射精はあっけないものだった。
 姫様のゴツゴツとした手で絞り出されるように精を放出した。だが、知らずのうちに頂点まで上り詰めたため快楽はあまりない。
 しかし心は燃え上がる。快楽物質がきっと脳内へ散らばっているのだろう。

「ほら、男色しましょう」
「私は……私は……」

 一線が踏み出せない。
 壊れる勇気がない。

「優曇華、あなたは優しすぎる」
「私の、優しさ……」
「誰に向かって誠心誠意を見せつけたいのかしら」
「わ、私は……」
「いい? あなたは逃げた。その事実は変わらない」
「はい」
「だから、いくら誠心誠意を見せたからって意味がないの」
「…………」
「見せる相手は、すでにあなたの範疇の外」
「私……は……」
「だったら、あなたが誠心誠意を見せて贖罪したい奴らに中指立てて言ってやりなさい」
「…………っ」
「中指立てて『ファッキュー誠心誠意』ってね。私が許可するから。他ならぬ私が、ね」
「……中指立てて」

 ファッキュー。

「ファックな世の中、お前にもファック。そして誠心誠意なんていう自分を苦しめるだけの過去にも、ファック。ファッキュー」

 どうしようもない私の逃げた思い出に。

「溺れましょう、優曇華。あなたは男として犯してやればいいの。そんなあなたを私がファック、犯してあげるから」

 私が両足を蛙のように広げて尻穴を姫様に向けると、穴にそって姫様の舌が這う。
 ヌルヌルとした舌先が尻穴に入ると、自分の陰茎が勝手に飛び上がる。
 しばらくして潤滑が行き渡ると姫様は己の怒張したイチモツを私の菊門に突き立てた。

「この薬を飲んで」

 姫様は私を押し倒したままの姿勢で横にあった衣服の中からもう一錠の薬を出す。
 さきほどの飴玉とは違い、濁った色をしている。

「これを飲んで、私を受け入れ飲み込めば、あなたは一気に溺れてしまう」
「薬を……飲む」
「溺れて、あなたがあなたでなくなるほどに、さようならをするの」

 さようなら。
 私は私から逃げる。最高で最大の逃避。溺れてしまったウサギに待つのは男色の先の桃源郷。
 肉欲に支配され、男であることを当たり前のように、女という忌々しい過去からも、思い出という恐ろしい過去からも、優曇華という意識の過去からも、さようなら。
 逃げたウサギの末路。

「姫様は、酷いお人です」
「だってあなたを逃がしたいから」

 私は全てを姫様に捧げ、濁りに濁った飴玉を飲みこんでやった。

「さようならですね」
「私は不老不死だから、きっとまたどこかで巡り会える。だってウサギは逃げ切ってしまうのだから」
「……さようならからも逃げ切ったら、私は男でしょうか。それとも姫様は男でしょうか」
「どちらでもいいじゃない。私はきっと誠心誠意あなたに尽くさないから」

 薬が回ってきたのだろう。
 私が私でなくなるのだろう。
 意識と逃避の闇の闇。
 身体の神経が過敏になり、目が焦点を合わせられなくなり、心が解け、脳が死ぬ。
 どうしようもない私に姫様が用意してくれたどうしようもない逃げ場。

「それじゃあ、優曇華。誠心誠意のさようなら」

 姫様が肉樹を私の蕾に沈めていく。
 過剰な神経の感覚が全てを壊す。これが一番奥まで行ったら、私は終わるだろう。
 これが、最後の思考。
 私は姫様を飲み込みながら、中指を突き立てて言ってやった。

「ファッキュー誠心誠意」

 さようなら、また会う日まで、誠心誠意。
 逃げ場をなくしたウサギが一匹。



《了》

【戻る】