昴の誕生日特訓!
「なーなー、今日なんの日か知ってるか?」
事務所にやってくるなり、昴は不適な笑みを浮かべながら俺に尋ねてきた。
「んーそうだな……昴の誕生日か?」
「ピンポーン大正解♪ オレの誕生日だよ!」
言い当てると、なんとも子供らしい満面の笑顔を見せてくれた。これだけ嬉しそうだとこっちまで笑顔になってしまう。
「へっへー、今年こそバッチリ女の子っぽくなってみせるぜ! ……じゃなくて、なりまーす!」
「おいおい、誕生日ぐらいいつも通りでもいいんじゃないか?」
「誕生日だからこそだよ。だってまた一つお姉さんになったんだぜ……だよ? そろそろ女の子らしいところみんなに見せてかないと」
いつにも増して昴のやる気がみなぎっていた。興奮すると男の子っぽい口調になりやすいから逆効果のような気もするけど、せっかくやる気になってるんだし水を差すのもよしておこう。
「よーし、それじゃあプロデューサー。ちょっと特訓に付き合ってよ」
「特訓って千本ノックか?」
「じゃーなーい! 女の子っぽくなる為の特訓だよ! ほら、誕生日だしちょっとぐらい協力してよ」
特訓かぁ……もちろん昴が女の子らしくなる為なんだから協力しないわけがないんだけど。
「具体的に俺は何をすればいいんだ?」
「えっと、そ、その……誕生日を一緒に祝ってくれる恋人の役……とか」
「恋人!?」
「もちろんフリだよ! そりゃあ私なんて男っぽいしプロデューサーだって不本意だろうけど! 一緒にバカやってくれる男友達はいてもこういうこと頼めるやつはプロデューサーしかいないからさ……だめ、かな?」
う。顔真っ赤にしながら上目遣いで頼んでくるとは……!
アイドルとプロデューサーとしては色々問題がある気がしないでもないけど、こんな風に昴に頼まれて断れる男がいるんだろうか。……というか無自覚でこんなに女の子らしさ使いこなしてるんだとしたら特訓なんて全然必要ないと思うぞ!
「……分かった。その代わり事務所の中でだけだぞ? 色々と問題になったりしたらまずいからな」
「ありがとプロデューサー! それじゃあえっと……何すればいいかな?」
「完全にノープランなのか……」
呆れるというよりは、こういう一直線なところが昴の良いところなんだろうなと思う。
「そうだなー……なぁプロデューサー。プロデューサーが、その、恋人いたとしたら、その子の誕生日にどんなことしてもらいたい?」
「普通彼氏だったらしてあげる側なんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、ほら、こういう時出来る女の子って可愛く受け答えしたりするじゃん? だからプロデューサーはどんなことして欲しいのかなって」
なるほど。なかなか難しい所を目指すんだな。
「うーん。だったら誕生日プレゼントを女の子っぽくねだってみるのとかはどうだ?」
「おー、難しそうだなそれ! 可愛くねだるのか……」
しばらくの間昴は悩んでいたが、やがて思いついたようにぱっと顔を上げた。
「よっし、思いついた! じゃあちょっとそこのソファーに座って!」
言われた通りに応接用の幅の広いソファーに腰掛けた。
すると昴は、おそるおそる、ちょこんと俺の隣に座ってきた。三人分ぐらいの幅はあるのに真横に座ってきたのでほとんど密着する形になっている。
「それじゃあ……いくよ?」
「お、おう」
昴はぎゅっと、俺の服の裾を掴むと、頭をもたれかけさせてきた。布越しでも、昴の体温が伝わってくるのが感じられる。
ふと下を見ると、昴の顔がいつもよりも近くにあった。真っ直ぐで無垢な瞳が俺のことを見つめていた。
そして昴は、撫でるような甘ったるい声で囁いた。
「ね……誕生日くらい甘えてもいいかな……?」
一瞬の間、事務所が静まり返った。ひょっとしたら心臓の音が聞こえるんじゃないかってぐらい静かになった。
「なんつって! なあ、今の女の子っぽかった? キュンってなった?」
沈黙を打ち破ったのは昴の方だった。昴がそう言い出さなかったら俺はずっと固まったままになってたんじゃないかと思えるぐらい心臓が高鳴っていた。
「……あ、こういうこと言わないでいればいいんだよな。ゴメンゴメン」
「いや、いい……すごく良いと思うぞ昴……」
実際俺がプロデューサーじゃなかったら、耐えられる自信なんかないぞこれ……。
一方の昴も演技だとしても今のは相当恥ずかしかったようで、頬が真っ赤になったまま戻らないでいる。これでもっと女の子らしくなりたいとか末恐ろしいな昴は……。
「本当!? 良かったー。私がこんなこと言っても似合わないかと思ったんだ」
「そんなことないぞ。昴はもともと可愛いんだしこういう事出来るようになればアイドルとしても女の子としても一番になれるぞきっと」
「そ、そう? へへっ、プロデューサーにそういうこと言われるとなんだか嬉しいな」
昴は照れくさそうに笑った。その可愛らしい姿に苦笑しながら、俺は鞄の中からある物を取り出した。
「それじゃ、そんな昴にはよく出来たご褒美をあげないとな」
「……え? へ?」
ぽんと、昴の手のひらにラッピングしたそれを乗せた。きょとんとしている昴に向かって、お決まりの言葉を口にした。
「誕生日おめでとう、昴」
「え、ええええーーー!」
プレゼントを用意してるなんて思いもしなかったのか、昴は大声で叫んでいた。これだけ驚かれるとこっちも用意した甲斐がある。
「な、なななんで!?」
「俺が昴の誕生日を忘れるわけないだろ? ずっと頑張ってる姿を見てきたからな。プロデューサーとして、そして昴のファンとしてのプレゼントだよ」
しばらくの間、昴はその包みをじっと見つめていた。やがてはっとしたように俺の方を向いて、今までよりずっと恥ずかしそうな声で聞いた。
「……こんな時、普通の女の子だったらなんて言うのかな?」
「俺は普通の女の子じゃなくて昴にプレゼントしたんだから、昴が思ったことを言ってくれればいいよ」
本心でそう答えた。すると昴は、その包みをぎゅっと抱えて。
「……ありがとう。ぜったい、ぜったい大事にするから!」
照れくさそうに、だけど嬉しそうにそう言ってくれた。
「これ、今開けてもいい?」
「もちろん」
プレゼント選びにはあまり自信はないが、ちゃんと選んだ物だから喜んでくれる……はず。たぶん。きっと。
ラッピングを丁寧に剥がしていく姿を少し緊張しながら眺めていた。中から出てきたのは、可愛らしい髪飾りだ。
「わぁ……!」
「野球道具とかの方がいいかとも考えたんだけどな。でも昴に似合いそうな髪飾りがあったから思わず買ってきたんだ。……どうかな?」
「うん……嬉しい。こんなの貰ったの、初めてだから……」
おそるおそる、といった様子で昴はそれを自分の髪に付けた。普段ライブの時ぐらいしか髪飾りなんか付けないからか、そわそわと落ち着きのない仕草でそれを指でいじっている。
「……やっぱり似合わないかな?」
「ううん。よく似合ってるよ」
もちろんお世辞なんかじゃない。フリルの可愛らしい髪飾りは、昴の女の子らしい面と充分に合っていた。
「そっか……へへ」
なんて感嘆をもらしながら、事務所の鏡で自分の姿を色んな角度から何度も見返していた。こんな可愛らしい物付けられないとか言われたらどうしようかと思ったけど、喜んで貰えたみたいで何より。
しかしこういう姿を見ると、やっぱり女の子に憧れてるんだなぁと感慨深く思ってしまう。
ここに来たばかりの頃だったら多分アクセサリーを付けるだけでも抵抗を見せただろう。でもアイドルを始めて、周りからの影響を受けて、そして何より自分から変わろうと努力したおかげで少しずつ変わることが出来た。
このまま頑張っていけば、きっとそう遠くない将来なれるだろう。……あの時、昴が目指していた可愛くて女の子らしいアイドルに。
……と、思考に耽っていたら、いつの間にか昴が鏡見るのをやめてこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「ああすまん、考え事してた。どうかしたのか?」
「うん。あのさ……さっきの特訓のことなんだけど」
そう尋ねると、昴は今までよりもずっと恥ずかしそうに、頬を赤らめたまま。ぽつりと。勇気を振り絞るように口にした。
「……フリじゃなくってもいいから、オレ」
……へ?
「な、なんつって! あはは何言ってんだろ! 恥ずかしいからちょっと外で走ってくるね!」
最後にどんな表情を浮かべていたかも見えないまま、昴は事務所の外に駆けだして行ってしまった。
後に残されてしまった俺は、さっきの言葉と昴の表情を思い返して、思わず笑ってしまった。
「……なんだ」
もうとっくになってたじゃないか。可愛らしい女の子に。
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