メンヘラサブカルクソビッチサンプル



【序】

 俺は何がいけない。
 何がいけない、というか何もかもいけない。まず自分自身の何が悪いのかっていうことを理解してない時点で相当おめでたい。いかに糞を塗り固めたような人生を過ごしてきたかがわかる。
「……良いオカズがねーな」
 カーテンを閉め切った真っ暗な部屋。パソコンのモニターだけが部屋を照らす。
 そんなじめじめとした一室で、何がいけないか考えながらもやることは日課の性欲処理、オナニー。自らの滾る性欲を消化して一日を終える。自分の一物を握っているときだけは何も考えなくて済む。
 惰性で始めるオナニーなんて気持ち良くないのも自覚している。することがない、何もしたくない、生きたくないからオナニーして気を紛らわせている。いわばこれは煙草だ。喫煙のようなものでこれをしているときだけは現実逃避が出来る。
 そう、現実逃避が。
「おっ、いいのがあったわ」
 オカズ発見。
 モニターに映し出されるのは東方という同人ゲームの二次創作絵。姫海棠はたてというキャラのエロ絵だ。さすが変態国家日本。ネットで調べればすぐに自分の好みにあったオカズを発見出来る。万歳日本。変態絵師の存在で優雅な自慰時間が充実する。
 俺はパンツを脱いで勃起した男根を露出させる。今日も逃避の自慰を目的とした駄目なオナニー、駄目ニーを始める。自らの肉棒を扱くその様は人間というより獣に近い。そりゃそうだ、だって今の俺は人間より獣に近い。
 大学も単位が取れずギリギリ、就活も失敗の連続で就活浪人ほぼ確定、学校にも殆ど顔を出していなかったために友達もいない、一人暮らしのため親に「うまくやってるよ」と嘘の報告、バイトをクビになったからお金もない、彼女もいない、夢も希望もない。
 典型的な駄目大学生。駄目に駄目を重ねた肥だめのような駄目さ。
「……あああ」
 色々考えてたらブツが手の中でしぼんでいった。
 来た。いつものネガティブ症状。鬱。鬱。鬱。
「はぁあぁあぁあぁ」
 ため息をつきながら両手を広げて仰向けに倒れる。モニターの灯りが目に痛い。だが心のほうが、脳のほうがもっと痛い。
 俺の何がいけない。俺の何が、何がいけないんだ。辛い、辛い、辛い、辛すぎる。生きるのがとても辛い。オナニーすらままならないのか俺の人生。ゴミみたいだ。いや、ゴミのほうがもっと価値があるんじゃないか。
 大学にも馴染めず、私生活もろくなもんじゃなく、就活もクソ、親にも嘘をつき、友達も彼女もいない。人間関係ろくなもんじゃない。俺の何がいけない。
 いや、俺がいけないんじゃない。世間がいけない。俺は悪くない。世間が認めないから悪い。こんな社会が悪い。だって漫画では「世界は平等ですよ」なんてメイド服着たヒロインが言ってたじゃないか。ゲームでは「愛は地球を救う」なんて重火器背負ったシスターが言ってたじゃないか。現実が悪いんだ。俺は悪くない。
 俺の崇高な考え、意志、俺自身に世間がついていけてないだけ。お前らモブにはわからないだけ。認められないんじゃなくてお前らが認めたくないだけなんだろ。俺がいけないんじゃない、お前らがいけないんだ。
 あああああ死にてぇ。死にてぇ。世界のどこかの国では貧困や飢餓で死んでるとか戦争がどうのとか知らないし。死にてぇ。日本のぬるま湯でこうして浸かってるからこその苦しみがあるんだよ。世界のどこかで死んでいく人もいれば今俺がこうしてチンコ出してのたうち回ってるのと同じ時間にセックスしてるオスとメスがいるんだろ。凹凸擦って感じてるんだろ。死んでくれ頼む。首吊ってくれ。
 そんな交尾カップルよりも価値がない俺は何だ。何なんだ。思春期こじらせたどうしようもないオタクの獣。死ね、死ねよ、死ね。殺してやりたいけど殺しはしない。死んでくれ。どうぞ俺の知らないところでどいつもこいつものたれ死ね。
 こんなことを考えててもどうしようもないんだけどな。わかってる、わかってる。わかってるけど、ついつい呪詛を思考に、そして口に出してしまうんだ。
「はぁ〜死にてぇな」
『じゃあ死ねば?』
「いや、本気で死にたいなら死んでるって」
『そうよね。あなたってそういう人間だもの』
 そうだ、本気で死にたいならもうとっくに首吊ってる。単純に駄目人間にありがちな死ぬことすら出来ないファッション鬱。現実を変えたくても自分からは動かない。オタク大学生特有の惰性。わかってる、自分でもわかってるけど。
 いや、何。
 何今のは。この部屋には俺以外いないはずなのに。
 幻聴? 霊? ついに脳が壊れた? 駄目人間すぎて逝った? 精神の、心の病が発症した? 終わった? 今、人生が終わった?
 いや待て。もう一回確認してみよう。自分自身の独り言だったのかも。憂鬱すぎて一人二役、みたいな。心が分裂したごっこ、みたいな。
「今のは俺の独り言……ですよね」
『そうそう独り言。だからとっとと首吊って死んじゃえば? ゴミ』
 違う、独り言じゃない。誰かいる。女の声。何これ。ホラー? お迎え? 駄目人間すぎるからついにお迎え? 現実だよこれ? 漫画の世界じゃなくて現実。ファンタジーなんて存在しない。
 おそるおそる声をしたほうを見ると光るモニター。ここから声がした? だったらネットやサイト、ソフトの新しい機能とかかもしれない。受け答えしたけど。最近は時代が発達してるからそういうオタク向けソフトが出来て勝手にインストールされたのかも。女の子が構ってくれるソフト、みたいな。
 なら何も問題ない。ちょっと辛辣なソフトだけど、パソコンに新しい機能が供えられたと思えば解決だ。
『よいしょっ……と』
 これは新しいソフトでも何でもない、まぎれもない現実だ。
 光るモニターから現れた手。にゅるりと伸びて這うように。そして手から頭。ずるりとモニターを通り抜けるように。そして胴体が出てくる。上半身だけモニターから出て来た少女。見覚えがあるような、まさに自慰に使ってたような少女。
「ハロー。あーあー、姫海棠はたて参上〜……なんてね」
 パソコンのモニターから姫海棠はたてが出て来た。
 いや、そんな馬鹿な。あれか、ついに脳みそに変な成分が出て来て狂ったか。脳が壊れたか。オシャカ。精神病みたいなのを着実にこじらせた俺はオカズ相手の画像を現実のものとして見てしまい、いよいよ他人の目に見えなくなったこの存在に俺は徐々に殺されてむしばまれていくのだ。思えば短い人生だった。ついに架空の女を産み出してしまい、いよいよ死を感じる。死にたくない。死にたくないんだ俺は。
「何そんな顔してるの?」
「やめろ、喋るな! 話しかけるな! お前は俺の産み出した妄想であり空想であり仮想敵なんだから! クソみたいな人生に終止符を打つ脳内存在なんか見たくないんだよこっちは!」
「いやー、そう言われると身に染みちゃうね。じゃ、その顔を一枚……はいチーズ」
 パシャリと撮影。手に持った携帯電話で女子高生さながら俺の憐れで醜い顔を撮影してきやがる。この女は、女の妄想は。何だ、何がいけない。何がいけないんじゃなくて何もかもいけないからこんな妄想を見えるようになって、それで、俺はどうなる。この先の俺は。
「本当にブッサイクよね〜。生きてる価値ないんじゃないの?」
「これはイメージだ……イメージなんだ……」
「イメージ、ね。いいんじゃない、それでも? どうせあなたなんて猿みたいに自分のモノをシゴいてハァハァして、私に欲情するだけの生物なんだからイメージや空想、ペガサスのようなものよ、私は。ペガサスはたて」
「何がペガサスだよ……変な薬でもキメたのか俺は。でも薬は怖い。ぶっ飛んで台無しになる勇気もない。何だ……何だよこれ……」
「だからさ、私がここで「あなたのために幻想郷から来た姫海棠はたて、彼女候補でーす☆」なんて言えばちょっとは救われる? 言ってあげようか? ま、そんな気は微塵もないけど」
「も、妄想だ! 俺の産み出した仮想少女! それが答え! お前、姫海棠はたては俺の弱い心が産み出した幻!」
「そう、幻かもね。こうしてあなたのオナニーを延々とモニター越しに見せつけられたことも幻。幻想よ、幻想。私はあなたが産み出した幻想であり妄想。それでいいじゃない」
 何で俺は幻と喋ってるんだ。喋れてるんだ。脳が喋ってると錯覚させてるのか? こういうときはほっぺをつねる。つねって、つねって、つねって、いくらつねってもクソ痛い。ざけんな、夢じゃねーのか。
「はぁ〜、だからあなたがイカれて私が見えるってことでいいじゃん。私が何でここに来たのか知ってる? その粗末なモノで考えてみなよ」
「知るわけないだろ……」
 俺は丸出しの下半身を隠さずにため息をついた。知るわけがない。自分の妄想に対する答えなど持ち合わせてはいないのだ。
 そもそもなんではたてなんだ。東方はそこまで好きじゃない、いや嫌いでもないが、やっぱり好きだと言ったら紅魔郷のレミリアやフランとか、そういう娘たちが出て来てしかるべきじゃないのか。せっかくの妄想なのに何ではたてなんだ。
 何より、俺がオカズで使ってたはたてはもっとキャピキャピしていた。こんな所謂面倒くさそうな女じゃなかったはずだ。女っていうのはこんなボッサボサなものじゃなくて、もっと清純で愛しくて綺麗で美しくて。何でこんなメンヘラっぽくてどことなくサブカル臭がして、しかもビッチっぽいんだ。サブカルだからビッチだしメンヘラなのか。何なんだ、どうした俺の脳。
「私がこうして来た理由、それはね」
 モニターから出た上半身がさらに抜け出してきて殆ど全身がこっち側に出てくる。飛び出した身体が俺に抱きつき、はたてが耳元で優しく、でも荒々しく囁いてくる。
「――あなたを愛すためよ」
 俺ははたての身体ごとバッと払いのける。はたての身体はそのまま全身をモニターから抜け出させてこちら側に放り出され床に横たわる。
 囁かれた瞬間、何かとてつもない畏怖を感じた。それは恐怖なのか保身なのかわからない。自分でも「愛す」と言われた瞬間、全身の血が毛羽立つような錯覚に襲われた。
「な、何が愛すだ! さっき彼女候補になる気は微塵もないって言ってたじゃないか!」
 横たわったはたてがむくりと起き上がり、淀みのある眼でこちらを見つめる。やめろ、そんな目で俺を見るな。
「別に彼女になる気なんてさらさらないわよ。こっちはあなたを愛すために出て来たってだけ。私が妄想の産物でも何でもいいじゃない、そうやって決めつけるならそれで。ただ私が何者でも、私はあなたを愛してあげる。そこには彼氏彼女なんて感情もただなく、ひたすらに愛してあげるから」
「そ、そんなの……!」
 そんなの愛してるなんて言えないじゃないか。
 俺がそう怒鳴ろうとしたらはたては俺の唇に人差し指を当てて言葉を止めさせる。
「身体での繋がり、あなたみたいなサブカル病患者にはピッタリじゃない。オタク文化を食い潰し迎合し、日々をオナニーで食い潰して。将来も今も過去にも、どこにも希望がない人生。いいじゃない、そういうの。だから私はあなたの支えに、現実逃避場所になるため現れたの」
 サブカル病患者、という言葉はピッタリかもしれない。ただただ自己啓発本や作家のエッセイを読んで自分を当てはめ、知識を得たと思いその日の感情でふんぞり返る。
 そりゃそうだ。ここまで追い込まれてなお自分以外がゴミに見えるのだ。自分以外の存在に価値が得られないのだ。他の人間に価値を得られず、世界に価値を見いだせず、生きる全てのことが無価値で。俺は何がいけないなんてサブカル病患者特有の疾患じゃないか。
「愛してあげるから、安心していいよ。私はそういう存在なの。元々幻想郷っていうのは信仰宗教上海アリスが電波を受信し産み出した愛を創り出す機関で、その信者の数は膨大になり、洗脳と浄化によって幻想を現実に変えて、虚ろを迷うあなたみたいなちっぽけな存在をより高みへつれて行ってあげるの。大丈夫、大丈夫よ」
 何が大丈夫だ。冗談めいた笑みを浮かべるはたてをにらみつけながら思う。
「ま、そんな冗談はともかく。私が何でもいいじゃない。どうする、抱く? まだ出してないでしょ? 抱いて逃避する? 倒錯する? 私は何回でも何度でもあなたを愛してあげるから。それが私の使命だから」
 ぬらりと近づくはたてに抵抗出来ず、太ももを撫でられ、やがてさする手が股間の部分に伸びてくる。嫌な汗がじんわりと浮かんでくる。何だこれは。現実か。確かに感触がある。本物の感触。現実さながらの手。
 これは妄想じゃないのか。もしくは俺の脳はここまで手遅れなのか。
「ほら、何もかも忘れて愛しあおう?」
 はたての手元が俺のモノを撫でる。その瞬間俺の中で畏怖が襲ってきた。
「やめろ! やめてくれ!」
 はたての手を払い、俺は部屋の隅に蹲る。
 怖い、怖いのだ。俺は女が怖い。あんなにも性の対象として見てるのに、実際にふれあうのが怖いのだ。関わるのが怖いのだ。自分の理解出来ないものが怖いのだ。
 その恐怖が、イチモツを触られたとき全身に走ったのだ。俺は、コイツが怖い。はたてのことが怖いのだ。
「二次元とリアルは違うんだ、なんていうつもり?」
 はたては見透かしたように俺のことを笑う。笑う、笑っている。ふざけるな。何で俺はこんな妄想の産物に、女に笑われなきゃいけねーんだ。そう思うと異様に腹がたつ。学校でも世間でもひとりぼっちの心のよりどころはないのか。何で唯一の居場所、自分の部屋でも、この閉鎖的な空間の中でもこうして見下されないといけねーんだ。人に見下されるのが怖いのだ。矮小な自分が情けない。でも怖い、生きるのが苦しい。人並みの人間なはずなのに、脳が小さいという自覚が俺を苛む。
 この女が俺の自尊心を壊していく。
「性的衝動抑えきれない、そんな人間のくせにいざ本物の異性を目の前にするとまるで壁と対面するかのような面持ちで。私に身をゆだねるのが怖いんでしょう? 自分のしょうもないモノを握って擦るだけしか脳がない、性欲の権化にも満たない可哀想な人間。セックスする女をビッチとネットで罵って、現実世界で泣きを見る。あなたみたいな人間をね」
 目の前の少女から吐き出される毒。言葉尻から見える刃物。俺の自尊心をひたすら傷つけていき、傷口からこぼれた体液のような膿のそれは心の中で確かに浸透していき、腐らせていく。
 心臓がバクバクと。鳴り止まないノイズ。部屋に蔓延する怠惰な空気。視点の合わない眼。チアノーゼを起こしたかのような、意味不明の時間。ありとあらゆることから逃げてきた、世間一般の屑と呼ばれる人種が一番苦手とする悪質な行為。
「私は愛しに来たんだよ」



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