きらりんわんだーらんど
「PちゃんPちゃん! 早くしないと置いてっちゃうにぃ!」
きらりは、まるで子供みたいにはしゃぎながら遊園地の中へと駆けだした。
「あんまり走ると転ぶぞー」
そんな姿に苦笑しながら、俺も一緒にゲートをくぐって園内に入っていく。
――まあ仕方ないか。久しぶりのオフだもんな。
俺が事務所で担当しているアイドルである諸星きらりと一緒に遊園地なんかに来ている理由……というのも、実は今日はきらりの誕生日なのである。
せっかくなので何かプレゼントでもしようかと思ったものの、何をあげれば喜んでくれるか分からなかったので恥ずかしながらきらりに直接聞いてみたところ。
「んとねー、きらりPちゃんのくれるものだったら何でも良いけど……今日お仕事お休みだにぃ? だったらきらり、Pちゃんと一緒に遊びにいきたーい! 遊園地とか連れて行ってくれたらはぴぱぴだにぃ!」
ということで、急遽近場の遊園地へ遊びに来たというわけだ。
それほど有名な遊園地というわけではないが、休日ということでそれなりに賑わっていた。勿論そんな場所でアイドルであるきらりと一緒に平然と遊ぼうものなら週刊誌などに何書かれるか分かったものじゃないので、一応変装として帽子とサングラスという基本アイテムに加えて普段あまり着ないパンツルックの格好で来て貰っているのだが……。
「……やっぱり目立つな」
隠しようがないのは、その180センチ以上もある長身である。
といっても悪い意味で目立っているのではなく、良い意味で目立ちすぎているのだ。いつも可愛い衣装を着てるのであまり気付かないが、こういう格好をすれば十分美人という分類に入る。その上高身長でスタイルも良いとくれば、人目を惹かないわけがない。
いつも見慣れてるはずの俺でさえも、まるで見知らぬモデルと隣を歩いてるかのような錯覚を起こすほどで……。
「Pちゃん何乗る? 何乗る? メリーゴーランド乗っちゃう? それともジェットコースターからやっちゃう? やっちゃう? ……うにゅ、Pちゃんどうかした?」
でもいつも通りのきらりの声を聞いて、そんな緊張感もすぐにどっかいってしまった。
「いや、ちょっと安心しただけだよ」
「にょわっ、よくわかんないけど……おっすおっすばっちし!」
どんな格好してたって、きらりはきらりだもんな。
せっかくの誕生日なんだし、きらりが楽しんでくれるように一緒に楽しむか。
「にょわー! すごーい! ぐるぐる回ってぅー!」
とりあえずきらりの希望通り、メリーゴーランドに乗ることになった。
前に仕事で乗ったときに結構楽しかったらしく「Pちゃんと一緒に乗りたーい! うきゃ、うきゃあ!」と半ば引きずられるかのような形で連れて来られた。まあ、一緒にといっても同じ馬に乗れるわけもなく、隣合わせの馬に乗ることになったのだが。
乗ってみると思った以上に早いスピードと馬にまたがっているかのような上下運動が合わさってしっかり掴まってないとちょっと怖いくらいだった。
一方のきらりは、終始楽しそうで。
「うぇへへー、Pちゃんきらりをつかまえてもいいよぉ?」
なんて振り返りながら笑って言う余裕まであった。
「同じ速度なんだから追いつけるわけないだろー」
「ぷー、Pちゃん夢がないにぃ」
しばらくしてメリーゴーランドが止まると、ようやく一息つけた。
「うぃー、楽しかったにぃー! 次Pちゃん何乗るぅ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
スーツだからちょっと馬から降りるのに手間取ってしまった。そんな俺を見ながら、きらりは首をかしげて。
「……そういえば、どうしてPちゃんはお仕事でもないのにスーツなの?」
と聞いてきた。
「流石に私服でアイドルと一緒に遊ぶのはなぁ。スーツ着てればまだ仕事だって言い訳も出来るだろ?」
今日ばかりは流石に迷ったのだが、結局スーツを着てくることにした。気にしすぎなのかもしれないけど、万が一スキャンダルにでもなったりしたら大変だ。
それを聞くときらりは最初ぷくーっと面白くなさそうにふくれっ面になったのだが、ふと、急に何かを思いついたかのようにいたずらっぽい笑みを浮かべて。
「……ということは、今Pちゃんと一緒に何しても大丈夫ってことかにぃ?」
「まあ一応仕事の下見とか名目は立つからな」
「だったら!」
と唐突にきらりは飛び跳ねるように隣までやってきて――ぎゅっと、腕を組んできた。
「うぇへへー、きらり今日はPちゃんとべたべたするにぃー」
「お、おい。流石にそれは……」
「お仕事だから問題ないって言ったよ? それにぃ、今日はきらりのお誕生日なんだから甘えさせて欲しいかな? かな?」
上目遣いに(実際には目線は並んでいるのだが)そう懇願してくるきらりの願いを断ることが出来ず……。
「……まあいいか。今日だけだぞ」
「むきゃー! Pちゃん優っさしぃー!」
そう言いながら頬を肩にすりすりと寄せてくるきらりを見て、叶わないなぁと苦笑してしまった。
一通りめぼしい物を見て回った後、この遊園地一番の目玉であるジェットコースターまでやってきた。
「うっきゃー、PちゃんPちゃんもう次だにぃー! 緊張してきたぁー!」
一時間も並んだ末ようやく番が回ってきたということで今まで以上にうずうずしていた。ちなみにジェットコースターなのでもう帽子は鞄の中に閉まってある。
係員に誘導されるがままに座席に座った。がっちりとベルトを締められると目前の光景しか視界に入らなくてなかなか迫力がある。
「PちゃんPちゃん」
身構えていたところに隣からきらりに声をかけられて、振り向くときらりはいつになくもじもじした様子で、ぼそぼそと呟いた。
「……手ぇ、握ってもいい?」
「ん、怖いのか」
「う、うん! そう! きらりどきどきしてるのにぃ!」
ぶんぶんと頷くきらり。きらりもこういうので怖がったりするんだなぁと思いながら、差しし出された手を握った。
きらりの手は思ってたよりも小さくて、そして温かかった。
「これで大丈夫か?」
「へへ……うん、ばっちし」
ちょっとだけ恥ずかしそうに笑うきらりを見て、なんだかこっちまで安心してしまった。
やがてアナウンスと共に、ガタンゴトンとジェットコースターが動き出す。ゆっくりと坂道を登っていく恐怖感も、右手の感触が少しだけ和らげてくれた。
……そして約三分後。にょわーっ、という叫び声が止んだ頃、ようやくジェットコースターが止まってくれた。
流石に有名なジェットコースターなだけあってなかなか怖かった……。
「うきゃー、頭ぐるぐるだにぃー……」
きらりも降りてからも若干ふらふらしていた。あれだけ怖がってたんだから当然といえば当然か……。
「おいきらり、大丈夫か?」
「ぜーんぜん平気だにぃ! Pちゃんこそ足震えてれぅー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら自分が大丈夫だとアピールするきらり。十分元気なのは伝わるけど、そこ段差になって――
「うきゃ!」
「きらりっ!」
危ない、と思った時にはもう既に遅く。段差の部分に着地してしまったきらりはその勢いを堪えきれず転んでしまった。
慌てて駆け寄るときらりは僅かに涙目になって転んでしまったのだ。
「きらり、大丈夫か!?」
「……へへ、しっぱいしっぱい。きらりはしゃいで――痛っ!」
自分で立ち上がろうとした瞬間、表情を歪ませて足を押さえた。見た目では分からないけど、もしかしたら足をひねってしまったのかもしれない。
「だ、大丈夫だよ! 大丈夫! きらり立ち上がれるから、ちょっとだけ、待って……」
なんとかして立ち上がったけど、とても大丈夫そうな表情には見えなかった。反射的に身体を支えたが、とても一人で歩けそうな様子には見えない。
「Pちゃん。きらりへーきだから、もっと遊ぼ?」
「駄目だって、医務室で見てもらわなきゃ。大事があったらどうするんだよ。……それに、痛いの我慢して遊んだって楽しくないだろ?」
「そ、そんなことないよ。だってせっかくPちゃんと……」
大丈夫だとアピールしようとしたのか、きらりは半ば強引に一人で歩こうとした……けれど、案の定一歩も歩けないままその場にうずくまってしまった。
「無理したら駄目だって。ほら、医務室で見てもらうぞ」
それでもしばらくの間迷っているかのようだったけど、躊躇いがちにこくりと頷いた。
「えへへ……ごめんね、Pちゃん。せっかくのお休みなのに迷惑かけちゃって……」
その申し訳なさそうな笑顔が、さっきまでの本当に楽しそうな笑顔を思い出させていたたまれなかった。
だとしたら。
アイドルの笑顔が曇っているんだとしたら、プロデューサーである自分に出来るのは――その笑顔を少しでも早く取り戻してやることだけだ。
「……ちょっとだけ、我慢してくれな」
「へ――うきゃ!」
一刻でも早く医務室へ連れて行くために、膝の下に左腕を通して、いわゆるお姫様だっこの体勢で持ち上げた。
「P、Pちゃん!? きらりそこまでして貰わなくっても大丈夫だよ!?」
きらりは予想以上にばたばたと慌てふためいていた。もちろんちょっと抵抗されることは想定の範囲内なので、間違っても落としたりしないようしっかりと抱え込んだ。
「こっちの方が早いだろ。ちょっと恥ずかしいだろうけど、我慢してくれ」
「で、でも、きらり重いにぃ!?」
「そんなことないよ。むしろ軽いくらいだって」
実際、身長を考えれば軽すぎるぐらいだ。
もちろん易々と持ち上げられるわけじゃないけど、今きらりがしてるであろう我慢に比べれば何てことはない。
しばらく慌てふためいていたが、やがて観念してくれたのか身を委ねておとなしく抱っこされてくれた。
時間にしてみれば、ほんの数分間。それきりちゃんとした会話こそ無かったけれど。
「Pちゃん」
「ん?」
きらりは、たった一言だけ。
「……ありがとう」
とても大切な言葉のように、そう呟いた。
結局。きらりの怪我は大事には至らず、テーピングをして少し休むとなんとか歩けるぐらいまでには回復した。
それでも時間というのは止まることなく進み続けるので、その頃にはもうすっかり夕暮れになっていた。夜になれば閉まってしまうので、もうあまり時間はない。
「PちゃんPちゃん! もう歩けるようなってぅ!」
それでもきらりはそんなことちっとも気にした様子もなく、嬉しそうに歩いてる姿を見せてくれた。もう閉園時間だとがっかりするんじゃないかと思ったから、それだけ少し安心した。
「あんまりはしゃいで転ぶなよー」
「にょわ! もうしないから大丈夫にぃ!」
ばっと敬礼のようなポーズで勢いよくそう答えた。どうやらすっかり元気になってくれたようだ。
「たいしたことにならなくて良かったよ。それじゃそろそろ……」
「PちゃんPちゃん」
帰ろうか、と言おうとしたら、くいくいと裾を引っ張られた。
どうしたのかと思って振り返ると、きらりは観覧車を指さしながら、珍しく躊躇いがちにお願いをした。
「……最後に、あれ乗りたいにぃ」
観覧車の扉が閉まると、そこは別世界だった。
ゆっくりと上昇して一秒ごとに移り変わる窓の向こうの景色。徐々に高くなっていく夕暮れ時の光景を見て、きらりはまるで子供のようにはしゃいでいた。
「にょわー! すごいすごーい! きれーい!」
夕焼け色に染まった町並みは、確かに絶景だった。いつも彼女が見てるであろう視点よりも更に高い景色に、ずっと目を奪われていた。
ふと気付くと、きらりは正面を向いてこちらの方に向き直っていた。
いつになくしおらしい口調で、ゆっくりときらりは言った。
「Pちゃん……今日は、ありがとうね」
「……そんなの、誕生日なんだから当たり前だろ?」
改めて言われると気恥ずかしかったので、そう答えた。けれど、きらりはふるふると首を振って。
「ううん。そんなことない、きらりすっごく嬉しかったにぃ。……それに、今日だけじゃないよ。Pちゃんは、いっつもきらりの夢を叶えてくれるんだもん」
まるで言葉を選ぶかのようにゆっくりと、きらりは語り始めた。
「アイドルになりたいって夢も、みんなみんなPちゃんが叶えてくれてるんだよ。だからPちゃんに、すっごいすっごい感謝してるにぃ。……お姫様だっこしてもらうのも夢だったんだぁ。えへへぇ、きらりお姫様になった気分だったぁ!」
そうやって言うきらりが本当に嬉しそうだったから、恥ずかしくて誤魔化してしまいたい気分になった。
「あはは、そんな大役をつとめるのが俺なんかで良かったのか?」
だけどきらりは、こくりと頷いて。
「うん。……Pちゃんだから、良かったんだよ」
夕焼けのせいで。きっと、夕焼けのせいできらりの頬は赤く染まっていた。
ほんの一瞬だけ、観覧車の音も、外に吹く風の音も、何もかも聞こえなくなって。心臓の音と彼女の声だけがこの小さな世界に響き渡った。
「Pちゃん、あのね。もしも。もしもきらりがアイドルやめたら、きらりと――」
その時、一瞬だけ観覧車が揺れた。観覧車が何かに引っかかったのか、強い風が吹いたのかは分からない。
だけど、そんな小さな揺れは、夢を覚ますには十分で。
「――ううん、なんでもないにぃ」
そう言ったきらりは、少しだけ残念そうに、だけどちょっとだけ満足そうに笑った。
観覧車は元の場所に戻ってきて、扉が開くと何もかもすっかり元通りだった。
「うぇへへー、今日はとっても楽しかったにぃ!」
ぐぐーっと、まるで今日一日の出来事を噛み締めるかのように身体を伸ばす。そんな姿を見てるだけで、ここに連れてきて良かったと思える。
「そんじゃとりあえず事務所まで戻るか。入り口までタクシー呼んでるからそこまで頑張って歩けるか?」
「もちもち! うっひょー、Pちゃん出来る男にょわー!」
ぐりぐりと頭を撫でられた。……これじゃあどっちが年上か分からないな。
そのままのテンションでとてとてと遊園地の出口へ先に歩いて行くきらり。
暮れなずむ空の下、きらりは振り返って。
「PちゃんPちゃん! Pちゃんとアイドルやってれば、これからもきゅんきゅん楽しいこといーっぱいあるよねー!?」
そんな、嬉しいことを言ってくれた。
だから俺は、きらりのプロデューサーとして自信をもって答えてやるのだ。
「当たり前だろ。きらりの夢叶えて、沢山楽しいもの見せてやるからなー」
とりあえずは、事務所に帰って待ってるみんなでサプライズパーティ、とかかな。
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