地獄の太陽




 ねえカミサマ、カミサマは何をくれるの?

 チカラさ。ナニモノにも負けない強いチカラ。このエネルギーを利用して技術革命を起こし、ゆくゆくは……

 チカラがあれば、サトリサマの役にも立てるかな?

 うん? もちろんだとも。

 ミンナとも、もっと仲良くなれるかな?

 そうさ。このチカラは、きっと地底と地上を結ぶ架け橋になるだろうさ。

 だったら、私欲しい。ナニモノにも負けないチカラが。ミンナを笑顔に出来るチカラが。



 ここは、地底都市の最深部。灼熱地獄跡。
 例えば炎熱地獄というものを思い浮かべれば、この光景を想像できるだろう。大気は人間が吸って長く生きられるものではない。硝煙か陽炎かも分からないほどの濃淡な熱気が視界を汚染し、こべりついた肉の腐臭が絶えることなく吐き出されている。
 今はあまり使われなくなった地獄だが、何百何千年と葬られてきた命の亡骸が未だに息づき、酷たらしさを失わせることはない。むしろこの間の騒動でもたらされた破壊の跡が、より凄惨さを際立たせていた。
 それでも、これ以下はない。これ以上の以下はない。地獄鴉は博麗に羽をむしり取られ、再び飛び立つことはない。幻想郷を生きる上で誰に逆らってはいけないのか学んだのだから、再び侵略しようなどとは考えないだろう……誰もがそう思っていた。

 だが霊烏路空は諦めてなどいなかった。

 煤に汚れた白い服。腰まで届くほどの長い黒髪に結わいたスカートと同じ色の大きなリボン。左腕から生えた『第三の足』。深い闇より更に深い漆黒の翼。
 彼女は再び地上を征服することを企んでいた。そもそも空の頭の中から博麗に負けたことなど消え去っていたのだから。
 あれは先手を打たれたから負けたんだ。奴らは卑怯だ。チカラでは負けていない。今度はこっちから行こう。地上をこのチカラで消し炭にしてやるのだ。ハクレイも炭にしてしまえばいいのだ。もう誰にも邪魔させない。
 灼熱地獄の中心で、静かに、高らかに笑っていた。これから見られるであろう光景に。ナニモノにも負けないチカラを持っている自分の強大さに。
 一人で、愚かに笑っていた。今この場には止めてくれる友達もいない。たしなめてくれる主人もいない。哀れな、だが最強な鴉は、自分の力に酔い痴れていた。
 炎の渦巻く地獄。喉を、肺を焼き尽くす地獄。
 何人たりとも入ってはこれない本当の地獄。
「おい、空」
 ただし、神はその限りではない。
 彼女の前に姿を現したのは八坂神奈子。霊烏路空に力を与えた者。地霊殿の事件の発端である張本人。
 赤い服の胸元に携えた鏡が空の姿を映している。それよりも尚存在感のある注連縄を背中に掲げ、熱悩に靡く紫の髪が彼女自身の高貴さを表していた。
 初め、空は突然現れたその人物が誰か分からなかった。大事なのは『チカラ』であり、『チカラ』を与えてくれた人物のことなどどうでも良かったからだ。ただその偉そうな物言いと、チカラを持ったが故に分かる相手の力量が、空の記憶を呼び覚ますに至った。
「なんだ、カミサマか」
 だがそれでも、空は神奈子に媚びへつらうなどということはしなかった。
「今更何のようだい? それよりあんたが与えてくれたチカラは凄いよ! 今まで燃せなかった物も何でも消しちゃえるんだ!」
「――それで世界征服しようとした、と」
 空のひたすらゴキゲンな言葉など意に介さず、捨てるように言った。
 むっ、と空はあからさまに不機嫌になった。買って貰ったおもちゃで楽しんでいた所を親に「かたづけなさい」と叱られたかのように。
「だって、せっかくチカラを手に入れたんだ。使わなかったら勿体ないじゃんか」
「大きな力にはそれなりの分別が必要になる。いつでも使って良い物じゃない。使い時ってものを見定めなければ――チカラに飲み込まれるぞ」
 空はその言葉を笑った。臆病者を嘲るように。
「まあ、今回の件は私に問題があるしな。お前は素質は充分だったが知恵が足りなかった。そんなお前にチカラを渡してしまったせいで博麗やスキマからは怒られることになるし、早苗まで……いや、これは関係ないか」
 ぽりぽりと頭を掻いた。そして、さも当然のことのように告げた。
「で、だ。そのチカラ、やっぱり返せ」
「……はぁ?」
 訝しがる空。だがそんな空の反応などおかまいなしに、神奈子は言葉を続けた。
「こんなことになった以上、お前にそのチカラを与えてやるわけにはいかない。まあ何も命まで取ろうってわけじゃない。お前の三本の足さえ渡してくれればそれで――」
「嫌だって言ったら?」
 神奈子の言葉を遮り、挑発するように口に出した。
 二人の間に重たい沈黙が流れる。次に言った言葉がこの後の展開を左右すると分かっているからこそ二人とも押し黙っていた。
 やがて、神奈子がゆっくりと口を開く。恐らくそれは、両者が共に予想していた言葉で。
「そりゃあ、殺すしかないな」
 両者が、共に期待していた言葉だった。
「殺す?」
 空は心底楽しそうに、笑ったかのように口を歪ませて。
「誰が、誰を?」
 大気が振動を始める。
 地獄が熱を帯びる。
 敵意が、殺意に変わる。
「いいね、やってみなよ」
 地獄鴉は空を舞い、三本目の足を神に突きつけた。
「あんたに私が殺せるっていうならな!」
 刹那、地獄の火口が爆発した。酸素は燃焼され、灼熱の渦になる。
 彼女のチカラに誘発され、彼女の叫びに呼応して、本当の地獄が目を覚ました。
「やれやれ、結局こうなったかい」
 荒ぶる彼女の力を前に、神奈子は呆れたように首を振る。だが、その口元に浮かべられた歪みは、さっきよりも楽しそうだった。
「でも、せっかく戦うからには楽しませてくれよ。せいぜい、死ぬまでな」
「楽しませてやるよ、お前が死ぬまでな!」
 空の足先から融合が始まる。
 万物の根源である核が、全てを破壊するエネルギーが。
 ニュークリア・フュージョン。
 空を中心に世界が核で包まれた。巨大な炎。巨大なエネルギー。どれとも形容しがたい死が世界に解き放たれた。
 対する神奈子が用いたのは、水だった。神奈子の世界に満ちあふれ不足することのない水。水は流れを作り、川を作り、海を作り、洗い流す濁流となり地獄を浄化にかかる。
 激突する瞬間、神奈子は身を翻した。先程まで神奈子が居た場所に核の炎が降り注ぐ。
 核の炎は海に勝った。H2Oを一片の残骸も残さず分解し、ただの元素記号へと戻し消滅させた。
「ハ、ハ、ハ、ハ!」
 空はその様を笑いながら侵略にかかる。先程より高密度の核で、自らの羽が焼き焦げることさえ気にせず戦場を突っ走った。
「ちっ!」
 神奈子は舌打ちしながら、次なる攻撃を仕掛けた。
 彼女の手の平から生まれるのは、風。
 いや、それは風などと言う生やさしい物ではない、圧倒的暴風。台風より尚攻撃的な神の風が、自然の摂理をも凌駕し核融合の塊を吹き飛ばした。
 今度は驚愕するのは空の番だった。自らの足から生まれたはずの核の炎が自分に向けて襲いかかってくる。慌てて高くに飛翔し、その炎をやり過ごしたが、竜巻は容赦することなく殺しにかかる。
 翼が煽られ、もぎ取られそうになる。空気を吸えない。腕も足も身体ごと折られそうになる。
 だが空の表情に宿っているのは、狂気でしかない愉悦だった。
「っだらねぇ! 神風が核兵器に勝てるとでも!?」
 第三の足を向ける。
 彼女の力が生み出す物は、島国を震え上がらせる殺戮兵器。
「メガフレアァァァァァァァ!」
 神風に、正面からぶつけられる幾多もの核融合。
 速度ではなく、常識ではなく、チカラによってねじ伏せられる神の力。
 分が悪いと判断した時点で神奈子は攻撃ではなく回避行動に移った。だがそれは完全に避けきれるものではなく、右腕に火傷を負った。
 表情を苦痛に歪めながら、空の姿を把握しようと視線を戻す。
 だが彼女は、既に神奈子に向けて標準を合わせていた。
「ねぇカミサマ、私ぁ外の世界の常識なんてモンは知らない。カミサマってモンがどれだけ偉いのかも知らない。だから、地底の常識を教えてやるよ」
 今までにないエネルギーが三つ足に集まる。制御さえもままならないチカラがけたたましい警告音と共に地獄に響き渡る。
「あんたが地上でどれだけ権力を振りかざそうとも――ここじゃ強い奴が偉い!」
 号令と共に、放出されるエネルギー。もはや核と呼べるかすら定かではない衝撃が世界を襲う。目の前の神を粉砕すべく。
『ギガフレア』
 彼女から解き放たれる地獄の業火。
 神奈子は抵抗することも、避けることすらままならず、核の炎に飲み込まれた。
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!」
 あれだけ偉そうにしてたのに、あれだけ強そうだったのに、所詮私には敵わない。
 空は笑っていた。自らの持つ最強のチカラに。
 ……無知とは罪ではない。
 それが罪であると知らなければ、贖罪の意志を微塵にも持たなければ、それは罰せられるべきであろうとも彼女自身の罪ではないだろう。
 罰により罪を知り、知ることにより罪となる。
 ならば空の行いは罪などではない。
 何故なら彼女は知らなかったのだから。
「ハ、ハ――!」

――核の炎を突き破る、御柱など。

 第一撃。それは油断しきっていた空の腹部に衝突した。
 第二撃。何が起こったのかも分からない空の脳天に、自分の身長の数倍もあろうかというほどの御柱が激突した。
 続けざまに第三撃、第四撃と空を襲ったが、先の攻撃で身体が動いてしまっていた為からぶって地獄の遙か先へと飛んでいった。
 それだけの攻撃を受けようと、彼女は核の制御を緩めたりはしなかった。それは攻撃を食らおうとも勝利をもぎ取ろうとする執着心か。
「別にお前の言うことを否定するつもりはない」
 あるいは、迫り来る恐怖に怯えながらの必死の抵抗か。
 あろうことか、神奈子は、核の炎を正面から突っ切り空の目の前にたどり着いていた。
「当然のことだろう? 弱肉強食。強きが勝り弱きが虐げられる。地上だろうと地下だろうと変わりはない。偉いってのは強いってことだ」
 空は悲鳴をあげそうになる。だが声にならない。声にすらならない。
「だから私が、世界で一番偉い」
 神奈子が振りかぶったのは、既に火傷の痕ひとつ無い右腕。
 それは技ですらなく、神力ですらない、純粋な腕力。核をもろともしない拳が空の頬骨を打ち抜き、地獄鴉は遙か向こうの壁に叩き付けられた。

 壁に衝突した空は、地べたに這いつくばっていた。先程当たることの無かった御柱が、まるで墓標のように彼女の傍らに突き刺さっている。
 頭の中は混沌としていた。どこかの骨が折れている。視界がぐにゃりと歪んでいる。叩き付けられ横転した衝撃で翼が開ききらない。
 身体の痛みは、けれどさして重大な問題ではない。それよりも全力のチカラがいとも容易く打ち破られたという衝撃が、空の心に巨大な杭を打ちつけていた。
 すぐに神奈子はそこまでやってきた。目の前に彼女が立っていることに気がつくと、空は辛うじて殺意に突き動かされるがままに彼女を睨み付けた――が。
 神奈子は最早隠してはいなかった。自らが持つ、地獄など矮小に見える神の力を。
 数十、数百はあろう御柱が彼女の背後に佇んでいる。あたかもそれは山のようで。登ることすら許されない圧倒的な力で。
 ああ結局は。今までの戦いなんて彼女にしてみれば『神遊び』に過ぎず――
 気付けば空は泣いていた。何に対してかは分からない。無力さか、悔しさか、孤独か。声を上げる気力も無いまま、唯々涙を流していた。
「力を渡せ」
 神奈子はそんな彼女を同情することも、軽蔑することもなく、要求だけを告げた。
「そうすれば命だけは助けてやる」
 彼女は今までこうして自分の望みを押し通してきた。力を持っての征服。絶対強者である神奈子はこうした方法が一番容易く一番分かりやすい方法だと理解していた。
「……やだぁ」
 だから、空がそれを拒否した時には、怒りより戸惑いが先立った。
「おい、分からないのか? 渡さなきゃお前が死ぬんだぞ?」
「いや……いやぁ……」
 先程までの威勢は欠片もなく。玩具を手にした駄々っ子のように泣きながら首を振るだけ。
 むしろ、こちらこそ彼女の本質に近いのだろう。子供がたまたまチカラを手に入れてしまい増長しただけ。今まで地底に生まれ何も手にしてこなかった彼女が、初めて手にしたチカラだからこそ、失うことを何より恐れていた。
 そして神奈子は、そんな空の心情を理解しようとはしなかった。
 彼女は今まで通り、より力で征服しようとした。
「お前が素直に渡さないんであれば、大切な人にまで危害が及ぶだろうな」
 つまり、脅迫。
 その言葉に、空は今まで以上の反応を見せた。
「さとりさまを……?」
 神奈子は、粗末な笑みを浮かべ。
「そうだ。それでも渡さないというのなら、お前の大切な奴らを片っ端から殺してやろう」
 無論、神奈子は本当にそんなことをする気は毛頭無かった。だが空がどれだけ彼女らのことを好いてるかは知っていたから、それが一番効果的な方法だと判断して脅したのだ。
 地獄が静まりかえる。静寂よりも重苦しい、沈黙が空間を支配する。
「それが嫌なら、さっさと力を――」
「……いやだ」
 空は彼女の言葉を遮った。
 今度ばかりは、神奈子も苛立った。あんまりぐずぐずと抜かすのであれば、いっそ本当に殺してしまった方がいいのではないかとさえ考えがよぎった。
「いやだ」
 もう一度、空は強く主張した。
「おい、空。いつまでも巫山戯たこと言ってると……」
「いやだ。いやだ。いやっいやっ!」
 錯乱しているのか。駄々をこねているのか。
 突然暴れ出した彼女を見て神奈子は判断しかねたが……彼女の瞳の色を見て、自分の過ちを悟った。この色は、見たことがある。
「嫌っ! 嫌だっ! 嫌だぁ!」
 やがてその癇癪もぴたりと止んだ。沈黙は、しかし噴火の前の火山を思わせるが如く静かで、激しく、熱く。
「……させない」
 もう一度、語調を強めたのを見て、神奈子は後退した。
 おぼつかない足取りで彼女は立ち上がる。ただ一点を見つめ、憎しみではなく、何処までも真っ直ぐな感情で。
 第三の足を、真っ直ぐに掲げる。祈るかのように。啓示するかのように。
 前を向く。目の前の敵に向けて、彼女は守るモノの名前を叫んだ。

「皆を殺させたりなんて……させない!」

――この世で最も尊い熱とは何か?

 世界が、胎動を始める。

――炎か? マグマか?

 気温が一気に沸点まで上昇する。冷気は失せ、熱く熱く熱く燃え広がる。

――核分裂か? 核融合か?

 空の周辺に突き刺さっていた御柱がどろりと溶ける。世界は溶解する。

――そんなものなら、誰が崇め奉るというのか。

 自転が始まる。公転が始まる。彼女の叫びを中心に、星が回り始める。

『サブタレイニアンサン』

――それは太陽!

 遙かなる昔から霊長類が崇め信仰し止まない物。命の恵みにして根源なる物。
 大気が震え、地獄が震え、星が震える。雨が止む、ここに無い雲が吹き飛ぶ、青空が広がる。今ここに太陽系が誕生し、世界が生まれる。神が誕生する。
 地獄鴉は吠える。最早、それは声ですらない。声が響くよりも早く空気が焼き尽くされ届くはずもない。だがその場にいる者には聞こえただろう、怒りが、溢れ出す感情が形となって轟くその鼓動が。
 人が死に、大地が死に、地球が死のうと在り続ける悠久の光。
 地上の民が手を伸ばそうとも決して届かない霊知の光が――地霊殿の空にはある!
 
「鳥頭が! チカラを差し出せば助けてやると言っているのに!」
 目の前に誕生した人工の恒星に対し、神奈子は怒号を浴びせた。
 太陽は時間を増すごとに大きく広がってゆき、岩石を、熱を、全てを吸収しながら地獄ごと神奈子を燃えつくさんと肥大していく。
 あのチカラは最早神に値せぬ物ではない。あれは神そのものだ。あの太陽を食らえば、神奈子は今度こそ確実に滅ぼされるだろう。
 久方に訪れた自らの窮地を前に守矢の神は――しかし、笑っていた。

 ああやはり、戦いとはこうに限る。

 彼女の背にそびえる御柱が全て太陽に向けられた。怒りは消え強き者への喜びだけが加速する。立ちはだかる絶望を前に、猛き喚声を吠えた。
「いいだろう、地獄鴉よ。今芽生えたその力! お前が大切な人を守らんとするその力! どこまで匹敵するか、どこまで貫けるか――神に挑め!」
 激突は一瞬、チカラの均衡は果てしなく続いた。
 御柱が太陽を蹴散らし、太陽が御柱を焼き払う。
 神と神。信仰と信仰による戦争。ぶつかる度に星は悲鳴をあげ、地獄は震え上がる。破壊と再生の時間は歴史を刻み積もる。
 最早時間などという概念は過ぎ去り、世界には二人だけしか残らずに。
 それでも、決着は訪れる。
 幾百もの犠牲の末に御柱は太陽の中心にたどり着き、空を討つ。
 ただ一撃。
 それだけで空は心の頭蓋まで叩き折られ、地獄鴉は墜ち、戦争は終わりを迎えた。



 空は気がつくと、壁に突き刺さった御柱の上にのせられていた。
 初めそれが自分を仕留め損ねた物かと思った。だがその下にある沸き立つ炎と、去ろうとする神奈子の後ろ姿を見て、自分が助けられたことを悟った。
「どうして……」
 どうして助けたのか。どうしてチカラを奪わないのか。
 神奈子は振り向かず、言葉だけを残した。
「私は、お前がチカラの使い道を誤ったから来ただけだ。お前がまた道を違えれば再びお前のチカラを返してもらいに来る。……ゆめ今の気持ちを忘れるな」

 誰もいなくなった地獄の片隅。御柱の上に倒れた状態で、空はしばらくぼうっと彼女の言葉を反芻していた。
 今の気持ち。そういえば私はどうしてあんなにチカラを出せたんだろうか。何の為にチカラを振り絞ったんだろうか。
 ぼんやりと霞がかった思考の中。視界の端に駆け寄ってくる人影が見えた。彼女らの名前を空は知っていた。大切な主人と掛け替えのない友達。たぶんこの騒ぎを知って駆けて付けてきてくれたのだろう。
 彼女たちの心配そうな顔を見て、大丈夫だと分かると安心したような笑顔を見て、空は自分が本当に負けたのだと分かった気がした。



 <了>






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