小狐丸はぬしさまが好き過ぎるけど、審神者は好きかわからないくだり
「私はぬしさまのことが好きです……!」
「うん……そうだね……」
「ぬしさまの事を考えるだけで心臓の奥がふわふわしてくるんです。ふわふわって、どきどきって、心臓の音がとまらないんです」
「あ、うん……そう……」
「何でこんな気持ちにって、いつも思います。考えます。でも、わからないんです。理屈じゃないんです。そう、気がついたんです。私がぬしさまの事を好きなのは理屈じゃないって」
「そうですね……はい……うん……」
「心と心が通えば、好きって成立するんだってわかったんです。私は、小狐丸はぬしさまのことが好きなんだって。好きって気持ちを自分に受け入れるだけで、こんなにも世界は明るく瞳に映るんだって、気がつかせてくれたのはぬしさまのせいなんですから……!」
「うんうんうん……わかる……わかるわ…………」
「もう! さっきから適当な返事して! ぬしさま、聞いてるんですか!」
本丸の一室で小狐丸がいつものように愛を語って自分の世界に浸っている。
これは日常茶飯事なのだ。そう、いつものことである。
いつもいつもこんな調子だから、毎度付き合っていてはきりがないことを審神者は知っている。なので空返事を小狐丸にしていたが、さすがに三時間過ぎたあたりでバレた。むしろ三時間気がつかないことに驚きだが。
「聞いてる聞いてる。スキヤキが美味しい、みたいな話だったよね。今夜はスキヤキにしよう」
「そんな話はしてませ……えっスキヤキ!」
「腹が減っては戦は出来ぬ、っていうしね」
「スキヤキですか、それは贅沢ですね……って誤魔化されませんよ!」
「流石にスキヤキじゃうやむやにならないか〜」
しまった、という顔で審神者はぐったりと横になる。小狐丸の愛を受け過ぎて気だるそうだ。
小狐丸はそんな審神者を見ると横に寄り添うように寝る。
「いいですか、ぬしさま。スキヤキ、なんてものよりもっと美味しいモノがあるんです」
「例えば?」
「それはぬ・し・さ・ま!」
「きっしょ」
「好きなんて気色悪いくらいがちょうどいいんですよ」
ぬるり、と小狐丸の手が審神者の下着へ潜り込む。
指先が審神者の股間を刺激していく。いやらしい指の動きはまるで痴漢のようだ。いやらしい指先の動きに刺激され、思わず審神者は声を漏らしてしまう。
「くぅっ……んっ……結局エロじゃん……エロいことしたいだけじゃないか……」
「いやいや、好きだからエロいことするんですよ。結局身体と身体の繋がりあいも大切ですから。心と心、身体と身体。好きな相手とはどっちとも繋がっていたいじゃないですか」
「……こっちが好きじゃなかったらどうするんだよ」
「まさか! そんなことあるわけないじゃないですか! 私とぬしさまは相思相愛って産まれた時から決まってますから!」
「決めつけじゃんか……」
「決めつけじゃなくて、事実です」
「事実ねぇ……」
「そもそも嫌いだったら、この手を払いのけますよ」
小狐丸は怪しげな笑みを浮かべながら、審神者の下着に潜り込ませた手を動かす。
確かに審神者は手を払いのけようとは思わない。
きっと小狐丸の言う通り、別に嫌いではないんだろう。
審神者は考える。
――だったら逆に、自分は小狐丸のことが好きなのだろうか?
「小狐丸は何で俺のことが好きなの?」
「えっ何でって。そんなこと説明入ります?」
「いるから聞いてるんだけど」
「じゃあ説明しますけど。私がぬしさまのことを好きな理由はぬしさまがぬしさまだからです。ぬしさまのぬしさまたる所以がぬしさまの魅力をぬしさま成分として返還しているからぬしさまに対してのぬしさま愛が私に供給されてぬしさまの事を私の心がぬしさまをぬしさまとして捉えるということはぬしさまのぬしさまにぬしさまをぬしさまとしてぬしさましたい、というぬしさまに対するいわばアンチテーゼといいますかぬしさまテーゼといいますかぬしさまのぬしさまがぬしさまぬしさまぬしさま」
「サイコ野郎じゃん! 聞かなきゃよかった!」
「ぬしさまが聞いたんじゃないですか」
「もっとわかりやすく説明をまとめてほしいんだけど。サイコな答えは求めてないから」
「はぁ〜、だからいつも言ってるじゃないですか。ぬしさまはぬしさまだから好きだって」
やれやれ、といった感じで小狐丸は答える。
ぬしさまはぬしさまだから好き、という答え。わかるようなわからないような答えに、審神者はしかめっ面をしながらさらに小狐丸に問う。
「それは、たとえば俺がぬしさま……審神者じゃなかったら嫌いなの?」
「は?」
「は?」
思わず疑問系に疑問系で返す審神者。
「いや、ぬしさまだから好きだっていうのは、別にぬしさまという肩書きや存在を言っているわけではないです。あなた様があなた様だから好き、という言い方のほうがしっくり来ますか」
「へぇ、じゃあ俺が例えばカマキリとかでも好きなの?」
「そこにぬしさま……あなた様を感じれば、きっと好きになるでしょうね」
「コオロギでも?」
「あなた様を感じれば」
「バッタでも?」
「あなた様を感じれば」
「カミキリムシでも?」
「あなた様を感じれば……ってさっきから昆虫ばっかりなのは何故ですか? そういうところも愛おしいですけど」
そういうものか、と小狐丸に痴漢されながら納得する審神者。
例えば世の中では男と女、みたいな組み合わせの愛が主流で、いわゆる審神者と小狐丸のような男と男の愛のカタチは世間一般ではおかしかったりする。幸いなのか、悲しいことなのか、審神者はそういうことは一切気にしないので小狐丸のことをすんなり受け入れられたのだが。
愛にカタチは関係ない、とは誰か偉い人がいってそうなセリフだが。
小狐丸はそれを体現している存在なのかもしれない。
「はぁ……はぁ……ぬしさまが愛しい……愛しい……」
「痴漢みたいにエロいことされながら言われても説得力ないけどなぁ……」
盛りながら審神者に迫る小狐丸。正直なのか台無しなのか判断に困る。
それほどまでに審神者のことを求めてしまう小狐丸。
思えば最初のころからそうだった。
出会った瞬間に好き好きオーラを審神者に向けて、小狐丸は積極的にアプローチしていった。
『ぬしさま、私はあなた様のことが好きです』
『ぬしさま、唇が乾いてますね。キスして潤してあげましょうか?』
『ぬしさま、例えば私が生徒、ぬしさまが先生という設定で。私が個人的に呼び出されて「先生、どうして呼び出されたんでしょうか?」「授業中に色目を使う淫売生徒め」「き、気がついていたんですか……」「そんな悪い生徒にはオシオキしてあげなきゃねぇ」「い、いけません! 生徒と教師、しかも男同士でこんなこと……!」という流れまでは出来上がってますので、そのあとはぬしさまが自由に私にいやらしいことをする遊びしませんか?』
思い出してわかったことは、小狐丸って好きとか嫌いとかじゃなくて、やっぱり愛とか好きに脳みそがやられてどうかしちゃってるんじゃないかってことだった。
審神者はやや頭が痛くなりながらも、小狐丸の痴漢のような手を感じながら話を続ける。
「……何で俺なの?」
「何度言わせるんですか。ぬしさまの全てが愛おしい、以外の理由を求めるのは無粋ですよ」
「じゃあさ、例えば俺が小狐丸の“好き”を受け入れなかったらどうするの?」
「ふふ、別にどうもしませんよ。それでも私はぬしさまのことが好きですから。……それに」
「それに?」
「それに、ぬしさまは受け入れてくれますよ。だから私はぬしさまの事が“好き”でいられるんですから。相思相愛なんですよ、私たちは」
小狐丸はにやりと笑いながら身体をさらに審神者にくっつけてくる。暑苦しいほどに、吐息が耳元に当たるほどに。
審神者は思った。
小狐丸は盲目的に好きという気持ちをぶつけてくるように見えて、全てを見透かしているようだ。
好きでいられる、愛をぶつけられるということは求められるということで。きっと自分は小狐丸が求めていることの全てを満たしているんだろう。
それが不思議と嫌ではなく、自分も心のどこかでこんなにも愛を供給してくれる小狐丸を受け入れているのかもしれない。
そういうことにまだ自覚がないだけで、ひょっとしてやっぱり小狐丸と自分は好き合っていて、相思相愛なのかもしれない。
審神者は考えれば考えるほど、何だか耳が真っ赤になってくる。
「あれ〜、ぬしさま。耳が真っ赤ですよ?」
「う、うるさい」
「ひょっとして、私のテクニックで気持ち良くなっちゃいましたか〜?」
「……このエロ狐っ!」
「ひぃっ!」
ぺちん、と審神者のしっぺが小狐丸の腕に当たる。
何でこいつのことが嫌いになれないんだろう、好きを受け入れてしまうんだろう。
この盛って好き好き言ってるだけの刀剣男士のことで自分の考えがぐちゃぐちゃになってしまうんだろう。
審神者はひたすら悩んで、ちょっとだけ腹がたった。
腹がたったので、いじわるしてやろうと決めた。
「ほら、腕どけて。終わり終わり」
腕を掴んで下着から出し、二人で体勢を起こす。
残念そうな小狐丸は審神者に抗議する。
「え〜っ! そんな殺生な! せっかくぬしさまに好き好きラブラブ胸キュンドキドキアピールして盛り上げたのにこんなのなしですよ〜。殺生です、殺生!」
「やっぱり盛ってばっかりじゃダメだよ。いつもなら流されてエロいことしちゃうけど、もっと別のことで俺に愛を伝えてよ。じゃなきゃ身体を許してあげないから」
「ぬしさまのいけず……」
物凄い勢いでうな垂れる小狐丸。酷い落ち込みようだ。
せっかくのエロチャンスを奪われたからってそこまで落ち込むのかってくらい落ち込んでいる。地面に埋まりそうなほどうな垂れている。
「悲しい姿見せたって今日はダメ。慈悲チャンスもなしです」
「ぬしさま〜……」
「か細い声出してもダメ」
「ぬしサマー……」
「夏をにおわせてもダメ」
もしかして小狐丸は本当に身体を求めたいから好き好き言ってるのではないか、と勘ぐってしまうくらいにしょげている。
結局セックスなのか、身体と身体の関係なのか。好きというのは口実なのか。
審神者は寂しくなってしまう。胸がチクリと痛む。あんなに好き好き言われてたことが偽りなのかもしれないと考えると、心が苦しくなってしまう。
好きなんて、セックスありきの幻想なのか。
「小狐丸の好きってそんなものだったの……?」
「えっ、いやいや、私はぬしさまの事を」
「多分……多分さ、俺は小狐丸のことが好き、かもしれない。まだわからないけど。わからないから、俺に自覚させてほしいなって、そう思ったんだけど……その……あれ、おかしいな……」
「…………ぬしさま」
小狐丸は弱った顔で審神者の様子を見る。
弱るのも無理はない、審神者が泣いてしまったからだ。
「うっ、ううっ……うぅうぅぅ〜っ……!」
審神者は悔しかった。
ほんの些細なことなのに、何故か目から涙が溢れてしまう。
ほんのちょっとでも、好きってことを知りたかっただけなのに。
何で、こんなぬしさま中毒の狐に泣かされないといけないんだ。
意味がわからない。止めたくても涙がとまらない。
多分小狐丸のことが好きだから、こんなにも悔しいのだろう。
「ぬしさま、泣かないでください」
オロオロとしながらも小狐丸は審神者の涙を手の平でぬぐっていく。
しかし審神者は泣くのをやめない。ずっと泣いたままだ。
このままではいけないと思った小狐丸は、ついに行動に出る。
「ぬしさま、失礼します」
「うぅうぅぅ〜……、あっ……!」
審神者は驚いた声をあげる。
何故なら小狐丸が思い切り審神者を抱きしめたからだ。ビックリして思わず涙も止まった。
力強く抱きしめてくる小狐丸に、体温を感じる。
「結局盛っていると言われてしまうかもしれませんが、私にはこれしか出来ません。こういうことしか出来ません。だけど、こういうことをするくらいぬしさまのことが好きなんです。わかってくれますか……?」
「うん……うん……」
「今度は空返事じゃないですね」
「うんっ……!」
「そんなに不安にならないでください。私はいつもいってるじゃないですか、ぬしさまのことが好きだって。だから遠慮なくぬしさまも私のことを好きになってください。いくら好きになられても嫌いになりませんから」
「でも俺……小狐丸のことが本当に好きかわからないよ……」
「じゃあもっと私がぬしさまに好きになってもらうように努力します」
「え……でも……」
「ぬしさまを泣かせてしまったのは、不安にさせてしまったのは私がぬしさまに好きになってもらう努力が足りなかったからです。もっと好きになってもらわないといけませんね」
「そ、そういうものなの……?」
「そういうものです!」
力強く言い放つ小狐丸。
その眼は真っ直ぐと、凛としていて。
思わず見惚れてしまうほど。
審神者の心は奪われる。
本人は奪われている自覚はないが。いや、元々奪われていたのかもしれないが。
ドキドキと心臓が鼓動を刻む。
自分が小狐丸のことが好きなのかわからない、というよりも自覚がないといったほうが正しいのかもしれない。
「それじゃあ、もっとぬしさまに好きになってもらう努力をしましょうか」
「努力って例えば?」
「エロいこと、ですよ!」
「時空が歪んだのってくらい振り出しに戻ったね」
「相手の心が見えなくて不安になるからこそ、人は身体で繋がりを求めるものですよ」
「まぁ小狐丸は刀剣だけどさ」
「刀剣も人も、心があるからこそ身体を求めちゃうんですよ」
「……上手いようにまとめられて騙されてない?」
「本当のことだろうが騙されてようが、そんなの些細なことですよ。だって好きはそんな理屈じゃないですから」
「あっ……うぅんっ……」
再び身体を重ならせる審神者と小狐丸。
審神者が小狐丸のことを愛している、ということを自覚するのはまだまだ時間がかかるだろう。
でも、自覚するまでもないのかもしれない。
好きや愛は自覚するものじゃなく、気がついたら求めているものだから。
身体と身体、心と心。
どちらが欠けても不安になるし、どちらも満たしたくなるものである。
今日も小狐丸、そして審神者は互いの好きを心と身体で確かめ、そして満たし合うのであった。
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